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4.作戦①:つまみ

更新遅くなりました!

よろしくお願いします!

 かわいいルームウェアで誘惑する作戦は失敗。

 あれから私が部屋に行くと真っ先に視線が足元に及ぶようになった。私が自分の部屋で着てる分には何も言わないけど視線が痛すぎて着るのをやめた。

 本当にただの寝間着になっちゃった。


 作戦を変更だ。

 次は料理にチャレンジ、といきたいところであるが、いかんせん自分はほとんど料理をしたことがない。

 できるのはお米を炊くことと、麺を茹でること。包丁は親に止められて使ったことがほとんどない。

 それに現代、レンチンだけで済む料理なんてたくさんあるし。


 でも、そんな中でも晴はちゃんと作ってくれるし、私も作って美味しいって言われたい。


「……。」


 私はスマホの電源をつけ、とある人物に連絡を入れた。






『なるほどね!』

「お願いします!」


 連絡したのは光莉さん。

 光莉さんのところは基本的に旦那さんが作るらしい。ので、光莉さんの後ろには旦那さんがウロウロしている。美人って感じの線の細い人だ。

 ちなみに百合さんにも連絡したけど、今日は無理ってあっさり放り投げられた。たぶん、趣味の登山とかに行ってるんだと思う。

 本当にアクティブだよなぁ。


 そんなことを考えながらタブレットをスタンドに立てかけると、画面には見覚えのある人物が映る。


『えと、じゃあよろしくね。』

「はーい、狛さん。」


 そう、彼の名は狛柴誠一(こましばせいいち)

 光莉さんの旦那さん兼私の同僚、つまりは顔見知りである。私は入社した時から仲良くさせてもらっており、狛さんと呼んでいる。だから、一方的ではあるが、狛さんは晴のことも知っている。

 はじめは滅茶苦茶陽キャなのにオタク趣味全開の光莉さんと物静かで読書とか株とかを好む狛さんが付き合っていると聞いた時は百合さん共々驚いた。

 でも、いざ結婚してみるとしっくりくるものだから面白い。


『ちなみに僕、八草くん、のことよく知らないんだけど何が好きなの?』

「んとね……晴は基本的に好き嫌いしないけど、辛いものが好きかな。あとはコーヒーとかビターチョコとか苦味のあるもの!」

『珍しいね……。』


 画面の向こうの彼は少し考える様子を見せた。


『今日はこの後、八草くんが飲みに来るんだよね。』

「はい! たぶんお酒と簡単なおつまみを持ってくるかと!」

『なら、今日は簡単なつまみ系にしようか。あんまり凝りすぎても、君が嫌になっちゃうだろうし。』


 狛さんは私の性格をよく理解している。それに、教えるのが上手い。

 私が入社した時の教育もしてくれたが、仕事が丁寧で分かりやすいのだ。


 冷蔵庫の中を見せると、画面の向こうの2人はスマホや料理本を見ながらあれやこれやと作戦を練っている。

 その間に私はご飯を炊く。割と細い部類であるのに燃費が悪いのか、晴は案外食べる。なのに太らないから羨ましいことこの上ない。私は小学校の中学年で甘いものを食べすぎて一時期太った。

 閑話休題、私は言われたものを忠実に準備する。

 何やらよだれ鶏と和え物を作るらしい。


『じゃあまず下準備をするよ。』

「はーい。」


 言われた通りに鶏肉の皮を取り、味付けを揉み込んでから片栗粉をまぶしてレンチン。

 並行してきゅうりとちくわの和物も準備する。

 材料を切る過程になると、画面の向こうから光莉さんの声が聞こえる。いつもだったらこの辺の仕事は晴がちょちょっと済ませてくれちゃうけど今日は1人だ。


『美里ちゃん、猫の手だからね、猫の手!』

「分かってます!」


 手をグーにする。光莉さんの横で狛さんも祈るようにこちらの様子を窺っている。流石にそれくらいは家庭科の授業で習ったし。

 ただ、包丁を持つ手は震えている。

 たかが乱切りなのであるが、私にとってはたかがでは済まない。何とか野菜を切り終えると、とっくの昔にレンジは鳴り終えていたようで、鶏肉を取り出すとふんわりといい匂いがする。

 鶏肉は余熱でしっかり火が通ったようだ。

 ネギをみじん切りにして醤油やラー油、お酢に砂糖、ニンニクを入れたソースを混ぜていく。味見もしたけど初めて作ったにしては美味しい。

 あとは鶏肉も切って並べていくだけだ。


 いつもの感じで、和え物を中皿に載せ、いつの間にか増えている晴のと、自分の茶碗を定位置に置いておく。

 最後の仕上げというところで狛さんが申し訳なさそうに尋ねてきた。後ろの光莉さんは、おつまみを見ていてお腹が空いたらしくどこかへ行ってしまったため、私は1人になった狛さんを見つめた。


『あの、九重さん。』

「何でしょうか?」

『その、とっても言いにくいんだけどさ、君たちって同棲してるの?』

「同棲?」


 同棲?

 同棲って、その、お付き合いしている男女が同居していることだよね?


