19.ストーカー?
「百合さん!」
私は女性警察官の人の案内で、ある部屋に通された。
夜遅いから、と晴も付き添ってくれたんだけど、ストーカーが原因ならってとりあえず会うことは遠慮された。近くで帰り用のレンタカーを借りてくると、気も遣ってくれたし本当にありがたい。
部屋に入ると、服が汚れ、髪が乱れた百合さんが化粧をぐちゃぐちゃにして泣いていた。ずっと付き添っていてくれたらしい女性の人もホッと安堵したように笑みを見せた。
私は警察官に頼まれた代わりの服を持ってきた。
申し訳ないけど、サイズが合わないからジャージとトレーナーだけど。
「百合さん、大丈夫?! ずっと一緒にいたのに気づかなくてごめんね!」
「……ううん、来てくれてありがとう。」
百合さんの実家は九州、とてもでないが親は頼れない。
「頼れる人……って言われて咄嗟に思いついたのが美里で。思えば美里こそ巻き込んだら危ないのに、ごめん。」
「大丈夫だよ! ちゃんと晴連れてきたし! 晴でも頼りないなら狛さんとか、あ、あと朝比奈とかも呼ぶ?」
「大丈夫だよ。」
たぶん当事者よりパニックになっている私を見て少し落ち着いたんだろう。ふっと小さく笑った。
「でも、巻き込んでおいて説明なしっていうのは失礼だし、アンタと八草には説明するよ。」
「うん……私もちゃんと聞きたいかも。」
20分もすると晴も部屋にやってきた。
化粧落としやマスクも買ってきてくれたらしい。相変わらずできる男だ。
それだけの時間があれば、百合さんも落ち着いていた。
「八草も休みの日に巻き込んじゃってごめん。」
「いいえ。とりあえずは軽傷で良かったです。で、早速ですけど経緯を聞いていいですか?」
「うん。」
はじまりは6月半ばあたり。
仕事用のスマホに時々非通知の連絡が来るようになった。何かとトラブルに巻き込まれていた百合さんはセキュリティの観点から上司に相談して電話番号を変えたそうだ。
それをきっかけに私用のスマホにも連絡が来るようになった。メッセージアプリにも知らないアカウントから妙なメッセージが届くようになった。
拒否しては別のアカウントから、まさにいたちごっこ。
7月末あたり、つまりはこの前の合コン事件の後くらいから自宅に写真や手紙が送られるようになってきた。消印がついていないということは手挿し。
ここでいよいよ、警察に相談した。
相手が不明であったため、調査に乗り出した矢先のこと。ちょうど兄が遊びにきていたらしくそれを見送った帰りに知らない男に話しかけられた。
もうここまで丁寧にフラグが立っていたら誰でもわかる、そのストーカーがお兄さんを彼氏と勘違いして襲ってきたそうだ。
幸い逃げられたが、相手も決して冷静でなかったらしく、軽傷を負ってしまったそうだ。パニックになった百合さんは相談に来ていた警察署まで無我夢中で走って逃げた。
「幸い証拠品がありますし、今回のことは立派な傷害罪です。ストーカー規制法にも引っかかりますし。ただ、誰が犯人か分かっていないため、数日の間ですがご実家に帰られるか、ここから遠いですがシェルターにいらっしゃることをお勧めします。」
「シェルター……。」
たぶん、百合さんの性格上私情で仕事を休みたくないのだろう。
「ご友人、えっと、お2人はご夫婦かパートナーですか?」
「いいえ、友人です。隣人ではありますが、2人とは職場が違うので万が一が無いとは言えません。」
私も安易に家に泊まるよう申し出ることはしなかった。
私が一緒にいて気持ちの面では支えられるかもしれないけど、いざって時は足を引っ張るからなぁ。
「シェルターが嫌なら狛柴さんの所は? 片付いてないから、って言ってたけど部屋はそれなりにあるだろうし。巻き込みたくないって気持ちは分かるけど……。」
「それに涼の家からもそっちの方が近いですよ?」
「なんで朝比奈?」
あっ、と晴は小さく漏らして口を閉ざした。
朝比奈は警察官、であるが百合さんの前では公務員と名乗っていた。彼は確か両親とお兄さん、友人といってもたぶん晴ともう1人高校の友人、そして私にしか言っていないはずだ。
珍しい失態だなぁ、なんて思っていると、晴がこっちを見てきた。さすがに助けられない。女性警察官の人も苦笑いしてるし。
「どなたかお知り合いで警察官の方が?」
「……はい、所属とかまでは知らないですけど、オレの友人で朝比奈涼っていう警察官がいるんです。」
「ああ、有名ですよ! 人情に厚い巡査長さんですよね?」
「「有名なんだ……。」」
部活の後輩人気を思い出して2人で唸ってしまった。
だけど百合さんの顔色は晴れない。
