34.実家へ
久しぶりの更新となり申し訳ありません!
もう少しで最終話、1〜2日おき更新となります。
「うう……。」
「何で自分の実家に帰るのにそんなお腹痛くなってるのさ。」
実家の最寄り駅、すなわち家まで徒歩10分のところで私はお腹を抱えていた。決して変なものを食べたわけではない。決して。
時間は進み、年末。
恒例の私の実家への帰省なのだが、今までと決定的に違うことがある。
それは晴と付き合い始めて、初めて2人揃って私の実家に行くこと。しかも、これから一緒に住むために晴は挨拶も兼ねて来ている。
緊張せずにいられるもの? おかしくない?
「むしろ晴は緊張してないの……? メンタル妖怪だね……!」
「緊張してないように見える? オレのポーカーフェイスも捨てたもんじゃないねー。」
普通ならここで晴の本心を読むなんて朝飯前なんだけど、今の私にそんな余裕はない。
自分の実家にも関わらずごねる私に苦笑いを漏らしながら晴は強引に私を引っ張っていく。晴は荷物を持っているが、なんてことのない涼しい顔だ。このまま同じことをしていれば、地元に嫌な噂が流れるだろう。
私は諦めて大人しく晴についていくこととした。
「ただいまー。」
「こんにちはー。お邪魔しまーす。」
「晴兄、おかえり!」
「私は……?」
「清くんまたでっかくなった?」
「まぁな! 姉ちゃんもおかえり。」
弟・清史が真っ先に出迎えてくれた。
今年中学生2年生になった、私とは干支一回り違う。生まれた時は晴とともに喜んだものだ。
ちなみに決して姉弟仲が悪いわけではない、清が晴のことを好きすぎるのだ。今となっては姉弟揃って晴に懐いているわけだから気恥ずかしいもの。
「母さーん、姉ちゃんと晴兄帰ってきた!」
「まぁまぁまぁ、おかえり! 晴くん待ってたわよ!」
「今年もお邪魔します。」
「いいのよ〜、今から本当の家になるんだから!」
「「ん?」」
2人で声を揃えてしまう。
よくよく見るとなぜかお母さんは片手にペンを持っていた。そして、なぜか手を差し出してくるのだ。
一向に動けない私たちに向かって、不思議そうな顔をして首をかしげた。
「婚姻届の証人の場所に書いてもらうために来たんじゃないの?」
「ええ、姉ちゃんと晴兄結婚すんの?!」
「しない! まだしないよ!」
「いつするのよ、今でしょ!」
「古いよ!」
出鼻を挫かれたらしい晴は笑顔のまま何も言わずに黙っていた。
それもそうだろう、玄関の奥に仁王立ちしたお父さんがいるんだもん。
「晴海くん……。」
地を這うような低音に晴は肩を震わせた。
ちなみにお父さんは晴のことを晴海って呼ぶ。
実の息子みたいに扱っていた。
だから、晴が何か無茶をした時は実の父よろしく叱る時は叱っていた。滅多に無かったけど。
「娘は渡さん! 欲しくばオレを倒してみせろ!」
「何言ってるのよ! 晴くん以上の優良物件いないわよ! むしろ晴くんを追い出したくば私を倒しなさい!」
「何だと?!」
両親の茶番に私はつい顔を覆う。
指の隙間から晴を見てみると、私が馬鹿した時と同じ顔でそのやりとりを見守っている。気を許した仲と言えど恥ずかしい……!
見兼ねた清史はため息をつくと、晴曰く私とそっくりらしいやる気ゼロの無表情で中に通してくれた。
「えぇ、2人って付き合ってたの?!」
「えぇ、まだ結婚してなかったの?!」
「この鈍感さと早とちり感、美里ちゃんの遺伝子だなって思うよねー……。」
「今回ばかりは否定できない……。」
清は大学は絶対に東京行く! と騒ぎ始め、一方で赤飯を炊いていたらしいお母さんは婚姻届取りに行こうか? とまだ諦めてないらしい。
お父さんは泣きながら呪詛のように何かを呟いている。
「良かった……。心の準備をする期間がまだある……。」
「ま、誰もそんな時間があるとは言ってないですけどねぇ。」
「ぐっ……。」
晴の悪戯にお父さんは胸を押さえる。
揶揄われてるのに全く学ばないんだから。
ちなみに美里自身はこれがブーメランになっていることには気づいていない。
そんな緩んだ空気の最中、隣の晴が少しだけ居住まいを正した気がした。
たぶん、真面目な話をするんだろう。
私も倣って背筋を伸ばす。
「冗談はさておき。年明けくらいから美里ちゃんと同棲しようと思ってます。近いうちに必ずケジメもつけるつもりです。」
ここでやっと両親も真剣な顔になる。清はなぜか私たちと同じ緊張した顔になったが。
「お母さん、お父さん。その、今更かもしれないけど、最近は料理とか家事も頑張ってるし、迷惑はなるべく……いや……できれば……ちょっとは、かけないつもり。」
「何で減っちゃうのさ。」
「熟考するほど無理な気がして……。」
怪訝な顔をしていた晴は不思議そうにしていた。
何でかな、と思っていると呟くように溢す。
「オレは甘えてるつもりなんだけどね。」
