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8.意気投合する2人

「ねむ……。」

「吐いたら捨てるからな。」

「ごめん……飲ませ過ぎちゃった。」

「本当だよ。美里ちゃんが運ぶわけじゃないんだからさー!」


 一通り吐いてスッキリしたらしい朝比奈に襲いかかってきたのは眠気だ。10cmほど背の低い晴に思い切り寄りかかっている。

 私は勿論荷物係だ。


「でも、美里ちゃんがここまで飲ませるなんて珍しいね。なんか気に障ったことでもあった? というか何の話の時だっけ……。」

「えーと、何だったかな。」


 思い出さないでください、お願いします。

 内心汗だくの私を彼が凝視してくる。すると、晴は意地悪くニンマリと笑った。


「なぁに、オレの手が男の人の手でドキドキしたのを誤魔化したかった?」

「ちょ、え、覚えて……?!」

「図星かよ!」


 ひー、と笑う彼の鎌掛けに引っかかったことに気づき、私はわなわなと唇を震わせた。

 その時、晴の背後からうめき声が聞こえる。


「水……。」

「砂漠を彷徨う旅人かよ。」

「え、私買ってくるよ!」

「1人で大丈夫? 酔っ払い多いけど。」


 う、確かにこの時間のコンビニは大学生や柄の悪そうな人も多いけど、流石に絡まれるとは思いたくない。

 大丈夫、と答えようとした時、横からスッと水が現れた。

 驚いて振り返ると、会社の経理部に所属する百合さんが立っていた。何でか目元が赤い、気がする。


「大丈夫? よかったらこれ。」

「百合さん! いや、悪いよ!」

「気にしないで。たまたまだから。」


 とか言って、たぶんわざわざコンビニとかで買ってきてくれたんだ。

 礼を言って素直に受け取るといつもは無表情な彼女が小さく微笑んだ。さすがに晴も申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません、この友人(バカタレ)が迷惑かけて。」

「構わないよ。……何か、無茶な飲み方するアンタら見て少し微笑ましかった。」

「ヴッ。」


 ペットボトルを開けて口まで持って行くのは優しかったんだけど、それを口にねじ込んだものだから朝比奈は苦しそうな声を漏らした。

 ちなみに晴と百合さんは顔見知りではある。

 私と百合さんは大学時代に同じバイト先で働いていたため、何かと2人が顔を合わせることもあったからだ。


「この後3人はどうするの?」

「コイツを捨てて2人でデートしようかと。」

「こらこら。」


 鬱陶しいのは本音なのだろう。

 少しだけ百合さんは何かを考える様子を見せると、困ったような声音で尋ねてきた。


「もし良ければ、なんだけど、友だちが起きるまで居酒屋に付き合ってくれない? 私も飲みたい気分なんだ。」

「えっ、百合さんと飲めるの?!」

「オレもいいですけど。大丈夫ですか、これいて。」


 本人が寝てようと起きてようと散々な物言いだ。

 百合さんはおかしそうに笑うと頷いた。


「いいよ。むしろ起きてどんな反応するか楽しみ。」

「雑賀さんも大概人が悪いなぁ。」

「アンタに言われたくない。」


 同僚に今度自慢してやろう。

 この時の私は純粋に百合さんと飲めることを喜んでいた。







 そう、あの時は。


「大体こっちだって働いてるんだからさ。平日まで付き合って休日もって、私にだって人付き合いがあるんだから無理に決まってるじゃない。」


「美里ちゃーん。オレこんな話さっきも聞いた気がする。」

「奇遇だね。私も。」


 百合さんもお酒はあまり強くないようだ。

 どうやら、百合さんも付き合っていた彼氏と別れたらしい。元々キャンプで知り合った人だったらしいが、彼はどこでもキャンプを、百合さんは山に行くことが好きと少しばかりズレがあったみたい。

 そして、彼女は1人でも動けるタイプ、彼は百合さんに依存するタイプだったらしくワガママがどんどん増えてきて耐えられなくなったそうだ。

 彼女の隣の朝比奈はぐーすか寝ている。


「……2人はいいね、同じ趣味で、同じ生活リズムで。」

「「幼馴染だし?」」

「息もぴったりだ。」


 ふふ、と微笑む彼女は美人だ。

 百合さんを彼女にしておいてワガママで振り回すなんて、なんて男なんだ。私も聞いてたらムカムカしてきた。

 頬杖をついてため息を吐く姿さえも美しい。


「私もそんな息の合う彼氏が欲しいよ。でも、当分は1人でいいかな。」

「なら、そこの寝坊助お勧めしますよ。涼も登山とかハイキング大好きだし体力もあるし。休みの日は合わないと思いますけどほっといても大丈夫なタイプだから。バカだし、ちょっと連絡してやれば平気っすよ。」

