第6話「物語から反逆してみる」
「ハインリッヒ。
もう一度申してみなさい」
「い、いや、だからその。
・・・甲子園を目指したいです」
教頭のソニー・パトリック・レマーは眉間に皺を寄せ、ため息をついた。
例の『名刺』をリセットすべく、甲子園を目指すために教頭室に赴いた錠と愛。
白銀長髪の美しい教頭が出てきたまでは明の部分だったが、
懇願の内容に関しては暗とハッキリ示されていた。
錠はこの教頭の動く度に左右に揺られる豊満な胸を目で追いながら、その応答を待った。
「何処で知ったかは存じませんが、確かに交死園という地はあります。
しかしあそこは今やヴァロン軍の占領下。
極悪非道な彼らのことです、辿り着く前に命を落とすのは明白」
「(交死園?
良かった、本当に野球場かと思っちまったぜ)」
「このウェイランド魔法学園にいればヴァロン軍は手出しはできません。
最上級魔術師の学園長をはじめ、
レジェンドクラスのナイトが12人、マスタークラスのナイトを20人擁します。
その事実と照らし合わせてなお、貴方は三度同じ懇願をされるのですか?」
「(もうそんな設定どうでもいいから、早く甲子園に行かせてくれ)
そ、その。両親が危篤で。
どうしても・・・」
「あら。
貴方の御父上様とは昨日、舞踏会でお会いしましたが」
その後、一言二言の注意・叱咤を受け、二人は廊下に追い出された。
魔法で扉の開閉をロックし、やれやれと小言を漏らしながらふかふかのイスに着く。
急用だから話を聞いて欲しいと言われ、時間を割いてみればこの子供染みた無茶難題の相談。
目の前に山積みなった書類を見れば、泣きたいのはこちらの方だった。
「交死園。
懐かしい響きじゃな」
「ア、アルバート学園長っ!
いらっしゃったのですか」
そこには優雅に茶を嗜みながら、窓の外の風景を眺めるアルバート学園長がいた。
いや、『いた』という表現では適切ではないのだろう。
このソニー教頭の部屋の窓際にたった今『来た』というのが適切。
その強大なる魔力にあらためて感服しながら、ソニーは急いでイスから立ち上がった。
「よいよい。
少し用事があったから赴いただけ」
「用事、でしょうか」
「うむ。
例の計画についてな」
いかにも高価そうなべっとりとした赤色に染まった絨毯が、果ての見えぬ廊下に敷かれている。
重そうに足を動かす錠とは対照的に、この絨毯に相応しい軽やかな、
踊る様に軽い足取りなのは吉田愛。
錠は恨めしそうにその顔を覗き込むと、世界を照らしそうなほどの笑みを浮かべているではないか。
「・・・あれ、愛ちゃんどうしたのかな。
うれしそうに鼻歌なんか歌っちゃって」
「聞いて、錠君。
私とっても幸せなの、だってあなたが叱られたからっ」
「ふざけんな、この野郎っ!!
誰のせいで俺がピエロを演じたと思ってやがる!」
それから約30分もの間、人目も気にしない錠と愛の大口論が展開されるのであった。
さすがに互いを罵倒し合うことに関しては他の追随を許さない両者とはいえ、
酷く疲れたように呼吸乱し、そこに座り込んだ。
一度冷静になり、錠は考え始めた。
あの『名刺』の効果をリセットさせるためにも、どうしても甲子園に行かなければならない。
だがそれはこの学園の支配権、いやその包括的な代理権を得ているソニー教頭に拒否された。
「(正攻法では無理か。
こうなったら残された手段は一つ)
おい、吉田っ」
「うっさわいね、何よ」
「日暮れ時、いや時間にして18時きっかし。
もう一度身支度・荷物をまとめて、この場所に来い。
この学園から逃げ出す!」