「……それにしたって、朝比奈は関係ないよ。それに、特にこういうことで相談したくない。」
私は何となく百合さんの言いたいことがわかった気がした。
ここでムッとした顔になったのは晴で、たぶん晴はあることを彼女が懸念したと勘違いしたんだろう。
「こう言っちゃアレだけど、大学の時アンタの周りにいた奴らとか、そこらの男と違いますよ? 守ったことを恩着せがましくしないし交際を迫ることなんて絶対ない。それに、腕っ節も強……。」
「晴、晴。ストップ。」
何やかんやと朝比奈のこと信頼してるんだから。
でも、違うんだよ。
「百合さんは朝比奈に少なからず好意を持ってるから、こういう問題で少しでもすり寄ったとか利用したって思われたくないんだよ?」
「……え、そうなんですか?」
百合さんは顔を赤くして小さく頷いた。
警察官の人たちもはわわ、と震えていた。
ま、でも晴の言ってることは本当だし。
「でもね、百合さん。私も朝比奈には相談した方がいいと思う。絶対に朝比奈はそんなことで百合さんへの感情を変えたりしない。……むしろ仲良くしてた人がそういうことに苦しんでたのに自分が何もできなくて自分を責めるタイプだから。」
「……そっか。」
スマホを見て百合さんはふっと力を抜いた。
「光莉と、朝比奈に相談してみるね。ありがとう、2人とも。」
「うんうん!」
「あー、オレちょっと慌てました。すみません。」
連絡をするとすぐに光莉さんからも朝比奈からも連絡があった。
光莉さんはすぐに部屋を空けると言い、朝比奈は案の定百合さんに怒涛の謝罪をし、気づかなかった自分を責めていた。
とりあえず今後の滞在先が決まったところで、一度家に帰り、荷物を取りに行く。一応警察官の車もついてきてくれた。
ポストの確認や扉あたりは晴と警察官が確認してくれたが、何やら扉の前で彼らは不快そうな顔をしていた。
なぜか警察官の人たちが百合さんを郵便物の確認とか言って遠ざけていたけど。
「大丈夫?」
「ああ、うん。ちょっとそこのコンビニで手洗ってくるね。」
「百合さんの家で借りたら?」
「……なーんか、それは憚られるというか。ま、美里ちゃんは雑賀さんと荷物だけまとめちゃってよ。」
どうしたんだろう。
とりあえず晴がコンビニに行っている間に荷物をまとめた。そこからは警察とも別れて光莉さん達の新居に行った。
さすがのセキュリティというべきか、何重かのオートロックを抜けてやっとたどり着けた。
「百合ー! 聞いてないんだけどー!」
「ごめん、心配かけると思って。」
「でもそうだよね。仕事できる百合が、仕事のせいで痩せるなんてあり得ないもんね! 気づかなくてごめん……。」
「大丈夫、むしろありがとう。」
すりすりと光莉さんに頬擦りされている百合さんはどこか嬉しそうだ。
私がニコニコと見守っていると狛さんが心配そうな顔をした。
「そうだ、九重さん、八草くん。2人も気をつけた方がいいよ。それか、恋人として振る舞った方がいい。」
「どぅえ?!」
「……なるほど。」
晴は納得してるみたいだけど私は何も把握できていない。でも、狛さんが言うなら揶揄いではない。真意が読めずうんうん言っていると、苦笑いした狛さんが口を開いた。
「これはね、2人を守るためなんだよ。八草くんはもしかしたら雑賀さんに手を出しうる不穏分子では、って思われる可能性がある。
逆に君は、自分に興味を持ってもらうツールとして利用される可能性があるんだ。九重さんを傷つければ君を通して自分が見てもらえる、注目してもらえるってね。
だから、2人が一緒にいるのはある種のWin-Winなんだよ?」
「はぁあ……! 理解しました。」
なるほど。
でも、恋人か……。そうか、うん。
「八草くんは仕事後こっちに寄れる?」
「はい、今週は立て込んでないので。にしても。」
私がもじもじしている横で具体的な話が決まっていく。ちゃんと聞いておかないと。
ふと私が目線を上げると、何やら嬉しそうな顔をしている晴と目があった。
「美里ちゃんの恋人なんて役得だなぁ〜? 早速ドライブデートでも行く?」
「は?! というか明日仕事じゃん! 起きれなくなっちゃうよ?!」
「ヘーキヘーキ、オレ早起き得意だから!」
「私は寝ていたい〜!」
「じゃ、帰りますね!」
勢いそのまま私たちは帰ることになった。
たぶん、あのままいるといつまで経っても玄関から動かないから気を遣ったんだろうけど。
でも、手! 手!
背後の3人が生ぬるい目で私たちを見守っていたことや、この時晴がにやけていたことなんて、私には知るよしもない。




