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幼馴染の攻略がこんなに難しいなんて聞いてない!  作者: ぼんばん


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21/39

21.作戦ではないけど百合視点

ブクマ&評価ありがとうございます!

 その、はじめまして、でいいのかな。

 私は雑賀百合。美里と同じ会社で働いている同僚です。


 私たちの出会いは大学時代のバイトで、八草に初めて会ったのもバイト先に迎えに、いや冷やかしに来たところを出会したのがきっかけだった。

 美里はバイト先でも、モテてたけど八草があまりにも彼氏臭を携えて来るものだからみんな諦めていた。でも、私は付き合ってないのはすぐにわかった。八草は上手く装うのが得意だって、私と似た性質だったから。


 親にもよく言われた。あまり1人で溜め込むんじゃないって。

 自分でそんなに無理しているつもりもなかったし、溜め込んでいないとも思っていた。でも、今回のストーカー事件を経て猛省した。

 もっと早くから人を頼っていれば、こんなに多くの人を巻き込まずに済んだんじゃないかって。


 今回の始まりは、6月中頃だったと思う。

 犯人が言っていた研修が6月に入ってから2週間、それが終わったあたりから社用のスマホに非通知で連絡が来るようになった。

 その頻度があまりにもしつこいから、私は上司に相談してスマホの電話番号を変更した。たぶん、どこかの取引先に渡した名刺からだろう、そんな話をしていた。

 私はあまり外に出ないからせいぜい研修くらい、と思ってたけどまさにその研修が原因だったんだよね。

 しかも、今度は私用のスマホにも非通知がかかってく

るようになった。これは研修の時の参加者名簿見て、犯人が取り寄せたらしい。教えた社員には厳重注意が飛んだけど、果たしてそれで済ませていいのか。


 それが続くと、さすがに私も疲れてきた。

 そんな最中、噂の宇宙人連行事件が発生して、思い切り笑わせてもらったけど。

 経緯を聞いてみると、どうやら美里は騙されて合コンに連れて行かれたらしく、それを少女漫画よろしく八草が連れ出したそうだ。

 本当、あの2人はお互いを好き合っていて羨ましい。


 ただ、私の心情なんか無視してストーカーの方はエスカレートしてきた。


 どこからか撮られた隠し撮り写真、手紙、それが職場のデスクやポストに入っていた。男は私の住むマンションの近くに部屋を借りていたらしく支社の応援ってだけじゃ飽き足らなかったみたい。

 どんどん、気持ちが疲弊していた。

 途中、誰かに相談しようとも思った。女子は巻き込むと危ないし無し。男性は……下手に頼み事すると見返りとして付き合ってほしいなどと言われる。大学の時実際に経験したけどそれは面倒。

 そんなことを考えていると、ふと朝比奈の顔が浮かぶ。


 いや、男子でも巻き込んではいけない。

 私は首を横に振ると、警察署に向かうことにした。

 1人でも戦えるのだと確信して。


 女性の警察官さんは親身になって相談を聞いてくれた。どんな証拠があればいいか、犯人に心当たりはないか。

 ただ、この時点では私も犯人を知らなかったから、パトロールを増やすしか出来なかった。研修や名刺を渡した先、はたまた会社の人なども怪しいって話にはなったけど。

 でも、両親に相談したほうがいいって言われたことだけは首を縦に振れなかった。それに、身の回りの信頼のできる人に相談したほうがいいってことも。

 私としては信頼している人こそ、巻き込みたくない。だから、完全にその辺は動けずじまいだった。


 そんな矢先、兄さんが仕事の関係で東京に来ることになっていた。

 兄さんなら腕っぷしも強いし、安心。

 と思いきや、ご飯の後空港に直行だった。期待しすぎるのもどうかって話だね。


 私は酔い冷めぬ中で歩いて帰っていた。

 今思えば油断しすぎって話だよね。



 だって背後の人影に全く気づけなかったんだから。


「ねぇ、百合ちゃん、何で他の男と歩いてるの?」

「は?!」


 ねっとりとした声が気持ち悪かった。



 胸元に手をかけられた時点から、私はもう何も覚えてなかった。かろうじて荷物は持ってたけど、気づいたら怪我をして、化粧がぐちゃぐちゃになるまで泣いて、警察署の椅子に座っていた。


「ねぇ、雑賀さん。誰か信頼できる人、両親や兄弟が難しければ友達でも大丈夫です。誰か連絡できますか?」

「誰か……。」


 両親や兄は遠すぎる。それに、友人といっても女性ばかり、逆に危険に晒してしまうかもしれない。

 男性の友人、も後々の見返りのことを考えると面倒だ。その経験のせいで男性の友人はほとんどいない。


「交際している方は……?」

「いま、」


 ふと、朝比奈の笑顔が浮かぶ。

 アイツは違う、私は首を横に振った。


「なら、信頼できる男女お2人、とか?」

「あ……。」


 そこで私の中に浮かんだのは美里と光莉。

 どうしよう、冷静に対応してくれそうなのは美里だけど。


「……かけてみます。」

「そうしてみましょう?」


 言われるがまま、大人しく電話をかけた。

 もし今、美里が1人だったら何て言い訳しよう。

 そもそも、2人だったとしても八草は信頼できる? あれ、待って、もし美里が1人だったら八草も怪しい?


