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第5話・偵察する聖女

 来てしまった……。




 まるで泥棒かのように庭の植木の陰に隠れて屋敷を伺う。

 アレッシオの所領にある別邸。先だって彼がこっそり訪れたところだ。

 どうしても彼が囲ったという女性が気になってしまい、見に来たのだ。


 今日、陛下から離婚の話をされた。オスヴァルトから聞いたことと寸分違わず、決める権利があるのは私。

 彼に思う相手がいるのなら、私は身を引くべきなのだろう。この先彼の態度が変わることはないに違いないのだから。

 だけどお飾り妻だろうが苦しかろうが、私はアレッシオと離婚したいとは思えない。もしかしたらいつかは、という希望を捨てられないのだと思う。我ながら愚かだ。


 こんな風にこそこそと彼の大切な人を偵察して、自分が何をしたいのかもよく分からない。

 第一、庭から建物を伺ったって、その人が窓際に来なければ見ることはできない。





 あれこれと考えながら小一時間も立っていただろうか。

 さすがに虚しくなってきた。

 もう馬車に戻ろう。屋敷から少し離れたところに待機させ、ひとりでここまで来ている。残されたリリアや馭者たちはきっと私が戻らないことに不安に駆られているだろう。


 ため息をついて屋敷に背を向けたとき。

「どちら様でしょう」

 と声を掛けられ、びくりとした。

 別の植木の陰から若い令嬢がこちらを見ている。

 心臓がきゅっと縮み上がる。きっと()()だ。

 だけど私と同じようなダークブラウンの髪に水色の瞳。私とは違って凛とした美しさがあるけれど、カリーナ様と私のどちらにより似ているかと言えば、間違いなく私だ。

 アレッシオは何故、よりによってこんな人を。カリーナ様に似ていれば、まだ納得できたかもしれないのに……。


「あの?」

 令嬢が真っ直ぐな目で私を見る。この子は私がアレッシオの妻だと知らないらしい。

 ……というか彼女に見覚えがあるような気がする。

「あなたこそ、どなたでしょう。こちらは王太子アレッシオのお屋敷です。私は、」ひゅっと変に息を吸ってしまう。「私は、妻のディートリンデ」

 予期せぬ対面。これをアレッシオが知ったら私をどう思うだろう。余計に嫌いになるかもしれない。


「まあ!」令嬢は目を見開くと、膝を曲げた。「失礼しました。私は……」

「エルヴィラ。誰と話しているんだい?」

 令嬢が名乗り掛けたとき、そんな問いかけとともに彼女の背後から男が現れた。

 見覚えがある。というよりも……。


「マクシミリアン殿下?」

「あれ、ディートリンデ妃殿下?」


 私たちは同時にお互いの名前を呼んだ。

 現れた男は隣国の王太子でアレッシオの友人、マクシミリアン王子だった。彼はごく自然に令嬢の肩を抱く。

 それを見て、令嬢が誰かを思い出した。隣国の聖女でマクシミリアン王子の婚約者のエルヴィラ嬢だ。直接会うのは初めてだけれど、魔法通信では一度だけ会話をしたことがある。彼女が聖女に就任した際に挨拶を受けたのだ。


 そうだ、確か隣国で数日前に、彼女が聖女ではなかったとの騒動が起きたはずだ。それは相応の理由があったためのようですぐに解決したと聞いているけれど、何故こんなところにふたりがいるのだろう。


「やっぱり、アレッシオからは何も聞いていないのかな」

 マクシミリアン王子は柔らかな笑みを浮かべると、改めてエルヴィラ嬢を紹介してくれ、それから

「僕たちは今アレッシオに協力してもらって、お忍びのプレハネムーン中なんだ」と言った。


 プレハネムーン?

 アレッシオが協力?

