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3.作戦①:おうちコーデ

「はーい、美里ちゃんできたよー。」

「ありがと〜。」

「はいはい。にしても休日までオレの家にたかりに来るなんて暇だねぇ。」



 日曜昼、のろのろと起きて洗濯物を干して隣を見たらどうやら部屋にいるらしく、テレビの音が聞こえた。

 まぁ、例え好きな人になったとしても幼馴染であることには変わりない。そして、自分の干物力を改善するにしたってすぐには無理だ。何年かけて培ったものだと思っている。


 もちろん手ぶらで行くわけではない。

 ちょっとしたお土産を持って行くのは、暗黙のルールだ。

 今日は、たまたま買ってあったお菓子。

 お気に入りのトレーナーとハーフパンツでゲーム片手に突撃するといつものように、はいはいと入れてくれた。

 最近はモンスターを狩るゲームにハマっており、2人でやっている。私は近距離、晴は中・遠距離が得意。時々逆もやるけど、こっちの方がしっくりくる。

 ある程度狩って一区切りつくと何も言わずに晴はキッチンに立つ。


 大体ご飯を作るのは晴の役割。お皿を洗うのが私の役割。その間、晴のベッドでゴロゴロしながらその後ろ姿を見つめる。

 昔からママさんが仕事で、1人でいることが多かった晴は一通りの家事ができる。何か本当に弱点が少ないな、なんて思いながらその背を見つめていると、両手にオムライスを載せてテーブルにやってきた。


 そして冒頭の会話、というわけだ。


「はー、それにしても君はゴールデンウィークなのに何にも用事ないわけ? 枯れてるね。」

「む……、そっくりそのままお返しするよ。」

「オレは中日にバーベキュー行きました〜!」


 確かに大学の同じ研究室に所属していた友人とキャンプに行ったと言っていたか。

 彼は、女っ気はなく男友達でやるような高校生のようなノリを楽しむため、本当に楽しかったらしい。何をしてきたのか、子どものように肘に生傷をこさえてきたが。



「にしてもさぁ。美里ちゃんって無頓着だよねぇ。」

「唐突に何?」


 オムライスを豪快に口に入れ咀嚼を終えた彼は不意に口を開く。


「今着てる服ってオレが成長期迎えて着れなくなったやつでしょ? 物持ちいいのは感心するけど、それをオレの部屋にまで着てくるとか……。」


 モゴモゴとさせる彼はどこか恨めしそうで、何が言いたいのか。

 もし少しでも自分に気があるなら、女子がそういう服を着たり萌え袖にしたりっていうのが効果あると思ったんだけどな。

 でも、そんな風に動揺するほど女として見られていないらしい。

 私はため息混じりに尋ねた。


「ははん、よっぽどこの服気に入ってたんだ? 着れなくなったけど未練があるんだね?」

「ちげーよバカ。」

「んなっ、バカなんて!」


「バカだよバカ。少しくらいお洒落したらどうなのって話なの。」


 呆れたように言う晴の言葉に衝撃が走った。

 確かに干物はどうしようもないけど、身に纏うものならすぐに変えられる。こうやって萌え袖にきゅんと来てくれないということは、また別路線に変更した方がいいらしい。


「おーい、どうしたの美里ちゃん。」

「ふふ、覚悟してなよ、晴?」

「何言ってんの。」


 完全に置いてきぼりを食らっている彼の疑問を無視して、私はオムライスを口にする。多少冷えても絶品だから羨ましいものだ。






「で、どう思います?」

「「どう思うって……。」」


 私は職場の同僚とともにランチに来ていた。

 1人は経理部に所属する雑賀百合(さいがゆり)さん。クールで無表情だけど、根が優しい。

 もう1人はゲームシナリオ作成に携わる狛柴光莉(こましばひかり)さん。彼女は、私の周りでも数少ない既婚者で巨乳。お色気作戦も詳しそうと思って呼んでみた。


「色々と問題があると思うよ。」

「えっ、そんなに?」

「うん。まずは付き合ってない男女なら、そもそも洗濯物を見て突撃なんてしないし、いわゆる彼シャツでしょ?」

「で、でも向こうもしてくるし!」

「女性として意識されてないんじゃないの?」


 百合さんがスパンと言うと、疑いようのない事実な気がする。

 情けないうめき声しか口から出てこない。


「ゆ、百合ちゃん、言い過ぎだよ。」

「前々から思ってたけど、この2人は距離感がおかしすぎる特殊例なんだよ。はっきり言ってやらないと。」

「距離感に関してはそうだけど〜。」


 光莉さんは頭を抱えながら呟く。

 もしかしたら、私は女として致命的に終わっているのかもしれない。思わぬ事実に肩を落とすしかない。

 そんな私を見ていたらしい光莉さんは手を叩いた。


「とにかく、美里ちゃんの脱・干物を目指そう!」

「「脱・干物?」」

「そうだよ!」


 光莉さんはやや猪突猛進の気がある。その前向きさは大概人を救うものであるが、時々面倒ごとに向かってしまうこともあるのが玉に瑕だ。


「まず、美里ちゃんには幾つか頑張ってもらうことがあります。」

「何を頑張ればいいの?」

「服、料理、化粧、だよ!」

「……。」


 何て面倒なラインナップ。

 服なんて着れたらいいとしか思ってないからあまり頓着しないし、料理だって適当にやって晴に怒られるからあまりやらない。米とぎとか、麺を茹でるとか。それに化粧なんてあまり本格的にしない。マスクとかで誤魔化してしまう。