 ぐるぐると回る思考のまま数コール鳴ると、小さく声が聞こえた。

 その声に私は息を飲んだ。


 たぶん今の小さな低い声は八草だ。


 私は何を馬鹿なことを考えていたのだろう。信頼のできる相手の大切な幼馴染さえも疑ってしまうなんて。そこまで思考ができなくなっていたなんて。

 美里の電話が通じた安堵と八草を疑ってしまった自分の情けなさで嗚咽が止まらなくなった。


『もしもし……?』

「美里……ッ。」


 電話の向こう側の美里が固まった気がした。


『どうしたの?!』

「美里……助けて……。」

『助けてって?!』


 言葉にならない声しか漏れない私を見かねて警察官が替わってくれた。

 そのあと急いで服まで持ってきてくれた美里や、化粧落としにマスク、加えて車の準備までしてくれた八草にまた涙が止まらなくなったけど。





 色々あって、私は狛柴夫妻のお世話になることになった。

 正直、2人との生活は楽しかった。

 非通知がくるスマホも家にいる間は狛柴さんが預かってくれたから安心できた。


「あ、そう言えばね、百合ちゃん。さっき警察署の方から電話があったんだけど、たぶん犯人ぽい人が見つかったから数日の間に捕まりそうって!」

「そうなんだ?」

「うん! この生活が終わりになるのは寂しいけど良かったね!」

「うん。」


 光莉がお皿洗おーっと、と伸びをしていると、狛柴さんがそわそわとしながら近づいてきた。


「またいつ泊まりにきてもいいからね。」

「……狛柴さんは私にひっついてキッチンに立つ光莉が見たいだけでしょ。」

「うっ、」


 図星か。この夫婦も大概だなと私は笑ってしまった。



 その翌日は、久しぶりにみんなで外食するかってことになった。

 狛柴さん達にはもちろん、美里や八草、それに実は警察官だった朝比奈には本当に助けられた。職場も決して近くない2人はこっちまで来てくれてたわけだし。

 ロビーに行くとすでに八草が来ていて、のんびりとスマホを弄っていた。


「おっ、雑賀さん1番?」

「早いね。」

「まぁ、早く来いって言われたら行きますよ〜。それに涼もうるさいですし。」

「朝比奈が?」

「2人仲良しじゃないですか。」


 ちゃんと声を潜めるあたり、頭の回転が速いというか。

 ただこの男、それだけならいいんだけど美里を除いた相手の機微には鋭いもんだから厄介。あの時は朝比奈のことを馬鹿にされたって勘違いしていたみたいだから遅れたんだろうけど。

 私たちは互いに気がそぞろなまま、適当に会話をしていた。だけど、ふと私はあることが気になってしまった。


「そういえば、どう? 美里との恋人。」

「えー、それ聞く? 正直普段とそんなに変わらないですよ?」

「まぁ、アンタら普段から距離感おかしいからね。」

「そう?」


 きっとこの場に美里もいれば同じように首を捻っていただろうに。

 でも、この男から意外な言葉が出る。


「でも、今回ので改めて思いました。やっぱりあくまでもふりはふり。……やっぱり好きな人とはちゃんと恋人にならなきゃなって。」


 私はつい目を丸くして固まってしまった。

 それに気づいた八草は気まずそうに頭を掻いていた。


「じゃあ告白するってこと?」

「……そうですね。というか、この前、まさにぺろっと言っちゃいそうになってたんですけどね?」

「う……ごめん。」

「いいですって〜。」


 私が謝ると、八草は手を振りながら笑っていた。

 たぶんあまりにも不憫なことが多かったせいで、八草の中で告白ができないことに対する感情がバグっていると思う。その一助をしてしまったのだと思うと頭が痛い。


 そんな呑気な話をしている時だった。


「晴、百合さん!」


 美里の悲鳴に近い声が聞こえた。

 次の瞬間に視界に入ってきたものの正体を捉えて私は石のように固まってしまった。でも、八草は咄嗟に振り返って襲いかかってきた巨漢の腕を止めた。

 気が動転していてもわかる、八草が負ける。


 冷静な頭とは別に体は動かない。

 誰か、と声にならない声が出るのと同時か。



「こんな大勢の前でいい度胸してんな、このクソ野郎!」



 聞き慣れた声の主は、男を後ろから羽交い締めにして八草から引き離すと、そのまま一度投げ飛ばしてしまった。

 何が起きたのか分からず呆然としていると男は私に向かって叫んだ。


「クソ、クソ! 百合ちゃんが好きなだけだった、彼女もオレの事好きだった、なのに何で警察の奴らはオレを悪者扱いするんだよ!」


 あ、どこかで。


「この人、1回地方の支社から研修に来た……。」

「そう、覚えててくれたんだね!」


 その言葉にゾッとした。


「あの時、君に色々と教えてもらったのをきっかけに、君はオレに恋したんだ! クールな君が時々見せる笑顔、それはオレにだけ見せてくれるものだったのに! なのに君はこんなチビと楽しそうに話しているなんて、許せない!」


