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第7話・真相を知る聖女

 私が結婚を嫌がったのは、アレッシオ曰く、国王に結婚を命じられたときのことだという。

 それは私が体に現れた聖女のしるしを見せに、陛下の御前に出たときだ。




 ◇◇三年前◇◇



 首筋に出た星形の模様が聖女の証と認定されると、すぐに私とお父様は国王の私的な応接室に通された。非公式な会合とのことだけど他にアレッシオと宰相、神官長もいる。アレッシオは困惑の表情を私に向け、宰相と神官長は歓喜しているように見える。国王だけが厳しい顔で私を見た。


 私たち父娘が椅子に座るやいなや、王は

「先代の聖女は昨日、死んだ」

 と言い、それから彼女と恋人である王子に起きたことを説明してくれた。どうやらふたりは悲劇的な最期を迎えたらしい。


「昨日の今日で新聖女が誕生してくれたことを、私も彼らも心から喜んでいる。しかもディートリンデ、君のことは幼いころから知っている。これほど頼もしいことはない。君ならば聖女の責任を理解し、我が国我が国民のために尽くしてくれると信じている。だが」と王は一層厳しい顔になった。「国民は君を知らない。新聖女も仕事を放棄したらと心配になることだろう。私は王として、彼らの不安を取り除かねばならない」


 私と父はうなずいた。結界が無い恐ろしさは二度と経験したくない。誰もがそう思っているはずだ。


「ゆえに」と国王は言った。「民を安心させるために聖女ディートリンデと王太子アレッシオの結婚を命じる」

 え、と思わず声が漏れた。アレッシオにはカリーナ様という最愛の婚約者がいる。


「父上」アレッシオが声を上げた。強ばった顔をしている。「それはあまりに横暴だ」

「王子として生まれたのだ。国民のために尽くす義務があるのだぞ」

「俺はな。だが彼女は──」

「神によって聖女に選ばれた時点で責任が生まれたのだ」王は息子の言葉を遮りそう言うと、私を見た。「分かるな、ディートリンデ」

「はい」

 私はうなずいた。だけどここで了承してしまったらアレッシオは愛しのカリーナ様と結婚できなくなってしまう。


「ですが私は婚姻関係を結ばなくとも生涯、王家と国民に尽くすと誓います。必要でしたら何度でも民の前で宣言もいたしましょう」椅子から降り、床に膝をつくと頭を深く下げた。「どうぞ、結婚だけはお許し下さい」

「先代聖女も就任の挨拶は立派なものだった」そう言った神官長も椅子から降りて私と同じように床に膝をついた。「彼女を監督できなかったのは我々教会のミスだ。その失敗のせいで君の自由を奪うのは心苦しいが、君の若さ美しさは、また同じことが起きるのではと民を不安にさせることだろう。本当に申し訳ない」


 神官の隣で宰相も膝をつき、頭を下げた。

 そして私の抗議むなしく、アレッシオとの結婚が決まった。



 ◇◇現在◇◇



 当時を思い返しても、心当たりはない。

「私は嫌がってなんかいないわ。それはアレッシオでしょう! 陛下に『横暴だ』と食って掛かったじゃない」

「あれは君のためだ。俺と結婚と言われて蒼白になっていたじゃないか」

「蒼白? 私が?」

「そうだ」アレッシオはぷいと顔をそらした。「そんなに俺との結婚が嫌なのかと……」

「嫌なんて思っていなかったわ。 陛下に言われたときに私が考えたのは、あなたがカリーナ様と結婚できなくなってしまうということよ!

 あんなに彼女が大好きでお似合いなのに、私が聖女になったせいで破談になるなんて申し訳ないでしょう」


 アレッシオが再び私を見た。ひどく呆けた顔をしている。

「……ならば床に膝までついて父に結婚をしたくないと訴えたのは、まさか、俺のためだったのか?」

「そうよ」

「オスヴァルトと結婚したかったからではなくて?」

「違うわ」

「……あいつを好きなのではないのか?」

「違うってば!」


 この会話はつい先ほども交わしたではないか。それなのにアレッシオは信じていないらしい。


「だいたい私、号泣した覚えなんてないわ」

 するとアレッシオはまた目をそらした。

「それは、あれだ。……初夜」

 初夜?と思い返す。


 聖女認定を受けた二週間後に私たちは挙式した。その間私は聖女就任と慣れない仕事、王族に加わるための勉強、婚礼の準備などで忙しく、しかもアレッシオはカリーナ様と結婚できなくなったから常に不機嫌でろくに話すことがなかった。

 挙式中も彼はよそよそしく、必要なとき以外は私に触れないよう距離をとっていて、目が合うこともほとんどなし。


 そうして夜になり……。

 待っても待っても、アレッシオは来なかった。

 いくら彼がカリーナ様を好きでも、私とは友達として仲良くやってきたのだ。最終的には腹をくくってくれるだろうと思っていた私は、悲しいやら惨めやらで泣いてしまった……。


「そうだわ、確かにあの晩は泣いたわ」

「俺と初夜を迎えるのが嫌だったのだろう?」

「あなたが来なかったからよ!」

 ぐるんとアレッシオが首を勢いよく回して私を見た。

「嘘を言うな。君はオスヴァルトの名前を呼んでいた!」

「お兄様の?」


 記憶を探ってみる。だけど覚えはない。


「多分だけれど、こんなことをお兄様やお父様には話せないと侍女に言っていたのではないのかしら。──というか、アレッシオは私の部屋に来たの?」

「当然だ。確かに少し、いやもしかしたらだいぶ遅かったかもしれないが。だが開いた扉からあいつの名前を呼びながら号泣するリンデが見えた。そんなに俺が嫌なら、回れ右して帰るしかないじゃないか!

 ──だが君は俺が来ないことに泣いていたのか」

「そうよ。そんなに私が嫌なのかと悲しくて。あなたがカリーナ様と結婚できなくなったことで私を恨んでいるのだと思ったの」

「まさか!」

「だって結婚が決まってからのアレッシオはよそよそしかったもの」

「それはリンデが俺との結婚が嫌がるから腹が立つやら、オスヴァルトが憎いやらでどうしていいか分からなかったからだ」


 お互いにまじまじと見合う。


「もしかして」とアレッシオが恐る恐る口を開く。「お互いに勘違いをしていたのか。三年も」


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