27.何が欲しい?
くっつきましたがもう少し続きます!
「お゛め゛でどう゛〜! よがっだぁねぇ!」
「アンタ、まだ昼休みなんだけど。」
「わだしは……グズっ、うれじぐで……!」
「そ、そんなに泣かなくても。でも、ありがとう。」
昼休み、いつもの休憩用のスペースに行くとそわそわした光莉さんが座っていた。
1番遠い部署なのに、何でもういるの? 早く抜けたな?
でも、百合さんも珍しく先にいたから2人とも私のことを心配してくれていたんだなぁってほっこりした。
2人を避けていたことを改めて謝り、週末のデートのことを報告した。その結果、光莉さんが号泣した。
はじめは百合さんも少しだけ、ほんの少しだけ泣きそうになってたけど、その泣きっぷりのあまり涙が引っ込んだらしくドン引きしていた。
「でも、2人の両片想い見ててもう何回背中を押そうかと思ったくらいだったからよかったよ〜。」
「鼻かみな。」
「ありがと〜。」
子どものように光莉さんはちーん、と鼻をかんでいた。
「でも、アンタも八草も良かったよ。落ち着くところに落ち着いて。私も余計なことさせたかなって心配だったから。」
「アレも私が早とちりしちゃっただけだし。……2人とも、ありがとう。」
「うん。」
ちなみに狛さんにも朝一で報告した。
彼も父親よろしくおめでとう、と優しく祝ってくれた。ちなみに透子にも言ったらおめでとうございます! って私には言ってくれたけど、その数分後晴の方に襲撃予告が送られてきたらしい。
朝比奈も電話口で号泣していたと、今朝晴は笑っていた。
昼休み前にたまたま坂之上くんにすれ違ったんだけど、私の表情を見て察したらしい。おめでとうございます、と言われた。そのことを言ったら、晴はなんとも言えない顔をしそうだけど、彼にも良い人が見つかってくれるといいなと思う。
「そういえばさ!」
いつのまにか涙をどこかにやってしまった光莉さんが詰め寄ってくる。
百合さんは我関せずでご飯を食べているけど。
「何か相談ある? どこまで進んでるの?!」
「ちょっと光莉……まだ昼だしここ職場なんだけど。」
「じゃあ週末にウチはどう?!」
ぐいぐいくるなぁ。
でも、私としてもあることを相談したかったし、晴も藤島さんに奢るよう言われているからと言ってたしちょうどいいかな?
私が快諾すると、百合さんも了承してくれて、急遽週末に狛柴家に行くことになった。
狛柴宅を訪れると完全に片付けが終わったらしく、インテリアも一通り揃っていた。シックなデザインは光莉さんのセンスだろう、素直に褒めると破顔していた。
狛さんの料理は格別で舌鼓を打つ。
そのこともあり、光莉さんはどんどん気も大きくなっていた。お酒飲んでないよね? 狛さんは私たちに気を遣って片付けがある程度済んだら自室の方に行ってしまったから、彼女を止める人が減ってしまった。
「ねぇ〜、この前の話だけどさ! 2人は付き合ってからどう?」
「どうって言うと?」
「何か変わった? ってこと、ふりの時は何も変わらなかったんでしょ?」
付き合って1週間、私は生活を思い返す。
「手の繋ぎ方が少し変わったとか?」
「キスは?!」
「えと……その……。」
「わー、したんだ! 可愛い〜!」
「ちょっと、程々にしときなよ?」
百合さんが呆れたように呟く。ただ、私も少しだけ引っかかっていることがあった。
「でも、あんまり変わらないかな。」
「変わらないの?」
「だって、手を繋ぐのとか、ハグは今までもしてたし……。2人で出かけるとか、ご飯食べるとかもしてたし。それ以上何をするかって。」
光莉さんが目をパチパチとさせた。
「ハグも色々あるんだよ、後ろから抱かれるとドキドキするし。あとキスだってね。それに一緒にお風呂入るとか、その先もね! あ、お風呂最近まで一緒に入ってたとかオチはないよね?」
「さすがにない!」