「してないですよ〜。何を勘違いしてるのか……。」

『いやだって、その茶碗って明らかに客用じゃないよね?』

「晴は幼馴染ですよ? そんなのあって当たり前じゃないですか。」


 何を今更なことを。

 ちなみに一般的に見れば、他人の茶碗が鎮座していること自体がなかなかないことらしいが、この時は狛さんが嘘をついているんだと思っていた。


『私たちもお揃いのお茶碗欲しいね!』

『……今度買いに行こうか。』


 画面の向こうからそんな呑気な会話が聞こえる。

 本当にラブラブだなぁ。



 なんて、呑気なことを考えていた時。

 指先に痛みが走る。


「いたっ。」

『わ、大丈夫?』


 私が小さく呟いたにも関わらず画面の向こうの2人は聞き逃さず、一気に画面に近づいてきた。

 2人のこと考えてたら指先を切ってしまった。


『ご、ごめんね! 私たちが余計な話してたから! 絆創膏持ってこなきゃ!』

『いや、こっちで準備しても意味ないから光莉! でも、ごめんね。僕たちが余計な話したばっかりに……。』

「大丈夫ですよ。私も絆創膏持ってきます。」


 本当にこの2人はお人好しというか、根っからの善人というか、面倒見がいい。

 幸せな気持ちを分けてもらったなぁ、なーんて。

 少し高めの棚に置いてある救護箱に指先が届く。

 なーんでこんな場所に置いたんだっけな。


『えぇ〜、美里ちゃんこんな場所にしまって大丈夫? 君ちびっ子なんだからさぁ。見栄張らなくていいんだよ? え、届く? かー、後悔しないようにね!』


 先週の晴の悪い笑みが急に頭の中に浮かんできた。

 好きだけどムカつくなぁ。

 そんなことを考えていると指が届いた。

 よしとれた、と思った時だった。


「キャアアアア!」


 目の前に救急箱につられて他の荷物も落ちてきた。

 痛みが走る中、自分ってこんな悲鳴出せたんだ、なんて馬鹿なことを考えてしまう。

 ああ、画面の向こうから心配そうな声も聞こえる。返事をしようとのろのろ起き上がると、玄関が勢いよく開いた。




「物音と悲鳴聞こえたと思ったら、何してんのさ!」

『大丈夫?!』


 晴と狛さんの声が聞こえる。

 晴は一瞬だけ足を止めて画面に向けて目を細めたが、特に反応することなく、そのまま私の方に直進してきた。そして、辺りを見回し状況を把握した晴は、勝ち誇ったように私を見下ろしてきた。


「あらら、本当にオレが言った通りになってるじゃん?」

「……。」


 図星のため私は口を噤むしかない。

 私の目の前にしゃがみ込んだ晴は私の流した前髪を掬うとおでこを撫でた。そして指先に滲む血を見て全て察したらしい。


「普段しない料理して指切った挙句、おでこにたんこぶか。踏んだり蹴ったりだね。何でまた料理なんか?」


 私の気持ちを知らない晴にとっては純粋な質問なんだろう。不思議そうに首を傾げた。

 答えるにも、素直に答えるとなかなか恥ずかしいことになる。

 たぶん、私が口をもごもごさせているのに痺れを切らしたのか少しだけ不貞腐れたようにすると、作り笑顔を見せた。


「ま、面倒くさがりな君がやるくらいならもしかして誰かのための練習かな。しょうがないから味見してあげるよ!」

「違う!」


 もはや反射だった。

 作り笑顔なんて嫌だ。そんな勘違いされたくない。

 私が怪我をしていない方の手で裾を握ると、立ち上がろうとした彼は膝を折った。


「ちょっと、危な……。」

「これ、晴に食べてほしかったの。だから、その、同僚の人たち、狛さん夫婦にお願いして作り方教えてもらってて。」

「もしかして狛柴さん?」


 必死に頷く。

 私の様子を見た晴はなぜか大きなため息をつくと、腰を下ろした。横に転がった救急箱から絆創膏を1枚取ると、綺麗に私の指に巻いた。


「……あー、さっきの狛柴さんか。謝っといて。」

「うん?」

「……ふっ。」


 何だ何だ1人で笑い出して。頭打ったのは私なのに。

 私が晴の顔を覗き込むと、いつもの笑顔に戻っていた。そして、私のたんこぶにデコピンを食らわした。


「いった!」

「確かに母の日近いけど、オレ君のお母さんじゃないよ〜?」

「そういうんじゃない!」

「分かってるよ。でもまぁ。」


 ひょい、と私のことを立たせると、包丁をさっと洗って残りの鶏肉を切っていく。

 さすがの手捌き……じゃなくて、晴が作っちゃ意味がないのに。でも、手を出したら晴が怪我しちゃうかも。

 慌てる私を尻目に、晴は愉快そうに目を細めた。


「オレは作ってもらうより一緒に作る方が好きだから一緒に作ろうよ。」

「……うん。」

「その方が失敗もなさそう。」

「うん?!」


 はっ、と馬鹿にしたように笑う。

 この一言さえなければ、いやなかったら晴らしくないか。


「素直にお礼言えないの?!」

「ありがと、美里ちゃん。こーんな美味しいおつまみ作ってもらえるなんて幸せだな〜。」

「まだ食べてないじゃん!」


 2人でぎゃんぎゃん言い合いながら料理を続ける。

 いつのまにか目の前の晴との言い合いに夢中になっていてタブレットの電源が切れているのに気づいたのはずっと後だった。

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