「どこが?!」
「さぁ。」
確かに料理の分担はされたけどそれだって半々だ。
私が思考の中に沈みかけると、不意に正面からお父さんの咳払いが聞こえ、浮上した。
その横でお母さんは嬉しそうに手を合わせて笑っていた。
「美里、晴くん。私たちはね、勉強が好きじゃなかった美里が必死に勉強して晴くんと同じ大学に受かった時点からずっと2人のこと応援してたのよ。」
「え?」
「そうなの?」
お母さんの思わぬ言葉に私たちは開いた口が塞がらなかった。
「2人がお隣さんでそれぞれ一人暮らしするってなった時なんか、お父さんは2人一緒に住んだ方がいいんじゃないかとか、ずーっと結婚はまだかって言ってたのよ? 大学生にもなってなかったのにね。」
「おい、言うな!」
「それに2人とも分かりやすかったわよ、本当に。」
「オレ分からなかったんだけど……。」
「清くんは美里ちゃんと同じ血族だと思うな〜。」
晴は何当たり前のこと言ってるんだろう。
お母さん以外が首を傾げる。
「……ともかくオレたちは元から反対はしていないということだ。晴海、次来る時はとびきり美味い酒を持ってくれば十分だ。」
「……はーい。」
「何、お父さん手土産じゃ物足りないの? がめついなぁ。」
「そうだよ、父さん。」
「お前らなぁ……!」
私たちの言葉にお父さんが頭を抱える。
なぜか正面の席に座る晴が腰を上げ、お父さんの肩を叩いている。男たちには理解し合える何かがあるらしい。私たちは首を傾げるばかりだ。
それから夕食兼酒盛りが始まり、お父さんが即潰れた。私のアルコールへの耐性はお母さん譲りだ。
晴がお父さんを運んでる間に私と清は風呂を済ませた。そのあとリビングでお母さんと晴が譲り合いをしていたけど結局押し切られていた。
ちなみにいつも清の部屋に置かれていた布団は初めて私の部屋に設置された。お父さんが寝たからとお母さんが嬉々として敷いていた。
「姉ちゃんが晴兄を射止めるなんてなー。ダメダメなのに。」
「ダメダメかもしれないけどこれでも一応努力してるんだよ?」
「分かってるよ。じゃなきゃ不器用な姉ちゃんが料理を頑張るわけないじゃん。」
さすが弟、よく私のことを分かってる。
「でも、姉ちゃんに甘える晴兄とか想像つかないんだけど。どう甘えるの?」
「……。」
年頃ということもあり、清もそういうことが気になるみたい。
一応心当たりはあるけど、自分の口から語るのは憚られる。
うーん、と眉間を揉んでいると不意に後ろから腕が回ってきた。思わず、ぎょ、と変な声が漏れた。
「何々、面白そーな話してんじゃん?」
「心臓飛び出るかと……。」
「晴兄が姉ちゃんに甘えるって想像つかないって話。」
まだ身長も私と対して変わらない弟に合わせて腰を屈めていた晴は目をパチクリさせた。
「あー、まぁ君らからすれば分からない話だよ。」
「というと?」
清が首を傾げると腕を私の肩に回したまま、反対の手で清の頭をワシワシ撫でた。
「オレは基本的にあまり他の人にベタベタしないし、ましてや仕事以外で何かを任せるなんてしないから。まぁそれ言ったら付き合う前から多少甘えてたのかもしれないけど。」
「……本当に分かんない。」
清は私以外と話す晴を見ていないからピンと来ないらしい。
でも、私は知っている。それ以外にも、2人の時にはちょっとだけ間延びした話し方になるとか、かまってほしい時には背中に控えめに頭突きしてくるとか、今みたいに寄りかかってくるとか。
思い出してたら顔が熱くなってきた。
「じゃあ清くんにも甘えてあげよう。」
「オレにも?」
「うん。ちょっとしたこと。」
目を輝かせて待ち構える清に晴は思いもよらぬことを言ってのけた。
「夜更かししてゲームしよ。」
清は一瞬固まったが、嬉しそうに夜更かし! と手を挙げて部屋に戻っていった。
一方で私はよく分からなくて晴を見つめてしまった。
「あれ、どうしたの不思議そうにして。」
「いや、普段から私に言ってることだなって。」
「言ったじゃん、オレ普段から甘えてるって。実は他の人、あんまり誘わないからね。」
確かに言われてみれば、藤島さんや光莉さん発信はよくあるけど晴が誘ってくる時は大概2人か、私から他の人を呼ぶ感じかも。
晴にとってはあれも甘えてる範疇に入るんだ。思わぬ事実に頬を抑える。
「君にはそれだけじゃないけどね。」
「へ。」
顔を上げると、それを見計らったかのように軽いキスを口にされる。
「なっ、ここ、実家……!」
「えぇ〜、どうしたの? オレ何もしてないのに。」
「ゲーム持ってきた!」
私が叫びそうなのを抑えながら晴を非難していると呑気な清の声がした。
晴は清を勝手知ったる私の部屋に押していくと悪い笑顔を私に向けてきた。
おちょくられた……!
その事実に唇を震わせつつ私は大声をあげることもできず、大股で自室に戻ることしかできなかった。




