13.天敵、襲来:晴視点
「機嫌良さそうだね。」
「そうですか?」
「そうだよ? それに、アイコン変えたよね?」
相変わらず藤島さんは鋭い。
隣の席の彼は勝ち誇ったかのようににんまりと笑った。いや、この人だけでもないか。
この前一緒に行った涼からはもちろん、オレ達のことを知っている同級生だとか片想いのことを知る友人からは結構連絡が来た。
こういう奴らは大概美里ちゃんには連絡を入れない。ひたすらオレを弄りたいだけだからいい。オレだってやり返すカードはある。
ただ、一部面倒なのはいる。
例えばオレと美里ちゃんのどっちにも指摘する奴。
あとは美里ちゃん苛烈派。彼女のことが好きすぎてやばい人。
ちなみにその人は一応友人であるからフォローしとくけど、美里ちゃんが好きすぎて彼女を弄ったり微妙な距離感をとり続けたりするオレが気に入らないらしい。
あー、ほら言ってる側からメッセージが。
オレはそっとスマホを閉じると、藤島さんはにこにこ笑って覗き込んでいる。
「良ければ2人で飲みに行かない? 最近いいことあったんでしょ?」
「……。」
こうなったら藤島さんは折れない。しかも2人で、って言うことは何がなんでも行くぞっていう意思表示だ。
今日はソロで期間限定のクエスト行きたかったんだけどな。オレは分かりましたよ、と頷いた。
「えぇ〜、何それときめく!」
「うっさ。」
オレは最近のことを話した。
今まで乗った船からは意地でも降りないようなタイプの彼女が料理や化粧を始めた。もともと手先が器用なタイプだからすぐに上達した。悔しいけど、本気になればたぶんすぐに抜かれると思う。
そんな矢先、珍しく向こうから外出しようと声をかけてきたものだから何だろうと思いながら大人しく行ったら珍しく化粧した彼女が現れた。
正直化粧をした彼女は、垢抜けた美人だった。惚れた贔屓目だとしても可愛いと思う。だからこそ、周りの男が寄ってくるんじゃないかって思ったよ。
誰のためだろう。
別に特別な日でもなかったと思うけど。
モヤモヤするオレに彼女はドヤ顔で、『今日は晴とご飯に行くから気合を入れてきたの。』と言ってみせた。
これで期待するなって方がおかしいでしょ。
しかも、先日、涼にボウリングに無理矢理連れて行かれた時だ。
オレが涼との勝負に乗り気でない時、なぜかほぼ毎回美里ちゃんが『かっこいいとこ見たいなぁ。』って挑発してくるもんだから不思議に思って聞いてみたら『半分は本当。』なんて宣うもんだから、オレは悶絶した。
今までこんなことなかったぞ?
最近オレに都合のいいことが起きすぎている。
しかも、妙に距離をとるかと思いきや、ハグは許してくれるし、手は繋いでくれるし、一緒に自撮りまで。
これってチャンス……、いや、ただの不幸の前触れだな。オレは何度ももどきのフラグに騙されてきた。
「拗らせてるなぁ。もう1回告白してみれば?」
「……。」
「それは黙っちゃうんだ。」
少しだけ、それは思ったんだ。
自覚していなくとも、自分のことを想ってくれているのではないかって。
オレが悶々と考えていると、藤島さんがわざとらしく背伸びした。
「あぁ〜。いいなぁ。オレも運命の出会いを果たしたいなぁ。」
「アンタは数打ちすぎて運命を通りすぎてる気もしますけど。」
「まー、そんな気もする。」
ちなみにこの前女の子に振られてビンタされてた。
別にお付き合いするなってわけではないけど、バカだよなぁ。
「……真剣に付き合うつもりは?」
「え、オレはいつだって真剣だけど?」
「真剣にワンナイト?」
「そ。」
やっぱバカだな。呆れた。
「呆れんなって〜。」
「そりゃ呆れますよ。オレが言うのもアレですけど、女遊びやめないと彼女できないですよ。」
「えぇ〜?」
この人懲りないな。
オレはそんなことを思いながら酒を煽った。
藤島さんがトイレに立ったため、オレは先ほどから鬼のように来ているメッセージを確認することにした。
開いてみると、案の定。美里ちゃんのことを大好きな友達から鬼のようにメッセージが来てる。流し見しているとメッセージに違和感を覚える。
『八草さん、1回でいいです。殴らせてください。』
『はっきりしたらどうですか。』
『知ってますよ、貴方のお気に入りの飲み屋。』
メ○ーさんかよ。
にしても、最後の文章が30分前か。彼女の勤め先は都内の保育園。本当に見当がついているならそろそろきてもおかしくないか?
