最終話・聖女の幸せ
アレッシオは結婚の話が出る前から、私がお兄様を好きなのではないかと考えていたらしい。というのも私が頻繁に彼の話題を出していたからだそうだ。
その自覚はある。あえてそうしていたのだから。
父が再婚をして義兄ができると分かったとき、最初は不安が勝った。仲良くしてもらえるか心配でならなくて、その相談をアレッシオにした。彼はたくさんアドバイスをくれて、だからお兄様のことをたくさん話したのだ。
それがまさか誤解を生んでいたなんて。
しかも結婚が決まったあとに、貴族の戸籍を管理している部署の責任者から、私とオスヴァルトが結婚する予定だったと聞いたという。どうや父が彼に兄妹で婚姻できるかなどを問い合わせていたらしい。他言しないよう頼まれていたのにも関わらず、なぜだか彼はアレッシオに教えた。
それでアレッシオはすっかり私がお兄様を好きなのだと信じてしまったみたいだ。
自分を泣いて嫌がる私にアレッシオはかなり腹を立てたものの、そこまでオスヴァルトを好きなら離婚をしてあげるべきだと考えて……。
「つまり、アレッシオ有責で陛下が離婚を認めるよう、派手に女性たちと遊んでいたというの?」
私が問うとアレッシオはうなずいた。
「あの石頭をその気にさせるには、言葉だけじゃ無理だからな」
「カリーナ様を得られなかった淋しさを埋めるためではなくて?」
「……どちらかと言ったら、リンデを得られなかった代わりだ」
『俺の大切なひとは君だ』
先ほど彼に言われた言葉を思い出す。まさかあれは本心だったということなのだろうか。
「君の幸せのために身を引くつもりで三年間、がんばってきた。だがいざその時が来たら」アレッシオが切なそうな目で私を見る。「我慢ならなかった。君を失いたくない。せめて、全て愛する君のためだったと伝えたくなってしまった」
『愛する君』!
「私、この結婚生活が辛かったのよ」
「そうなのか? 君は全く気にしていない態度だったぞ」
「私が聖女になったせいであなたはカリーナ様と結婚できなくて、変わってしまったのだと思っていたから。申し訳なくて、平気なふりをしていたの」
そう言ってから、違うな、と思った。もちろんその気持ちはあったけれど……。
勇気をふりしぼり立ち上がる。それからテーブルを回って向かいの長椅子の元行くと、アレッシオのとなりに座った。彼の緑色の瞳を見る。こんなに間近で覗き込むのは何年ぶりだろう。胸がドキドキしている。
「ディートリンデ?」
気のせいか、アレッシオの頬がうっすら赤い。
「私ね、あなたを責めたら『恨んでいる』とか『嫌い』だとはっきり言われてしまうのではないかと怖くて、何も言えなかったの」
「……俺は君を恨んでも嫌いでもない」
「ありがとう。──陛下から離婚のことを聞いて私も今日、あなたに伝えるつもりだったの。本当はあなたの仕打ちが辛い、好きよ、と」
「好き? 俺を?」
「ええ」
瞬いたアレッシオは手をゆっくりと動かした。何をするのかと思ったら、太ももを激しくつねっている。
「痛い気がする」
「そうね。見るからに痛そうだわ」
「そうか!」
彼に抱き寄せられた。ぎゅうぎゅうとしめつけられる。
「好きだ、リンデ。三年も済まなかった。愛している。君が俺の全てなんだ。傷つけたぶん、罰は受けよう。これからは全身全霊をかけて幸せにすると誓う。リンデ。リンデ!」
それからアレッシオは三年の長きにわたって溜めにためた私への思いを、尽きることなく浴びせてきたのだった。
◇◇
その日を境に私たち夫婦の関係は一変した。アレッシオの態度のあまりの変わりように、一部では私が惚れ薬を盛ったなんて噂されているほどだ。
事情を知ったお父様や陛下にはなんて愚かなふたりなんだと呆れられたけど、祝福してもらっている。お兄様はアレッシオに、私のことは可愛い妹としか思っていないと力説をしていた。
今の私はとても幸せ。
ただ。ひとつだけ問題が残っている。この三年でアレッシオの『女性好き』はすっかり身に染み込んでしまっまらしい。
可愛い令嬢や妙齢の夫人に
「アレッシオ殿下」
と呼び掛けられると反射的に笑顔を向けたりウインクしたり。サービス精神がどうしても抜けないようだ。
そんなことをする度に彼は
「違うんだ、リンデ!」
と慌てふためく。私が拗ねたふりをすれば彼の弁明は増し、キスの雨が降ってくる。
焦っているアレッシオはものすごく可愛いいから、この問題のことは気にしていない。それにたくさんキスをしてほしいので、可愛いく思っていることは内緒にしている。
その代わりに、私もお返しのキスをいっぱいするのだ。
《終わり》
◇先代の聖女と、駆け落ちした王子(カリーナの兄)の最期◇
各国の間には、《他国の聖女を盗ってはならない》という暗黙の了解があり、王族なら常識。
ゆえに王子の父である隣国の王は、国の威信をかけて断罪するとアレッシオの国に約束。
王子たちは一年の逃避行の末に捕まり、王子は国民の前で処刑された。
聖女は母国に送還される予定だったが、愛する人の処刑に打ちのめされて自死した。