28.何をくれるの?
はぁ〜、とため息が漏れる。
ついに晴が泊まりにくる日になってしまった。
一応準備はしてきた。料理もばっちり。プレゼントもあんなことは言ってたけど、この前スニーカーに穴空いたってぼやいてたの覚えてるからね! かなりできる彼女では?!
でも、残念だけど体型はそんなすぐに変わらない。
みんなどうやったらあんな理想的な身体になるの。
「今日は忙しそうだね。」
「狛さんには分からない悩みですよ……。」
「そう……?」
だって狛さんイケメンだし、長身で細身だし。
ため息しか出ない。
「私も狛さんみたいな長身で細身だったら……。」
「それ、八草くんが泣くからやめた方がいいよ。」
私が何を考えているか察したらしい狛さんは呆れたように言った。
まぁ、考えても仕方ないか。
鞄を片付けた私たちは帰るべく同時に席を立った。
ロビーに行くと、思わぬ人物がいた。
百合さんがいるなぁ、なんて思ってたらその話し相手は晴だった。なぜか賑やかしそうな光莉さんは少し離れて作り笑いしてるだけ。
そのためか光莉さんが私たち2人に気づいた。
「美里ちゃーん、誠一くーん!」
「どうしたの、1人離れて。」
「聞いてよ、そこの2人が肉体派なの!」
「アウトドア派って言ってくれる?」
狛さんに泣きつく光莉さんを見ながら百合さんが呆れたように言う。
「何で晴いるの?」
「会いたくて来ちゃった。」
「1時間もすれば会えるのに?」
「つめてー。」
「それより何の話?」
大して感情のこもっていない感想を聞き流す。
大概光莉さんが離れてこの2人がタッグ組むってことは。
「そろそろ紅葉の時期だからまた行かない? って話。」
「だよねー。」
というか、2人で行けば良いじゃん。仲良くなって来たんだし。
「オレもそう思ったんだよ? でもね。」
読心術を使ってくるのはもうつっこむまい。
私の隣で呆れたように晴は言う。
「雑賀さんが、2人で出かけるのは恥ずかしい、無理って。」
「余程引越しの荷物片付けの方が恥ずかしいこと起きそうだけど。」
「オレも同感。」
よく分かんないなぁ、百合さんの感覚が。
そして何で若干晴が乗り気になっている理由もいまいち分からない。
「で、何で晴はついて行こうとしてるの?」
「あれ? 分かる?」
「付き合う以前に幼馴染として感じ取れます。」
「すげー。ちなみにオレは紅葉見たいだけかな。2人の恋模様に首突っ込むなんて御免だよ!」
その理由なら納得。
これこれ、と晴がネットの写真を見せてくれる。確かにこれは生で見たら綺麗だろう。狛さんも私たちの上から覗き込む。
「へぇ、きれいだね。」
「なら、狛柴さん達も行こうよ。」
「オレも行きたいんだけど、美里ちゃんも行かない?」
「光莉、行っても良いんじゃないかな。」
行きたい気持ちはある。
でも、前回その気持ちで行って足が爆散したのだ。
光莉さんは凄い勢いで首を横に振っている。
私も今回は断ろうかと思うと、晴が顔を覗き込んできた。
「ね、オレが一緒に靴とか選んであげるし、荷物も少し持つからさ。行こうよ。美里ちゃんと一緒に紅葉見たいな。」
「う……。」
この男、私がこの顔に弱いことを理解している。ずるい。卑怯者め!
「……いく。」
「やーり!」
指を鳴らした後、一瞬で悪い顔になった。たぶん、百合さんに借りを返すのと涼を揶揄いたいのも目的のうちなんだろうな。
まぁ、2人のことに関しては私も同意だし諦めるか。
狛さんは説得を諦めたらしく、しょんぼりと肩を落としている。光莉さんはうんうんと今度は首を縦に振っている。
百合さんは安堵したように胸を撫で下ろしていた。
その場は解散となった。
私はうーん、と唸りながら電車に揺られている。
「何、ダブルデートに不満?」
「不満、というか疑問? 何であの2人は、2人きりで行かないんだろうって。」
「君にとってのゲームと同じ部分があるんじゃない?」
つまりは妥協したくない部分がありつつも楽しさを共有したい、ということか。
「それに雑賀さんはたぶん今まで全部男の人からアプローチ受けてたから自分から、っていうのが苦手なんでしょ。涼はこの前のストーカー事件もあって、攻めあぐねてたらどんどん2人きりが気まずくなってきたんだよ。」
「とても納得。変なとこ真面目だもんね。」
「そーそー。」
お、最寄だ、と晴が立ち上がる。
それから1回家に帰り、荷物をまとめて晴の家に向かう。あとは下準備した材料も運んでしまう。
「あ、そうだ。シャンプーとかリンスある? オレの家あるけどメンズだよ?」
「へ? お風呂はうちで入るよ?」
「それじゃ泊まるって言わないじゃーん。」
思わぬ言葉に化粧品やらも持ち込むことになる。
シャンプー達をボトルごと持って行ったら笑われたけど。絶対次は旅行用を買っとく。
というか、晴が私と同じのにすれば良いじゃん。
ご飯を作りながら手伝ってくれる晴に提案してみると、あー、となんとも言えない顔をしていた。
「別に良いけどコスパ悪そう。」
「女の子はお金かけてるんだよ?」
「なぁに、オレのために?」
「そ……違う!」
流れで肯定しそうになったけど断じて違う。確かに晴のこと好きになってからシャンプーとかは変えたけど!