 だけど、確かにその3点しっかりしている光莉さんには彼氏を通り越して旦那がいる。

 納得といえば納得。


「その3つでどうにかなるわけ?」

「私の経験上はなる!」

「……なら、具体的に何をすれば?」


 珍しく私が興味を示したものだから、百合さんが少しだけ相貌を崩した。光莉さんは待ってましたと言わんばかりに体を前のめりにして笑う。


「私が、美里ちゃんを輝かせるコーディネートをしてあげる!」

「本当?!」

「任せて! 私がサイコーの女の子にしてあげる!」


 ちなみに鼻息を荒くする私たちの横で、百合さんがため息をついていたことなんて知らない。






 週末、いつものように日曜は家にいるらしい晴を訪ねる。チャイムを鳴らすと、暢気な返事とともに扉が開く。


「はーい、そろそろ来ると思……。」

「お、お邪魔します……。」


 晴の笑顔が急に抜け落ちて、明らかに視線が下に降りる。居心地の悪さに私は内腿を擦り寄せた。

 今日は先日、光莉さんと買いに出かけて買ったルームウェアを来ている。上はパーカー、下はシンプルであるが少し心許ないショーパンだ。

 やっぱり露出しすぎかな?

 恐る恐る上目遣いで様子を窺ってみると、いつのまにか笑顔になっていた。


「とにかく入りなよ。」

「う……うん?」


 予想外の反応だ。これは照れとか喜びではない。なぜか晴は怒っている。

 だけど、その怒っている原因が分からない。それに晴が原因について言及することもないから探る余地もない。

 いつものように互いのゲーム機に電源をつける。私はいつもの定位置(ベッド)に腰掛けてスタートだ。

 はじめてしまえば先程までの居心地の悪さなんてどこかに行ってしまう。2人で黙々とゲームを進めていた。


 昼食を食べて夕方。そろそろお暇する時間だ。

 私は本来の目的なんかすっかり忘れて、たくさんの素材が手に入ったことに満足していた。


「今日もありがとね、晴。いっぱい素材手に入ったよ〜。」

「うん、それはいいんだけどさ。」


 不意に同じベッドに乗って横に座ってきたものだから、私の心臓は暴れ出す。2人で壁に寄りかかって見つめ合っている状態だ。

 それよりも、まただ。晴が怒っている。


「晴、怒ってるよね?」

「原因、わかる?」

「……分かんない。」


 こう言う時は素直が1番だ。怒っている時の晴に余計なことをいうと火に油、その後の怒りがさらに激しくなる。


「べっつにさぁ、君の趣味趣向に口出しするつもりはないよ? でもね、この服で一瞬でも外に出るなんてありえないんだけど。」

「え、そんなこと?」


 良かった、似合わないわけじゃないんだ。

 でも、どうしてだろう。ますます晴は怒っている気がする。


「……体験しないと分からない、か。」

「え?」


 不意に、彼の顔が近づく。それこそ、あと一歩でキスできるくらい。

 そして、晴の手が私の太腿を撫でて少しずつ上に侵入してきた。



「……っ、ぁ、ひゃあ、」



 思わず口から漏れた色気のない情けない声。

 顔が熱くなるのを感じながら思わずぎゅっと瞑ってしまった目を恐る恐る開けると、悪戯っぽい笑みを浮かべる晴がいた。


「どうせオトモダチとお揃いなんてはしゃいで買ったんでしょ。でも、たとえ短い距離でもこうやって襲われちゃうかもしれないんだから外はダメだよ?」


 彼はそういうと、自分のハーフパンツを渡してきた。

 上から履くとダサい、けど履かないで帰ろうとするならば後が怖い。

 ここは素直に履くのが賢いだろう。


「う……うん。気をつける。」

「素直でよろしい。ま、君のお子ちゃま足でも触りたくなる人はいるんだから重々気をつけることだね。」


 呆れた声を背に晴の家から帰る。玄関に入るまでじっと見つめられていたが、照れと彼の怒りに対する恐怖と情けなさで何とも居た堪れない気持ちで帰ることになった。

次回の更新は5/25です!

よろしくお願いします!

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