9.ダブルデート?
「おー、準備万端だな。」
家の近くで2人で待っていると、百合さんを乗せた朝比奈の車が到着した。ちゃっかり助手席に乗せて。
そのまま2人で行けばいいのに。
晴も同じことを思ったらしかったが、言っても無駄だと悟っている彼は首を横に振った。
今日は以前約束した、朝比奈と百合さんと一緒に行くハイキングだ。
4人の中で最も体力のない私に合わせて初心者コース。
はじめは申し訳ないと言ったが、百合さんはあの破壊力抜群の控えめ笑顔で、『一緒に行けることが嬉しいから。』と言った。断れるわけないじゃん!
ちなみに光莉さんにみんなで出かけることを教えたらとても羨ましがっていたけど、行き先を伝えた瞬間、珍しく真顔でお断りしてきた。
彼女もまた運動は苦手なのだ。
そんな話をしていると、快適な運転ですぐにサービスエリアにたどり着いた。
「サービスエリアで運転変わるよ?」
「オレと晴で運転するから大丈夫っすよ?」
「でも、悪いよ。」
百合さんは申し訳なさそうに言うが、私としては運転しないでほしい。3人で回すってなると、何か罪悪感が湧いてくる。
晴はその後ろでくすくす笑いながら付け加えた。
たぶん私の心情を察してくれたのだろう。
「雑賀さんも運転となると美里ちゃんも運転する感じになっちゃうから案内係お願いします。美里ちゃんはほぼペーパーだし。実家の車擦ってたよね?」
「うっ、言わないで……。」
「そっか、ごめん。美里。」
「私、助手席でも役に立てる気しないんだけど。」
「知ってるよー!」
最後まで毒を忘れない男め。
でも、事実だから否定できない。
「でも、実家帰った時とか運転しろって言われねー?」
「言われないかなぁ。基本的にはお父さんか晴が運転してくれるもんね。」
「「……え?」」
2人はなぜか首を傾げている。
ちなみに晴のママさんは今海外で仕事をしており、晴が自立したと同時に実家のマンションを売った。
晴はさほど気にしていないようだけど、私のママが年末年始は帰ってくるようにと呼び出しているのだ。
「何か、お前らって時々凄いよな。」
朝比奈の言葉がよく分からず、私と晴は顔を見合わせた。
山に行くと普段ゲームで見るよりも綺麗な緑が広がっていた。
梅雨入り目前、雨が降るかと心配していたけど快晴だ。たぶん日頃の行いが良さそうな百合さんがいるからだろうなぁ。
私は同僚に頼まれた写真を撮るためカメラを掲げる。
グラフィック担当の人と光莉さんに頼まれた。光莉さんは主に朝比奈と百合さんを撮ってほしいって言ってたけど。
これでも結構写真を撮るのは上手なんだよね!
「おっ、綺麗に撮れてんね!」
「ひょっ、」
さっきまで車の方にいたと思った晴が気配なく背後に立っていた。
「驚かせないでよ!」
「ごめんごめん。あの2人声かけないとどんどん行くタイプだから気をつけてね。」
「あ、うん。分かった。」
確かにそんな感じがする。
2人は何やらリュックや服装だけで盛り上がっており、近くにいるのに既に置いてきぼりを食らった感じだ。
ーーそれにしても。
「晴も登山用品持ってたんだ。」
「まぁね。ライト層向けのだけど。結構ゼミの友だちと行くからね。」
「ふーん……、知らなかった。」
なんとなく、知らないことに不満が湧いてくる。
別に付き合ってるわけでもないし、なんでも知ってなきゃ駄目なんて束縛する気持ちはないはずなんだけど。
そんな私を楽しげに覗き込んだ晴は口角を上げた。
「何々、自分が知らないことがあって不貞腐れてんの?」
「……うん。」
「って冗だ……え?」
さて、あんまり遊んでても2人に置いていかれる。
私は荷物を背負い直すと、百合さん達の元へ駆けた。
「晴ー? 置いてくよ?」
「ちょ、はぁー、信じらんねぇ。」
再起動したらしい晴はなぜか頭を抱えながら何か納得のいかない様子でこちらに駆けてきた。
私は開始30分ですぐに後悔した。
これ、初心者向けって言ったけどたぶん20代の初心者向けだよね。私の体力は高齢者の初心者向けが妥当だというのに。
「おーい、大丈夫か九重?」
「大丈夫じゃない!」
「叫ぶ体力があるなら大丈夫だな!」
わはは、と笑いながら朝比奈は晴を引いてさっさと登ってしまう。薄情者め!
