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32.幼馴染の先へ

 私は職場から待ち合わせの場所までのんびりと歩いていた。

 いつもなら時間ギリギリになることも少なくはないけど、想定していたものより早めの電車に乗れて暇を持て余していた。

 家電量販店とか行きたいけど、行くとたぶん夢中になって約束をすっぽかすからなし。買い物系は荷物になるからなし。

 どこかカフェに入ってゲームでもしてるのが無難かな。


 そんなことを考えてカフェに入った。

 でも、私がスマホを使って開いたものはゲームやアプリではない。とあるサイトを見ていた。

 それは不動産。今までなら興味も持ったことのないサイトだ。


 へー、こんな風に検索できるんだなんて物色してみる。

 2人で住むなら2LDK、いや将来的なことを考えると3LDK? 晴は結構書籍とかもあるし、広い部屋の方がいっか。それに何かとセキュリティがどうとか気にする。そうなるとお値段が優しくない。

 でも、郊外に住めば一軒家や安く済むマンションもあるよね。立地の理想は2人とも職場に通いやすい場所がいいけど、この辺は相場が高……。


 私は慌てて首を横に振る。

 いやいや、何1人で飛躍してるの。

 まだ付き合って数ヶ月、こんな先走ったことを考えていると晴にバレたら何で言われるか。引く、ってことはないと思うけど……。多少からかわれるかな。

 案外、喜んでくれたり……。


「こーこのえ!」

「うわっ!」


 肩に思わぬ衝撃が走り、手の上でスマホが踊る。鈍臭い私にしては珍しく落とさずに済んだ。

 振り向くと声の主は待ち合わせ相手の1人、朝比奈であった。

 私がワイヤレスイヤホンを外すと、朝比奈は何か納得した仕草をした。


「びっくりした……。」

「声かけたんだけどイヤホンしてたんだな。ごめんごめん。もう少しで待ち合わせ時間だけど……何見てたんだ?」


 不意に覗き込まれて私は画面を隠すのが遅れる。

 朝比奈がわかりやすく固まったあたり、ばっちり見られてしまったのだろう。私の顔の熱が上がるのに比例して朝比奈の口角も上がる。


「へぇー。九重も思ったより晴海のこと好きなんだな。」

「うぐ……。」


 否定しても、朝比奈のまっすぐな視線に射抜かれながらもう一度問われれば嘘はバレる。私はぐっと口を閉ざすしかなかった。


「何、引っ越しの話進んでんのか?」

「違うから……勝手に私が見てただけ。」

「つまりは九重は晴海と一緒に住みたいってわけな!」

「いや、そういうわけでなくて……、うぅん、住みたいけども。」

「だろー?」


 眩しいほどの笑みを見せた朝比奈は親指を立てる。


「なら、雑賀さんとの件のお返しに俺が一肌脱いでやるよ!」


 一瞬反応できなかった。

 生き生きとしている朝比奈に嫌な予感がする。彼は混じりっけのない善人ではあるが時々お節介が過ぎる。


「いや、余計なことしなくていいから……!」

「遠慮すんなって。大船に乗ったつもりで任せとけ。」


 こういう時の朝比奈ほど頼りないものはない。

 私が必死に止める言葉など聞こえていない彼は晴の待つ居酒屋へと進んでいった。





 目的の場所に辿り着き、乾杯を終えると何より先に朝比奈は頭を下げてきた。


「今回はほんっとーにありがとな! 2人には二度と足を向けて寝られねぇ……!」

「どういたしまして。」

「人の奢りで飲む高い酒は美味いねぇ!」


 機嫌良さげに酒を煽るのは晴だ。

 この前の告白事故以来の飲酒だと思う。まぁ親友に好きな人、しかも百合さんという美人でできた彼女ができたなら、嬉しいだろう。

 私もランチの時に百合さんから聞いて興奮した。

 やっと安定期に入った光莉さんも手をバタバタさせていた。


 2人の埋め合わせは、先日されたらしい。

 紅葉も終わりがけ、ぼちぼち雪も降り始めるだろう。そのため、少し早めのイルミネーションを見に行ったそうだ。

 ちなみに私も晴もイルミネーションは全く興味ないため、朝比奈に聞いてもう始まってるんだと知った。

 そこで朝比奈が告白した。

 もちろん答えはイエス。


「へぇ、色々とお楽しみだったんだねぇ。」

「……言うな。」


 晴は何かを察したらしくなぜかその時点で楽しげに笑っていた。朝比奈は居心地悪そうに顔を俯かせていたけどどうしたんだろう。


「それより、この前の話だけどさ。」

「「この前?」」


 私たちが気の抜けた返事をすると、朝比奈は分かりやすく肩を落とした。

 あ、ちょ、嫌な予感がする。


「だーかーらー。この前出かけた時に聞いたろ? 一緒に住まねーのって。」

「ま、まだ付き合って、ほんの数ヶ月じゃん……。」

「でも、その前に20年来の付き合いがあるだろ。」


 朝比奈の言葉はごもっともだけど、親指は立てないでほしい。

 長い付き合いの私達はそれこそおはようからおやすみまで、家の隅から隅まで互いによく分かっている。それこほ、あと知らないのは一緒に住まないと分からないこと、あとは……、うん、そういうこと。