 嫌だ、それ以上はやめて。

 私が耳を塞ごうとすると低い声が響いた。


「黙って聞いてりゃ好き勝手に。お前は一言でも、彼女から好きって言葉を貰ったのかよ!」

「そ、それは……彼女は照れ屋だから。」

「よかったぜ、まだ耳は正常で。なら、はっきり言う。お前が一言も付き合っただとか、好きだとか、そういう言葉をもらってねーなら全部独りよがりだ!」

「そんな、はず、ねぇ、百合ちゃん!」


 男の目がこちらに向く。

 怖い、怖い、言い返さなきゃ。

 何も言葉の出ない私の手を小さな美里の手が救った。ひんやりとしていた心がふっと暖かくなった。

 私は真っ直ぐに男を睨みつけた。


「ごめんなさい。私はあなたのことを知らない。名前も、もう朧げ。好きでもないし、絶対付き合いたいとも思わない。」

「そんな……。」

「お前なぁ。」


 脱力した男の上に乗ったまま、朝比奈はため息をついた。


「……少なくとも、本当に好きなら怖がらせて泣かせんなよ。しかも、彼女の友人たちを傷つけて。」


 朝比奈の言葉を最後に、男は脱力した。

 終わったんだ。私も腰が抜け、その場に座り込んだ。泣いてるの、ここで初めて気づいた。




 警察署で事情聴取を受けたあと、残務がある朝比奈は残るので、見送りだけ来てくれた。


「朝比奈、今回はありがとう。」

「いえいえ、無事でよかったです。それに今回は晴海がいなきゃオレも間に合ってなかったし。」

「うん、八草もありがとう。」

「いいえ〜。」


 ナイフを向けられてそんなに飄々としてるなんて、すごい度胸。私も見習わなきゃな。

 私がそんなことを考えていると、朝比奈は私の前に立ち真っ直ぐに見つめてきた。


「今度はちゃんと頼ってください。心配しました。」

「ああ……うん。早めに相談するね。」


 自然に笑えたかな。朝比奈は頬を掻くと顔を真っ赤にして告げてきた。


「それに、オレ、雑賀さんだけには公的にも、私的にも、頼られる男になりたいんで。」

「は?」


 衝撃。私はその場に固まってしまう。

 それから狛柴夫婦に呼ばれるまで動けなかったんだけど。






 私はすぐに引っ越しの準備を整えた。

 荷物の整理をする時に朝比奈を呼んでみると驚いてたけど、すんなりと来てくれた。

 頼られる男になりたいんでしょ、って言ったら顔を真っ赤にしてたから可愛いもんだと思う。


「やっぱり男の子が手伝ってくれると助かるね。ありがとう。」

「雑賀さんがちゃんと分かりやすく荷物を纏めたからっすよ! にしても、狛柴さんから聞いたんすけど晴海と九重、付き合ってるフリしてたんすね。いつも通りだから全然気づかなかった。」

「やっぱりそうなんだ。」


 本を出しながら朝比奈はまぁ、と笑った。


「でも、あの日のアンタが来る直前、八草もやっと告白するって言ってたよ。」

「マジっすか?! ついに!」


 まるで自分のことのようにガッツポーズをしている。

 聞けば中学からの付き合いなら尚更もどかしい思いをしていたんだろう。


「ああ、ただその話って九重聞いてなかったっすか?」

「九重が?」


 後ろにいたじゃないですか、と朝比奈は言う。目がとてもいいらしい。

 確かに、美里が私たちの名前を呼んだ時思ったより近くにいたような……?


「遠目から見てた印象ですけどね。」

「あれから何も言ってこないけど……。」

「まぁ、九重もさすが八草の幼馴染って言うべきか妙に隠し事が上手い部分もありますからね。」


 あの時は自分のことでいっぱいいっぱいで気が回らなかったけど、確かに美里が自分の部署からまっすぐきたら通らない通路から顔を出していた。


「……誰が好き、とまでは言ってないかも。」

「普通なら私?! とかなるけどアイツの場合、それならもっと早く告白するだろうって考えるタイプですしね。たぶん、一度告白されてること気づいてないから……。」


 もし勘違いしてから私のせいじゃないか。

 私は思わず朝比奈の両腕を掴んだ。


「どうしよう?」

「どうしようも無いと思いますけど……。2人とも妙な方向に爆発するタイプだけど、ちゃんと落ち着くとこには落ち着くと思いますよ。」

「……だといいんだけど。」


 本当にあの2人は羨ましいほどに考えが合うのにお互いの気持ちに気づいていない。

 もし、私のせいで拗れることがあるなら何が何でも後押ししよう。私はしばらくお皿を片手に捗らない片付けをする羽目になった。

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