ああ、横から居心地の悪い視線が送られてくる。
「でも、感慨深いよオレ。」
「何が?」
「お洒落もそうだけど、料理とかさ。オレのためにしてくれてたら良いなぁって思ってたら本当にそうなんでしょ? 雑賀さんから聞いちゃった。」
「んな……!」
怒ろうと思った。でも、本当に嬉しそうな顔をしていたから、それ以上言えなかった。
「……本当に私のこと大好きだね。」
「そっくりそのままお返しするよ!」
絶対今度の紅葉で仕返ししてやる。くっつけてやる。
私は内心で誓った。
ご飯は晴の好物を振る舞った。いつも私が作ったのは美味しいって食べてくれるけど、今日はずっとにこにこしていた。
それに誕生日プレゼントはサプライズだったんだけど、幸いまだ買ってなかったらしくて凄く喜ばれた。
あれ、今日の私完璧じゃない?
片付けはやる、と言うためそれはお願いした。
なら、あとは気合を入れてお風呂に入るだけ。完璧だね。うんうん。
自分は烏の行水のくせにわざわざお湯を張ってくれたらしい。ならせっかくだし甘えて入ろう。
だが、物事はうまくいかない。私完璧、とかいった数十分前の自分を殴りたい。
ゆっくり入ったあと上がってから気づいたのだけど、パジャマの下を忘れた。どうしよう、着てきた服を着てまで取りに行くの面倒だし……。
仕方ない。ジャージ貸してもらおう。
「はーるー?」
「何?」
足音がしたと思うと、晴は普通に開けてきた。
ぱちぱちと瞬かせると、凄い速さで閉めた。
「……なんで下履いてないの。」
「忘れちゃったからジャージ借りようと思ったんだけど。ノックしなよ?」
「ごめんなさいね!」
逆ギレ気味の晴はすぐにハーフパンツを持って来てくれた。紐で結んでも緩い。まぁいっか。
「上がったよ?」
「……はい。」
なんでか落ち着かない様子の晴は浴室にさっさと行ってしまった。
私がのんびりとテレビを見ているとすぐに晴は上がって来た。15分くらい?
「まだ髪乾かしてないの?」
「うん。」
「乾かさせて!」
晴は櫛とドライヤーを持ってきて私の後ろに座った。
なんかこうやって乾かしてもらうの、いつぶりだろう。小学生ぶりかな?
「いつぶりだろうね、こうやって乾かすの。」
「同じこと思ってた。小学生じゃない?」
「そんな前だっけ。」
人に乾かしてもらうのはやっぱり気持ちいい。
それにいつもより丁寧にやるからふんわりした気がする。
「ねぇ、私もやってあげる!」
「いいけどもう乾いてると思うよ?」
「いいの!」
思ったよりふわふわの髪におお、と声を漏らしてしまう。当の本人は気持ちよさそうに目を細めるだけだ。
ものの数分で乾いた猫っ毛を梳かしてやると、くぁ、と欠伸をした。本当に猫みたいだなぁ。
「寝る?」
「ん。寝ようかな。」
「じゃあ布団出し「布団で寝かせるわけないでしょ。」
がっしりと抱えられるとベッドにぽい、と放られた。
え、ちょ、嘘。
「……心の準備、デキテナイヨ。」
「なんでカタコト。」
ぶは、と晴は笑う。
「今日のところは手を出さないよ。次回以降。」
「次回以降……、」
何か変に気合を入れてしまった自分が恥ずかしい。
晴に背を向けてうう、と布団に潜り込む。次はパジャマと下着だな。
いやいや何考えてるの!
私が足をバタバタしていると背後から完全にホールドされた。
「埃たつからやめて。」
「あっ、はい。」
妙に現実的な指摘を受け、私は大人しくする。
晴は一度ベッドから降りると電気を消した。背後に晴の気配がすると急に眠気がどこかに行ってしまう。
中学生くらいまでは昼寝だって同じベッドでできたのに!
「何、眠れないの? ウケる。」
「ウケないよ!」
何でこんなに余裕なの、晴ばっかり!
私は寝返りをして晴の方を見た。すると、身体はこっちを向いていたけど、何故か私から視線を逸らすように上を向いて顔を覆っていた。
おや? 私は無防備な晴の胸に耳を当てた。
「……心臓バクバクだね。」
「ほっといて。」
心音までは誤魔化せないってことか。
ふぅん、私は得意げに晴にくっついた。一瞬、ビクッと体を揺らしたけどすぐに固まった。
「手、出さないんだよね?」
「サイッテー。オレの純情弄んでる。」
指の隙間からじろり、と大きめの瞳がこちらを向いた。三日天下、私の優勢は終わった。
ぐっと顔を上に向けられると、キスをされる。
経験したことのない長めのキスについ、口を少しだけ開けてしまう。
それが間違いだった。
逃がさないと言わんばかりに後頭部を抑えられ、舌が侵入してくる。
「ん、」
自分のものと思えない声が漏れる。
縋るように晴の服を握るとやっと解放してくれた。
キッと睨みつけると、勝ち誇ったような顔をしていた。
「手……出さないって言ったのに。」
「抱きついてきた君が悪い。」
晴はため息をつきながら私の頭を優しく撫でた。
くぅ、こんなことでもきゅんきゅんする!
私が悶えていると、優しく抜け出せる程度の力加減で抱えられた。一度私の頭に頬ずりすると気の抜けた声でつぶやいた。
「……寝よ。」
「……うん、おやすみ。」
「おやすみ。」
ゆっくりと進む関係への安堵とちょっぴり残念と思った気持ちを抱えつつも、晴の温もりに身を委ねるとすぐに瞼は落ちていった。