 本当に言い出して……。私が恨みがましく睨みつけながらちびちびと飲み物を口にしていると、いつになく真剣な顔の晴が口を開いた。


「考えてないわけではないよ。ただ告白してすぐだったし、その辺はちゃんと線引きするつもり。プロポーズだってするよ。」

「へっ?!」

「……!」


 思わぬ潔い言葉に私は顔を赤くして俯く。

 目の前の朝比奈は何度か瞬きをすると苦笑混じりに言った。


「本当真面目だよなあ、晴海。九重は楽しみにしとけよ!」

「それオレのセリフだし、君には絶対相談しない。」

「えぇ、何でだよ! オレはする気満々だったのに!」


 その話、私がいないところで是非してほしい。

 そのあと私の口数が減ったこと、朝比奈が潰れる直前まで飲み合ったことは詳しく話す必要もあるまい。





 その帰り道の話だった。

 晴が神妙な顔で尋ねてきたのだ。


「ねぇ、美里ちゃん。」

「ん?」

「一緒に住む話、どう思う?」

「ん?!」


 思わぬ質問に声が裏返った。晴は相変わらず動揺なんて見せることなく淡々と言葉を紡いでいく。


「オレとしては、将来のことも考えているつもりだし、住めたら幸せって思う。君のことも幸せにするつもり。」


 私はまっすぐすぎる言葉に当てられて情けないほどに慌ててしまう。


「なっ、なんでそんな真顔で言えるの!」

「先日酒の勢いで言って死ぬほど恥ずかしい思いをしたからねー!」


 確かに今日は途中から抑えていたっぽいけど!

 思わぬ展開のせいで、この場にはいない朝比奈が得意げに笑っている気がする。

 二の句を告げない私を見つめていた晴はほんの小さくため息をついた。


「……ただ、美里ちゃんの言う通りでもあるし焦って進む必要もないかもね。」


 そこで私は勢いよく顔を上げた。

 すでに背中を向けている晴はたぶん勘違いしている。

 幼馴染だし、恋人だもん。分かるよ。

 私は晴の裾を掴んでその場に留めると、晴は少しだけ驚いた顔をして振り向いた。


 どうすれば勘違いされないか。


 私は先ほどカフェで調べていた履歴を開いて晴に見せた。


「何、これ。」

「見て。」


 晴は素直に受け取るとスクロールしながら画面を確認する。

 その顔は徐々に信じられないものを見るような目になり、私を見つめる。背に腹はかえられない。

 晴に余計な勘違いはさせたくない。



「……その、私だって同じ、だよ?」



 晴は無言で私にスマホを渡すと、急に両肩に手を置いた。そして大きく息を吐いた。

 呆れた、とかではない。緊張を解くような。


「あのさ、最低なこと言ってもいい?」

「ん?」

「今、ものすごく美里ちゃんのこと抱きたい。」

「ハグってこと?」

「そっちじゃない方。」


 そっちじゃない方?

 頭の中で咀嚼するとすぐに意味は分かった。慌てて距離をとると晴はどこか安堵したような顔をしていた。


「……年末、美里ちゃんの家族に挨拶してそれから一緒に住もうか。」

「ほんと?」


 自分の声が弾んでしまったことに私は気づかない。

 晴はなぜかまたあぁ〜、と唸っていた。

 さすがに何度も何度もそういうリアクション見てたら、晴の本音もわかるよ。


「あとね、晴。」

「んー?」

「さっきのこと、やぶさかではないよ。」

「さっ……。」


 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているため、私は急ぎ足で進む。

 自分で言っておいて照れてしまったのだ。


「ま、待って待って! それだけ言って放置プレイはずるいでしょ! 今日は絶対スマホの電源切るからね!」

「ふっ、そうだね。」


 あまりにも必死に言うものだからおかしくなって私は笑ってしまった。

 さて、この後のことはご想像にお任せしよう。

 ただ、私としてはこの上なく幸せだったけど、翌日の朝にあんなことが起きるとは思わなかった。

7/5.より再開予定です!

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