 ということは……。


「こちらに滞在しているのはおふたりなのかしら?」

「ああ」マクシミリアン王子は屈託ない笑顔でうなずく。「お忍びだから供はいないし、足りないものばかりでね。アレッシオに何から何までお世話になっている。助かるよ」


 屋敷にいるのは隣国の王子とその婚約者。

 つまり噂されていたような、アレッシオの愛人はここにはいない……。

 安堵と同時に噂を鵜呑みにした羞恥が急激に沸き上がる。


「そう。それは是非ごゆっくりなさって下さいね。私は近くに来たついでに寄っただけですから」

 そう言いながら、さきほど『こちらに滞在しているの()』と失言したことに気付く。私がアレッシオの屋敷に滞在している人間を見に来たと、気付かれてしまうだろうか。

 そもそも王子妃がこんな地方の屋敷の庭にひとりでいるなんて、かなりおかしい。


 だけどマクシミリアン王子はにこにことして、何も指摘しない。エルヴィラ嬢もちょっとばかり怪訝そうだけど、ただ礼を口にしただけだった。


「ディートリンデ妃殿下」とマクシミリアン王子。「アレッシオには久しぶりに会ったけれど、相も変わらず不器用なようだね」

「不器用?」

「ああ」とにこにこの王子。「僕たちへのアシストは完璧なのに、不思議なことだ。そのあたりを今度詳しく聞かせてほしいと、彼に伝えてもらえるかな」

「謎かけみたい。それで伝わるの?」エルヴィラ嬢が婚約者を見る。

「もちろん。妃殿下、よろしく頼むよ」


 マクシミリアンは他国の王子ではあるけれど、付き合いは長いからアレッシオと私の仲がどんなものか知っているはずなのに、なぜそんなことを頼んでくるのだろう。

 訝しく思いながらも、断るのは不自然なので了承する。


 それから二言三言言葉を交わして、私は辞した。マクシミリアン王子は終始笑顔だった。

 もしかしたら私がこの屋敷にアレッシオの愛人がいると勘違いして偵察に来たことに、気付いているのではないだろうか。なぜだかそんな気がする。


 だけど。愛人でなかったことは良かったけれど、城に帰ったらアレッシオと話さなければならない。マクシミリアン王子の伝言を伝えるということは、私が彼の屋敷にひとりで勝手に行ったことも明かすということだ。


 どんな言い訳をする?





 ……言い訳、か。

 足を止め、屋敷を振り返った。マクシミリアン王子とエルヴィラ嬢はまだ先ほどの場所にいて、こちらを見ていた。仲良く寄り添っている。

 一礼して、足を進める。

 同じ王太子と聖女(実際には違ったとはいえ)のカップルで、婚約も王命だったと聞く。だけど私たちと違って幸せそうだ。


 私だってアレッシオとの結婚が決まったときは幸せな夫婦になることを夢見た。一瞬で散った夢だったけれど。まさかここまで彼に厭われるとは思わなかったから。

 アレッシオは私が彼の仕打ちにどれほど傷ついているか、想像もしないのだろう。



 馬車が見えるところまで戻ると、素早く私に気づいたリリアが走り寄って来た。心配そうな表情だけど、

「お帰りなさいませ」

 としか言わない。私は彼女にも訪問の目的を告げていない。だけどきっと侍女仲間から聞いて、予想はついているだろうに。

 私は笑みを浮かべて、

「ただいま。さあ、帰りましょう」と言って馬車に乗り込んだ。


 ふと昨晩オスヴァルトに言われた『君は強い子だ。だけどもっと他人(ひと)を頼っていいんだよ』との言葉を思い出した。

 私は強いのだろうか。周りの人たちを心配させないために、アレッシオとの関係が辛いことは誰にも伝えていない。でもそれは本当に他人のためなのだろうか。


 現状が変わることはないだろうからと、アレッシオに辛いと訴えたこともないけど、それも本当?

 私はただ、辛いと声に出しても解決しないことが怖くて、あれこれ言い訳をしているだけのような気がする。


 本人に問いただすこともしないでこそこそと愛人を調べて。そんなのはきっと、彼の口から

「愛人が大切だ。ディートリンデはいらない」

 と断言されたくないからだ。





 私はこれ以上苦しみたくなくてアレッシオに向き合うことから逃げてきたのだ。

 離婚だとか彼の愛人だとかの現実に直面して、ようやくそのことに気がついた。



マクシミリアンとエルヴィラのお話はこのシリーズの本編、『偽聖女だと追放されましたが、本当に偽物です。さて、どうしましょう。』になります。

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