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第1話・聖女の憂鬱

 神殿を出ると、いつも通りに並んだいつも通りの顔ぶれが、

「ディートリンデ様。聖女のお勤め、ありがとうございます」

 と一斉に頭を下げる。

「ええ。特に変わりはないわ」

 私も定型の返答をして微笑む。




 聖女になって三年。一度たりとも仕事を休んだことはない。週に一回程度のお勤めでも問題ないらしいのだけど、それでは急な病に倒れたときに不安があるから私は毎日行っている。


 というのも聖女はこの国にただひとり私だけで、その勤めは国中に結界を張って魔物の侵入を防ぐことだからだ。私が結界を張らなかったら大陸の西にあるという魔族の世界から奴らがやって来てしまう。

 神官が集まれば聖女と同じ結界を張れるそうだけど必要なのは数十人で、しかも魔力の消耗が激しいから連日は出来ない。毎日結界を張るためにはその倍以上の人数が必要なのだそうだ。


 何故そこまで詳しく分かっているかというと、私が聖女に選ばれる前の一年間に、聖女が不在だったから。

 聖女の役割は甚大なのに、なぜか常にひとりしか存在しない。当代が亡くなると次代が神によって選ばれる。


 そんな仕組みだというのに、私の前の聖女は役目を放棄し隣国の王子と駆け落ちをしてしまったのだ。




 神殿に隣接する王宮に徒歩で戻ると、馬車から男が降りてくるところに出くわした。男は第一王子にして王太子のアレッシオ、二十歳。燃える炎のような赤い髪と優しげに垂れた目元が印象的な美男だ。彼の帰りを待ち構えていたらしい令嬢や夫人がわっと駆け寄る。相好を崩すアレッシオ。彼は有名な女ったらしだ。年齢や伴侶の有無など関係なしに笑顔を振り撒く。


 アレッシオの周りでキャアキャアと上がる嬌声。実に楽しそうだ。

 完全にタイミングが悪かった。彼らから距離を取って城内に入ろう。


 そう思ったとき、王子の従者が主になにやら囁くのが見えた。

 アレッシオが私を見る。その顔に先ほどまでの笑みはない。

「……聖女の勤め、ご苦労」

 声にも感情はない。

「恐れ入ります。殿下もお帰りなさいませ」

「ああ」

 アレッシオは面倒そうにうなずくと、すぐに顔を背けた。

 周りの女たちはバツの悪そうな顔で私に会釈をし、それから再び王子に群がる。

 騒がしい嬌声が遠ざかって行く。


 と、アレッシオの行く手にひとりの青年が立っていた。王子に丁寧に挨拶をすると、私のほうへ笑顔で歩いて来る。さらさらの金髪に深い緑色の瞳。誰もが目を見張る美貌。兄のオスヴァルトだ。


「お兄様、いらしていたの!」

「ああ。良かった、帰る前にリンデの顔を見たいと思っていたんだ」

 兄は昔から私のことを『リンデ』と呼ぶ。

「ゆっくり出来ないの?」

「仕事の約束があってね。週末にまた来るよ。リンデ。毎日聖女の勤めをご苦労様」

 兄は私の頭をなでなでする。

「もう! いつまでも子供扱いしないで」

「幾つになろうとも僕の可愛い妹なんだから、諦めなさい」


 優しい笑みのオスヴァルト。私は彼の『妹』ではあるけれど、義理なので血は繋がっていない。オスヴァルトは父の再婚相手の連れ子だからだ。だけどオスヴァルトは初めて会ったときからずっと私を可愛がってくれているし、仕事で忙しい父よりもよほど頼りにできる。家族になって十年。大切な兄だ。


 その兄の顔が翳った。

「君の夫は相変わらずのようだな」

 彼の目がアレッシオが消えた城の入り口に向けられる。

「やはり僕から一言申し上げようか?」

「いいの。仕方ないわ。彼だって望んで私と結婚したわけではないのだから」


 第一王子にして王太子のアレッシオ。彼は私の夫だ。


 兄の手が伸びてきて、私の両頬に添えられた。目を覗きこまれる。

「いいかい。辛くなる前にちゃんと僕に言うこと」

「ええ。必ずそうするわ」

「約束だよ」


 私はにこりとしてうなずく。

『辛くなる前』なんてものは絶対に来ない。

 最初から辛くて苦しいのだから。誰にも打ち明けたことはないけれど、私は子供のころからアレッシオに片思いをしている。


不定期連載です。

また、こちらは『偽聖女だと追放されましたが、本当に偽物です。さて、どうしましょう。』のスピンオフになります。

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