エピローグ
読めない婚姻届事件から半年とちょっと過ぎたくらいかな。
私の姓は八草に変わり、秋には結婚式を挙げた。
そこまで大規模にしない予定だったけど、多方面に結婚の知らせをしたら小中高、加えて大学以降の友達や同僚、はたまた恩師まで結婚式はいつだと連絡を入れてくるものだから想像以上に大規模なものになってしまった。
晴は少し文句言ってたけど、それだけ祝われているってことだからって嬉しそうにもしてた。素直じゃないなぁ。
挙式から2週間、ハネムーンというやつから帰ってきた私たちは日常を取り戻していた。
思い返してみれば怒涛のような日々だった。
プロポーズの後の旅行は普通に楽しかった。あれが最後の安寧だったかもしれない。
職場に報告すれば、なぜか同じチームの男性陣には泣かれた。狛さんも光莉さんにつられてもらい泣きしていた。
でも、ここからが大変で、光莉さんは感極まって産気づくし。確かにそろそろ産休に入る時期だったんだけどね。そのまま産休に入ってしまったから罪悪感が凄まじかった。生まれたのは元気な女の子、狛さん溺愛待ったなしだ。
1番落ち着いていたのは百合さんかな。百合さんは私の報告を聞いて穏やかに微笑んで「おめでとう。」と祝いの言葉をくれ、翌日良さげなお酒をくれた。晴がお礼しなきゃと言っていたから上等な酒なんだろう。私にとっては豚に真珠、猫に小判である。
晴も職場に報告したら、同僚達に詰め寄られた。どうやら藤島さん以外に全くそういう話をしなかったそうで、誰もが独身を決め込んでいると思っていたらしい。
朝一で藤島さんに報告したそうだが、藤島さんも泣いた。光莉さんと同じ程度の涙腺らしい。彼曰く安堵と揶揄いたい気持ちと先を越された悔しさと事件に関して笑える気持ちがごちゃ混ぜになった結果、泣いたそうだ。
その日中、隣のデスクから泣き声が聞こえて気持ち悪かったと晴は心にもないことを言っていた。鬼だね。
式の友人代表は朝比奈と透子にお願いした。
透子には、旅行から帰ってきてすぐ報告したけど泣きすぎて晴は殴られずに済んだ。晴は骨折られる覚悟だった、なんて話していたけど、今回ばかりはさすがの透子もどつくつもりはなかったと思うんだよね。背中は叩いていたけど。
朝比奈には電話で報告して、後日3人で飲み会に行った。たぶん、彼は長年心配をかけてきた友人の1人。朝比奈は祝いだから奢ると息巻いていたけど、あっさり晴に潰されて寝ていた。
晴もお礼に奢りたかったんだろう。
ちなみに酔い潰れた後半はオレも百合さんにプロポーズがなんたらって言ってたけど、2人も大概私たちとはまた違ったタイプの亀だから先は長そうな気がする。
だって、今だって何も進んでないみたいだし。百合さんは幸せそうにしているからいいけど、朝比奈は大丈夫かな?
あとは実家。
私の実家に改めて挨拶に行ったら、清史とお母さんは今にも躍りそうなくらい喜んでいて、お父さんはまた晴に酒盛りを付き合わせて潰れていた。
相変わらずだけど、私の実家が本物の実家になるってことを実感したみたいで晴も嬉しそうだった。
晴のママさんは海外から結婚式の時だけトンボ帰りして、終わったらまたすぐに帰って行った。本当に台風みたいな勢い。
晴は呆れていたけどらしいと言えばらしいんだよね。
そして、今日は光莉さんの家に遊びにきた。
狛さんは結婚式に来たんだけど、光莉さんはやっぱり赤ちゃんから離れられなかったみたいで私たちの式には来ることができなかった。
だから、リクエストにお応えしてアルバムを見せることになったのだ。
しばらく狛さんと3人で話していると、すやすやと気持ちよさそうに寝ている娘さんを抱っこした光莉さんが顔を出した。
「いらっしゃい。美里ちゃん、八草くん!」
「「お邪魔してまーす。」」
光莉さんは綺麗に重なった私たちの声に嬉しそうにしながら微笑んだ。
娘さんは狛さんにバトンタッチ。
光莉さんは目を輝かせながら私たちに期待を見せた。
「ほんっと、ずっとずっとずーっと待ってたよ! 百合ちゃんに見せてもらったけどほんっとーに可愛かった!」
「ですよねー。何たってオレが選びましたから。」
「うんうん、さすがは幼馴染。よく分かってるね。」
ドヤ顔をしている晴はドレス選びにもしっかり付き合ってくれた。
お母さんもついてきてくれたけど、2人の式だからって基本的には任された。
お色直しも含めて、晴のチョイスは私の好みから外れずかつ私によく似合うものというかなりシビアな線をついてみせた。
スタッフさんも見事だと言っていた。
本人がいないところでドレス談義に盛り上がる2人を尻目に狛さんに尋ねた。
「……狛さんも行ったんですか?」
「行ったけどセンスがないって追い出されたよ。羨ましい限りだね。」
確かに狛さんは顔がいいのに服は無頓着かもしれない。私はどちらかと言えば、狛さん派の人間のため彼に同情する。
晴もあんまり服装には頓着ないくせにいざというときにはセンス見せつけてくるんだよね。
「何さ、美里ちゃん恨めしげに見て。」
「別に?」
「ははーん。何々、オレのセンスを羨んでるわけ?」
「そうだけどっ……! 顔がうっとおしいよ……!」
「わざとだよ〜。」
「知ってる!」
「相変わらずだねぇ。」
アルバムに視線を落としていた光莉さんは嬉しそうに笑った。こんな感じのやりとりは関係に名前がついても決して変わらない。
