22.作戦?:2人の距離と気持ち
ブクマありがとうございます!
いよいよ2人の関係が動き出します。
「おっはよー。」
「おはよ……。」
「元気ないね?」
「元気元気。」
晴がわざとらしく聞いてくる。
誰のせいだと思ってるんだ誰の、と責任転嫁をしてみるが、決して晴のせいではない。
ふーん、なんて興味なさそうに呟いていた晴は急に手を叩いて満面の笑みで提案してきた。
「元気でも元気でなくてもいいんだけどさ。食欲あるなら今週末は外食にしない?」
「外食?」
「そ、行きたい店あるんだよね。もしだめだったら別の日でもいいからさ。」
基本的に晴は少しいいものを食べたい時には私を誘う。量を食べたい時には男の人と行く。
だからまた今回も1人で食べるのが味気ないんだろう。
というか、好きな人いるならその人誘えばいいじゃん。
元気づけたい、だけなら断ってもいいかな。何か好きなのに一緒にいるとしんどいかも。
「うん……考えとく。」
「頼むよ〜。あ、そういえばさ、週末涼がーー。」
たぶん、晴は私の違和感に気づいていると思う。
あえて言及していないだけ、結局甘えちゃうんだなぁ、なんてちょっとだけ情けなく思いながら、胸の中のモヤモヤを隠し続けた。
晴はそのまま何かを話していたけど私の耳には入っていなかった。
「えっえっえっ、引っ越しの準備は朝比奈くん呼んだの?」
「……ちょっと、騒ぎすぎ。」
お昼休み、ひゃ〜と光莉さんは顔を赤らめながら揺れていた。
最近百合さんは引っ越しをした。その時に荷物を出すのを手伝うかと聞いたが人手があると断られた。
その人手がまさかの朝比奈だった。
「というか、美里は知ってるのかと思ってた。途中、朝比奈が八草に電話してたから。」
「えっ、そうなの?」
「……てっきり聞いてるのかと。」
そういえば朝言ってた気がする。
涼がなんとか、って。その時か。
目の前の百合さんと光莉さんは顔を見合わせると心配そうな顔をした。口火を切ったのは光莉さんだ。
「あのさ、八草くんと喧嘩した?」
「してないよ?」
少しだけ心がざわりとする。
喧嘩じゃないから困ってる。前までだったらこんなことを考えることはなかったのに。
「……あのさ、美里。実はーー。」
百合さんの言葉に嫌な予感がする。
「そういえば私、仕事あったんだった! ごめん、行くね!」
「あっ、ちょっと!」
光莉さんの静止を無視して私はお弁当箱を慌てて片付けて席を立つ。
何でこんなに厄介な感情になってしまったんだろう。
この時だけは少しだけ晴を好きになったことを後悔していた。
「わぷ!」
「おっと、」
慌てて廊下を走っていると人影にぶつかった。
よろめいたが、影の主がとっさに私の腕を掴んでくれたおかげで転ばずに済んだ。
「すみません!」
「こちらこそ……って九重さん?」
「えっと……、見たことある……。」
「営業の坂之上です! 飲み会以来っすね!」
「あぁ……。」
あの合コンの時の帰らせてくれなかった人か。
普通にこういう場で話せばそんな嫌な印象なかったろうにな。
「良ければこの前の迷惑料として飲み物とか奢らせてもらえません? まだ昼休みはあるわけですし。」
「……。」
1人でいても晴のことを考えてしまう。
なら、あの時ゲーム好きとか言ってたし、少し話してみてもいいか。
私が素直に頷くと、坂之上さんは目を輝かせて自販機行きましょう、とへらりと笑った。
私たちは屋上庭園のベンチでスマホを取り出した。
「だー、マジで強いっすね!」
「君が弱いんだよ。」
「手厳しい……。」
まぁ、下手ってわけではないけど。
やっぱりゲームっていいな。頭を空っぽにできる。
どこか物足りない、なんて気持ちは知らないふりをして。
「いやぁ、あんなくだらない手使わないで普通にゲームしようって誘った方が良かったっすね。」
「本当だよ。」
「ったく……それに彼氏さんいるなら、オレとんだおじゃま虫だったんすね。」
「……彼氏?」
「え、最近ロビーにも来てたじゃないっすか。あの茶髪のおにーさん。」
晴のことか。
まさか坂之上くんから晴の話題が出るとは思わなかった。私の表情を見て首をかしげた。
「……もしかして喧嘩中?」
「そもそも、付き合ってないんだよね。」
「えっ、あんな感じなのに?!」
「ただの幼馴染だもん。」
坂之上くんは目を丸くした。
「……完全に私の片想い、なんだよね。」
いざ言葉にしてみると情けない。思わず震えてしまう。
坂之上くんはじっと見つめると、ゲームをしていた画面を閉じてスマホを私に向けた。
「なら、オレにもチャンスがあるってことっすよね?」
「え?」
想像していなかった言葉に私は固まった。
目の前の坂之上くんは照れ臭そうに笑った。
「初めは合コンっつー強引な手になっちゃいましたけど、九重さんに一目惚れしたのは本当ですし。良かったらご飯でも行きませんか、週末にでも。」
「でも、週末は……。」
「もしかして幼馴染さん?」
明らかに図星だったせいか、何も返せなかった。
「別に付き合ってるわけじゃないし、浮気にはならないっすよ? それに気まずいなら少し離れたり気分転換したりするのはありっすけどね。とりあえず連絡先交換しません?」
「……うん。」
私はつい頷いてしまった。いつの間にか行くことになってしまったみたいだけど、いいのかな。
少し、距離を置けば冷静になれるだろう。
ああ、まただ。ズキズキする気持ちに知らないふりをした。
「あれ、珍しいね。一緒の電車。」
私が電車に乗ると、珍しく晴と出会した。
ちなみに私は今日仕事が手付かずで、残業をしてしまった。晴は百合さんの事件の皺寄せが来ているらしく遅めになっているみたい。
何でこんな時に会っちゃうんだろう。
晴はいつもと変わらずにこにこしながら席を譲ってくれる。
「……譲らなくていいよ?」
「いいのいいの。座って。」
力づくで座らされた。
自分も疲れてるだろうに。そんなちょっとした気遣いで心臓が跳ねるから本当に単純。
スマホを見るふりして、同じくスマホを見る晴を盗み見る。
昔はそんなこと思わなかったのになぁ。今や見てるだけで気持ちがふわふわするんだもん。本当狡いよ。
電車から降りていつもの道、いつもの距離感。
晴が誰かと付き合ってしまえばこんな距離感も変わってしまうのか。……やだな。
「そういえばさ、美里ちゃん。」
「ん?」
「電車でオレのこと見つめすぎじゃない?」
「気づいてたの?!」
「そりゃねー。」
バレてた! ただの恥ずかしい奴じゃん!