「あまり勧めてるように聞こえないんだけど。」


 晴は面倒になってきたのか、眠くなってきたのか、私に完全に体重を預けて適当なことを言い出した。


「でも、正直百合さんって男運ないよね。」

「……やっぱりそうなのかな。」

「大学の時は変な性癖を持ってる人、社会人なりたての時は超オレ様でしたよね?」


 晴の指摘に、う、と彼女は言い淀む。

 しかも、既婚者から告白されていたことも知っているぞ、私は。

 晴はやっと自立すると、目の前の朝比奈の肩を叩いた。


「その点、この男はいいですよ。保証人2人いますから。涼、起きて!」

「うーん……。」

「はい、目開けて!」


 晴はマイペースにそのまま席を立ちどこかへふらふらと行ってしまった。限界が近かったんだろうなぁ。

 やっと目を覚ました朝比奈は目の前にあったおしぼりを何とか手にして目元を擦る。ここでやっと意識がはっきりしてきたらしい。



 まず目の前の私を見た。

 隣に晴がいなかったせいだ。自分の横にいるのが晴だと思ったらしく、いつも通り無遠慮に肩を組んだ。

 私が止めようとした時、彼も同時に気づいた。組んだ肩が華奢すぎることに。


「……どわぁっ、ごめんなさい!」

「……大丈夫。」


 え、え、と私と百合さんを交互に見る。


「あれっ、晴海は?! 何でこんな美人さんになってんの?!」

「晴はお手洗いだよ。そちらは私の同僚の雑賀百合さん。さっきお水くれたんだよ。」

「どうも。」


 百合さんが会釈すると、彼はみるみる真っ赤になる。

 ははん、一目惚れしたな。


「ふっ、不甲斐ない姿を見せて申し訳ないっす! 朝比奈涼、25歳、け、けい、あ、一応公務員で! えと、独身! 趣味はサッカー観戦とランニングと登山!」

「登山好きなの?」

「はいっす!」


 必死にこくこく頷く姿が面白かったのか、百合さんは噴き出した。珍しいな、お酒が入っているとはいえ彼女が声を出して笑うのは。


「どこの山登ったことあるの?」

「あ、オレは関東周りは大体制覇したんすけど、あとは東北のーー。」


 気づけば私が置いてきぼりを食らっている。

 2人はどんどん山の話で盛り上がっており、楽しげに話していた。しかも、2人ともマラソン大会にも出たことがあるらしく、偶然同じ大会に出ていたそうだ。

 インドアの私には知らぬ世界だなあ。


 ぼんやりと2人の話を聞いていると、ふらふらと晴が戻ってきた。


「あれ、ハブられてんの?」

「そ。趣味が合うみたい。」

「……へー。」


 耳元で惚れた? と聞かれたので私が大きく頷くとなるほどね、などと楽しげに笑う。

 いつの間にか連絡先を交換し出したものだから、さすがのコミュ力だななんてぼんやり考えていた。


 そんな話をこちらで勝手にしていると、朝のような爛々とした瞳がこちらに向いた。咄嗟に私は目を逸らし、晴は作り笑いを貼り付けた。


「なぁ、2人も今度山行かねーか! ハイキング、九重でも登れるようなやつ!」

「2人で行けば?」


 ナイスだ晴。私には無理だ。

 一瞬で顔を赤くした朝比奈はこそこそと晴に耳打ちした。といっても私たちに丸聞こえなんだけど。


「いや、だって、会ったばかりで2人きりで出かけるとか向こうだって嫌だろ。頼むよ、はじめだけ、な!」

「えぇ……。」


 がんばれ、晴!

 私が応援していると、正面の百合さんが控えめに私の腕を突いてきた。


「だめ、かな。美里?」

「だめじゃないです!」

「ダメなのは君だよ!」


 間髪入れず了承した私に、これまた間髪入れないツッコミが飛んできたが、百合さんのこの控えめでちょっとえっちな感じで言われたら断れるわけないだろう。

 これで落城しないなんて、晴は本当に男なのか?


 百合さんは私の返答にホッとした様子だった。


「なぁなぁ。」

「分かったよ! 行けばいいんでしょ!」


 晴も了承すると、2人はますます嬉しそうな顔になった。




 いつもだと酔い潰れた朝比奈を晴が持ち帰るのが常なのだが、百合さんの家と方面が同じため、今日は帰ると言って彼女を送って行った。


「ああ、やっと解放された。」

「お疲れ様。なんだかんだで楽しんでたくせに。」

「まぁね〜。今日は持ち帰らずに済んだから最高だよ。」


 電車で互いに体重を預け合いながら眠気に耐える。

 晴の酒で熱っているらしい体が温いせいか眠くなってくる。


「そういえばさ、いつも朝比奈が来た時、かっこいいとこ見たいなぁっていうじゃん? アレってなんなの?」


 ふと思ったらしい晴がのんびりとした声音で聞いてきた。私も多分眠かった。だから思わず本音が漏れる。


「もちろん挑発。」

「だよねー、知っ「でも。」


「半分は本当。」


 隣の肩が明らかに強張った気がした。

 でも、すでにこの時私は夢の中で。

 最寄駅に着くまで目を開けることはなかったせいで、この時晴がどんな顔をしていたかなんて知るよしもないのだ。

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