第1話「命売ります!」
「よってらっしゃい、見てらっしゃい!
活きのいい異世界スローライフものが手に入ったよ!
もういっちょこっちには、ダンジョンハーレムものが今だけ2割引き!
ほらほら、転生するなら今のうちだよ、今を逃すと3次元のブタ箱暮らしだよ!
そして、そして。
本日の目玉はこいつよ!
限定1個”異世界ブラックボックス”!!」
額に手拭巻いた中年の親父が、黄ばんだ汗・唾をばら撒き、扇風機のように忙しく身振り動かす。
脇の下に滲む汗も気にせず、穴の開いた靴下なのも気にせず、
ラジカセのような濁った音を客の耳に叩き続ける。
その親父の声に反応したか、二人の若者が同時にその前に飛び出た。
『それ下さいっ!!』
二人は時同じくして、同じ言葉を発した。
静まり返る一瞬。
そして次の瞬間には、中年親父の山火事のような笑い声が全ての静寂を薙ぎ倒した。
その親父の声に共鳴する周りの笑い声とは裏腹、
声を出した二人の若者は、親を殺されたと言わんばかりの剣幕で睨み合う。
「吉田ぁ!」
「山田っ!」
男子生徒の名は山田錠。女子生徒の名は吉田愛。
共に高校2年生、同学年の幼馴染であった。
それだけであればまだ良い。この二人は『超』がつくほどの犬猿の仲だった。
男と女という異性を認識する前も、それを学んだ後も、
ある意味でこの二人は野生のままだった。
この睨み合いを止めない龍と虎の関係を感づいたか、
汗臭い帽子を取り、頭を掻きむしりながら二人を煩わしそうに見つめた。
「困っちゃうな、お若い客人。
一つの異世界物語には一人しか転生できねぇってのに」
ただの子供の意地の張り合いならいざ知らず、
2分、3分とこの男と女の睨み合いが続くのだから親父は困った。
周りの客もどうしたものかと戸惑い始める。
これでは商売上がったり。邪魔だと追い返すわけにも、帰ってくれと懇願するのもちと違う。
降参、降参だと言わんばかりにその帽子を、思い切り右膝に叩きつけた。
「えぇい、面倒だ、ちくしょうめ!
先に死んだ方にこいつを売ってやらぁ!
おら、名刺持って競争してこいっ。
持っとけ泥棒!!」
親父は手荒く2枚の『名刺』を男と女に1枚ずつ投げつけた。
それを待ってましたと言わんばかりに、空気ごと毟り取るように『名刺』を奪った。
二人は形相を変え、用意してあった筆記用具で、その白紙の『名刺』に
何か文字を書き始める。
何を書いているかは不明だが、どうやらその書いているものは最初から決まってたかのように
二人の筆はスムーズだった。
先に動いたのは山田。
一瞬遅れ、舌打ちと共に駆け出すは吉田。
そして二人はほぼ同時に、線路へ飛び込んだ。