しばらく4人でアルバムを見ながら、式でのハプニングや新婚旅行の話をしていると、あるページで光莉さんの手が止まった。
「あれ、和装もあるの?」
「ああ、それはうちの母さんが前撮りだけでもいいからって。オレあんまり似合わないから嫌だったんですけど。」
「でも、九重さんが似合うから着たんでしょ? 似合ってるね。」
「そうなの?! 晴、着る機会ないし撮ってみたらくらいだったよね。」
「……。」
私が隣に座って覗き込むと、顔をぐりんと背けた。
図星らしい。この男、ママさんを理由に自分の欲望を満たしたのか。
「ちょっと、言葉選んでよ!」
「おっと。」
口に出ていたらしい。私はハッと口を塞ぐ。
顔を赤くした晴は私の頬を何度もどついてきた。これは八つ当たりだけど、私も失言だった。
そんな私たちのやりとりを見ていた光莉さんは嬉しそうに微笑む。
「ふふ、変わらないね。私も少しずつ体調落ち着いてきたし、時々ゲームも付き合ってね!」
「もちろん。晴も私もスキルアップしてるからね!」
お茶をしながらそんな話をしていると、娘さんが少しだけぐずる。
気付けば数時間経ってたみたい。結構長い時間いちゃったもんね。そろそろお暇する空気かな。
「ごめんね、来てもらったのにあんまりもてなせなくて。」
「しかもお土産まで……。」
恐縮そうに言う2人を見て私と晴は顔を見合わせた。
「大丈夫ですよ、あの時オレ達が気づいた娘さんの顔も見られましたし。」
「そうそう。それに。」
私はにんまりと口角を上げた。
「今日は私が幸せだよってこと、目一杯自慢できたから。」
私の言葉に3人は目をぱちくりとさせると、誰からともなく皆微笑んだ。
「そう言えばさ、美里ちゃん。オレずっと気になってたんだけど。」
「ん?」
家に帰って2人で夕飯の準備をしていると唐突に晴が尋ねてきた。何だろう、と私が顔を覗き込むと、なんてことのないトーンで言葉を発した。
「君っていつオレのこと好きになった、というか自覚したの? 攻略作戦ってやつ? ちょっとおしゃれしたり料理したりとか、時期は何となくわかるんだけど、きっかけは全く分からないんだよね。」
「えぇ、今更? 何でも良くない?」
「良くないよ。オレからすればめちゃくちゃ疑問。何しても靡かなかったのにさ。」
確かに今までの朝比奈とか透子に聞く話を踏まえても、晴は決して行動しなかったわけではないから気付く要素とやらはいくらでもあったんだろう。
申し訳ないことに全く気づかず生きていたわけだが。
「……話さなきゃダメ?」
「すっげー気になる。」
意地悪とかを置いておいて、純粋に気になってる顔だなこれは。
でも、隠したいことでもないしいいか。
「……新年度の飲み会で晴が送られオオカミになりかけたことあったでしょ?」
「送られオオカミ? 全く覚えないんだけど。」
「受付の胸大きい美人さんに改札で言い寄られてたじゃん。」
「……そうだっけ。」
顎に手を当てて首を捻っているあたり全く覚えがないらしい。酔っていたのか興味がなかったのか。
「で、その時に、もし晴に彼女さんができちゃったら今までみたいに一緒にいられないんだな、とか、晴の1番に慣れなくなっちゃうんだな、とか考えたら、こう、自然と晴を独占したいとか晴に好きって思ってほしいって気持ちが出まして……、攻略しなきゃなぁって。」
口にしてみると少し恥ずかしいかも。
私が指を突いていると、隣で晴は大きくため息をついた。つい、肩を揺らして驚いてしまった。
晴は天を仰ぎ唸ると独り言を呟いていた。
「ど、どしたの?」
「いやね。」
指の隙間からちらりとこちらを見てくる。
何を言うんだろう、予測できず待っていると口角を上げた晴は気の抜けた笑みのまま私に理由を語る。
「だってオレとの日常が当たり前だったんでしょ? 長い時間かけて攻略した甲斐があったなって。」
「なっ、私だって攻略したもん!」
「はいはい。ずーっと昔にね。」
「くぅ……!」
自覚したおかげで晴の横に並んでも多少恥ずかしくない人間になれたけども!
得意げな晴には口で勝てまい。
上機嫌な彼を横目で見つつ、私はこんな日々が続くことに笑みを零していた。
ついに完結しました。
他の作品を書いている途中に、書きたくなってしまって走りは良かったものの後半は更新速度が遅れてしまい、読んでいただいた方にはもやもやさせてしまったかもしれません。
いかがだったでしょうか?
ゲーマーのにぶちん主人公が、少し? ひねくれたゲーマー幼馴染を攻略していくというお話でした。(すでに攻略済みのため攻略困難笑) ぶっちゃけ途中から晴海の方はそれなりに素直になっており、美里の方が暴走していた感じでしたが、呆れつつも微笑ましく読んでもらえるとありがたいです。
ついでにですが、今回のタイトルはどちらからも見た視点になっております。圧倒的に晴海寄りな気もしますが……どうだったんでしょう? 笑
では、最後になりますが、ここまで読んでいただきありがとうございました!
次作はすでに構想と最終話のオチは決まっているので、9月くらいからスタートする予定です。その後、できれば「天然姫と最強王子が組めばこの国は安泰です!」も再開したい所存……。
引き続き、お付き合いいただける方はよろしくお願いします。