下唇を噛む私に百合さんが連れ立つ。
「ごめん、やっぱり無理言ったよね?」
「ううん! 大丈夫だよ! 自分1人じゃ絶対やらないことだから新鮮。」
「そう?」
「うん。それに晴もやるみたいだから、一緒にやらないまでもさ、知っておくことは悪いことじゃないと思うんだよね。」
百合さんが目を丸くした。
私、変なことを言ってしまっただろうか。
「……そっか。そうだよね。自分の趣味に合わせてもらうばかりじゃなくて相手のことを知ろうとしなきゃいけなかった。私、できてなかったな。」
そっか、表面上はなんてことのないように見えたけどやっぱり気にしてたんだな。
「大丈夫だよ、百合さん。きっとお互い様なところだってあるんだから。それに百合さんはきっとこれからたくさん素敵な人に会うよ。」
「……うん、ありがとう。アンタに好かれてる八草が羨ましいよ。」
「ふぇ?!」
百合さんの眩しい控えめな笑顔と思わぬ言葉に赤面するしかない。
はぁ〜、私が彼氏だったら絶対放っておかないのに。
そんな話をしつつ、写真を撮ったり周りの景色を楽しんだりしながら歩くと拓けた広場のような場所に着く。そこからは周りを一望できるようで、眼前には雄大な光景が広がっていた。
「登り切れたー! 来てよかったぁ! 1年分の自然を味わったよ!」
「1年どころか、ほっとんどこういうところ来たことないくせに〜。」
「ふっ、今日の私は大人だから言い返さないぞ。」
普段なら必要以上に噛み付いてしまう晴の揶揄いも流せる。これが大人の余裕というやつか。
晴が可哀想なものを見るような目でこちらを見てくる気がするけど気のせいだろう。
「せっかくだし4人で写真撮ろうぜ! な! あ、すみませーん、写真お願いしていいっすか!」
朝比奈は提案の是を聞く前に近くにいたおじさんにスマホを持って頼みに行く。
さすがのコミュ力だ。うんうん。
写真を何枚か撮ると、私たちは休憩したり、展望台を見たり、周りには寺社や滝もあったからその辺を見て回った。
いかにもグラフィックデザイナーが喜びそうな、雰囲気のある写真だ。
ふとレンズ越しに見た朝比奈と百合さんはとても楽しそうで、あとは時間ときっかけの問題なんだろう。
「なーに盗み見してるのさ。」
「ん? 隠してなんかないよ。2人が気づかないだけ。」
「あーね……。もうほんっと2人で行けよって話だよね〜。」
私の隣に来た晴は退屈そうに呟く。
「…….なら、晴は私と2人で来てくれる? おじいちゃん用のコースしか無理だけど。」
晴からの返事はない。
どうしたんだろう、ふと横を見てみると彼はなぜか信じられないものを見るかのように私を見ていた。
「どうしたの?」
「いや、何でもな……何か今日は圧倒的に敗北した気分だよー。」
「また朝比奈と勝負してたの? 2人とも懲りないね。」
何かこの2人はおじいちゃんになっても同じようなことで言い争ってそう。
そこまで付き合いがあれば、の話だけどある気がする。
「あ、そうだ。その返事だけど。」
「ん?」
「オレはおじいちゃんになっても美里ちゃんの行きたいところには付き合うよ。」
思わぬ言葉に頬が熱くなる。
期待、してしまうではないか。
私は咄嗟に頰を手で覆い、下を俯く。この状態で顔を見られたら、流石に鈍い晴でも気づいてしまう。
「どうし「オーイ、2人ともこっちに美味そうなモンあるぞ!」
不意に聞こえた朝比奈の声で興味が移ったらしい。その隙に私は慌てて朝比奈の方に走る。
はてさて、今回のデートは誰のためのものだったのか。
私はそんなことなど忘れて大いに満喫することになってしまったようだ。