私は必死に首を横に振る。たぶん最後に入ったのは幼稚園に入るか入らないかで両親もそこは男の子と女の子として扱っていてくれた、気がする。
もしかして両親はこの未来を予見していたのだろうか。ちょっとゾッとした。
暴走する光莉さんを抑えながら百合さんは呟いた。
「……まぁ、何か特別なことをしたいって気持ちは分かるけど、2人の時間を大切にしてあげたら? 幼馴染だから当たり前って部分もあるんだろうけど、ちゃんと特別だよ大切だよって示してあげるだけでも八草は喜びそうだけど。」
「……そうかな?」
「うん。ただ。」
ただ? 私が首を傾げると百合さんが言いにくそうに呟く。
「朝比奈が、アイツはムッツリなとこあると思うからって。」
「じゃあさ、クリスマスはサンタコス待ったなしだよ! 誠一くんは喜んでくれたよ!」
「やめて!」
さっきまで部屋にいた狛さんが飛び出してきた。
そうだろう、さすがに職場の後輩に自分の性癖をバラされたらたまったもんじゃない。
でも、それはたぶん光莉さんが色々とおっきいからだろうしなぁ。百合さんもスレンダーなのに出るとこ出てるしなぁ。
暴走する夫婦を無視して、自分の控えめな部分を見下ろしていると百合さんが気にしなくて良いんじゃない、って言ってくれた。
ちょっとだけ悲しくなった。
そして夫婦をじっと見つめながら私が考え込んでいると百合さんが不思議そうに顔を覗き込んできた。
「そんなに気にしてるの?」
「いやそうじゃなくてね、色々あって忘れてたけど来週誕生日なんだよね、晴。」
「一大イベントじゃない。」
そうだ。のんびりしている場合じゃなかった。
今まではお互いに欲しいものを聞いて買って渡すって感じだった。
でもいいのか、そのままで。
「ならさ、私がプレゼント作戦で行こうよ!」
「ちょっと、光莉! そろそろ自重して!」
私がプレゼント……? 晴に、忘れてたんでしょふざけてんのって言われる未来が見える。
でも、せっかくだから何か特別なことはしてあげたい。
「そろそろ時間遅いし帰ろっか。光莉も暴れてるし。」
「そうだね。」
申し訳ないが、あとは狛さんに任せよう。
私たちはそっと部屋を出て帰路についた。
「おっ、最近気が合うね。」
「同じ電車だったんだ。」
最寄駅から出ると晴と出会した。頬が腫れているあたり、また透子あたりに襲撃されて殴られたのかな。本当にまずいって思ったら避けるなり止めるなりするだろうし余計なことは言うまい。
にしてもお酒は飲んでないのかな、私の考えがわかったのか晴は苦笑いしていた。
「さすがにこの前アレだけ飲んだから肝臓が心配で……。」
「そんな歳じゃないでしょ。」
「でも、オレの腹出てんの嫌じゃない?」
今まで上裸の晴を見たことがあるけど、腹が出ている彼を想像できない。
「確かに晴は永遠の細マッチョって感じ……。」
「期待に応えないとなぁ。」
晴はへらりと笑った。
ちなみにこの場に、裸を見ていること自体をつっこむ人はいない。仮にいたとしても、言及しないだろうが。
「あ、そうだ。晴、来週誕生日じゃない? 何が欲しい?」
「ああ、忘れてた。」
本人が忘れてるなら想定していたお叱りは無さそうじゃないか。
晴はたぶん、無意識だろう。呟くようにこぼした。
「オレからすれば、永年の片想いが叶っただけで十分だしなぁ……。」
「えっ。」
「あっ。」
夜だけど、通路の電気でも分かるくらい晴は顔を真っ赤にした。こっちも顔が熱くなる。
晴は無言でいたが、急に開き直ったように笑顔を浮かべてこちらをぐりん、と見た。
「よし決めた。美里ちゃん。」
「おっ、何々?」
「泊まりに来てよ。」
え?
晴は上機嫌におやすみー、というとそのまま部屋に帰っていった。
これは本当に私がプレゼントのパターンでは……?
ロクに働かない思考のまま私は家の中に入るしかなかった。