私が顔を覆うと、晴はけらけら笑う。
「何、オレが気づいてんの気づかなかった?」
「気づくわけないじゃん! というか、私のこと見て内心で笑ってたわけ?!」
「うん。」
「ムカつく!」
晴は私を見て腹を抱えて笑っていると思えば、急に優しい笑顔に変わる。
「良かった。いつもの美里ちゃんだ。」
安堵したような、いつもの着飾らない笑顔。
やっぱり気づいてたんだ。
「……何があったか、聞いていい? 気に障ることしてたかなって思ったんだけど、もしかして恋人の振りが嫌だったかな。」
「そ……。」
否定の言葉が出てこない。何で、何で、言葉が出てこないの。
晴は目を見開くと表情が抜け落ちた。
「そっか、嫌だったんだ。悪かったね、妙なこと巻き込んで。」
「そんな、じゃな、」
上手く纏まらない。言葉が出ない。
その瞬間、私のスマホが着信を知らせる音を立てた。チラリと見ると坂之上くんからだった。
「出たら?」
「うん……。」
不機嫌そうに言う晴の言葉通りに、スマホをタップした。
「もしもし?」
『もしもし、九重さん? 今いいっすか? 今度の金曜日のことなんですけど、店の候補いくつか送るんで明日教えてくださいね!』
「メッセージでいいんじゃ……。」
『だって、九重さんの声聞きたいんですもん。いいっすよね?』
恐る恐る出たけど、いつもの平坦な声と変わらないように聞こえたみたいで坂之上くんはマイペースに話す。
きっと普通の女の子ならドキドキするシチュエーションなんだろうな、ってつい我慢できず苦笑してしまう。
「はいはい、見とくから。切るよ。」
『お願いしまーす。』
賑やかな後輩だ。
やれやれと思いながら電話を切った。
「ねぇ、今の声ってこの前の合コンの奴?」
ふと、晴の声が私に降り注ぐ。
静かに、怒っている声だ。
さっきとは別の意味で喉が締まる感覚。言葉が出なくなってしまう。
「合コ……というか、職場の後輩だよ。」
「飲みに行くんだ? 2人で、金曜日に?」
「ご飯行くだけだよ。べ、別に約束決定してたわけじゃないし、いいでしょ?」
「あんな無茶苦茶な合コン組んだやつと2人でご飯? 下心ありありじゃん。」
「話したら案外普通の人だったし……、それに候補だってちゃんとした店だよほら!」
「ほら、じゃなくてさぁ。」
珍しく露骨に苛立った顔を見せた。
「つーか、そんな男の約束優先するのが気に食わないの!」
「晴、用事あったら別日でいいって言ったじゃん!」
「それでも嫌なんだよ! 合コンの時言ったろ、妬いたって!」
「でも、晴は好きな人いるんでしょ!」
勢いに任せて言うと、晴は図星だったらしく、驚いた顔で固まった。
こうなったら言ってしまおう。私は晴を睨みつけて続けた。
「百合さんと話してたじゃん、あくまでも恋人はふりで好きな人とちゃんと恋人になりたいって! 私に対する嫉妬は似たような境遇の幼馴染を取られたくないっていう勘違いだよ!」
「なっ、聞いて……! いや、それ聞いて何で……、ああ、もう!」
晴も感情的になっているみたいで乱雑に頭を掻きむしる。もう私も止まらなくて。
「私だって分かんないんだよ、晴が好きで! どうすれば晴の隣を空けてあげられるのか!」
それだけを叫ぶと勢いに任せて走ってしまう。
自分はこんなに速く走れることを初めて知った。
言ってしまった。言ってしまった。
もうどうすればいいか分からないまま私は晴の隣の家に帰るしかなかった。