いや、まさか来るわけ。
そんなことを考えていると後ろに気配を感じた。
藤島さん、トイレ早すぎないか。
「やっと既読つけましたね、八草さん。無視するなんていい度胸じゃないですか。」
「いっやー……、今まで気づいてなかったんだよね。」
「嘘仰い、美里さんは既読をつけていると言っていましたよ。」
「わざわざ確認したの……。」
オレの首根っこを鷲掴みにするのは、山部透子。
美里ちゃんとオレの、高校の時の共通の友人だ。
すらりとした体躯に、短髪、黙っていれば美人。そう黙っていれば。でも、オレとか男性に対して凶暴だ。男嫌いらしい。
たぶん、男運が無くていい思い出がない故の性質だと思う。
「前々から思っていましたけど、貴方って人は1回仕留めたいと思ってたんですよね。美里さんの幼馴染で彼女の生活の安寧を担っていなければ既に海の藻屑でしたよ。」
「何、もう飲んでるの。」
「素面です! ご一緒して構いませんね!」
「いや、いいけど……。同僚と飲んでるけどいいの?」
「むむ……その方が嫌がれば帰りますが。でも1杯奢ってください!」
「あー、はいはい。」
これは何か仕事で嫌なことがあったか、美里ちゃんと予定が合わなくてストレスが溜まったパターンだな。
オレは店員さんを呼んで適当に頼む。
ちなみに彼女、男嫌いとは言ったが流石に初対面での礼儀は弁えているから心配はいらない。距離感の保ち方も不快でないし、まぁ敬語だけど。態度に関してはオレ仕様の厳しさだ。
どうせ藤島さんが帰ってこないってことはナンパしている。財布とスマホを持って行った場合帰ってこないこともしばしばだ。
荷物は会社に適当に置いておけばいい。
「で、さっそく本題ですが付き合い始めたんですか?」
「付き合い始めたなら美里ちゃんから連絡いくでしょ。」
「……ッ、そうですけど!」
「それにこんなで付き合えたら苦労はしないよ。」
「……そうですね。貴方ヘタレですもんね。」
ビールが届き、乾杯すると彼女は毒を吐く。
まぁ正直図星だから言い返す言葉はないんだけど。
「でも、山部さんこそ何でこんな所でオレと飲んでるの。美里ちゃんと飲めばいいじゃん。」
「今日はゲームのイベントあるからって振られました……!」
ああ、やっぱり。
オレもそっちに行きたかったクチだから何もフォローができない。美里ちゃんやってるのか、いいな、くらい。
「今更ですけど、1人で飲んでいるなんて貴方も寂しい人ですね。同僚さん帰ってこないんですか?」
「よくあることだよ。トイレって言ってそのままナンパ行くような人。」
「お会いしたことないですが、お会いしたくない人ですね。」
「まぁ、このパターンだと帰ってこないから……。」
オレはそう言いながら、ふと視線を上げた。
その瞬間、自分が見誤ったことに気づく。
藤島さんがこんな時に限って帰ってきた。
なぜか、山部さんを凝視していた。
オレにはその理由が明確には分からなかったけど、間違いなく嫌な予感がした。
藤島さんは迷わず山部さんの横に座った。
そこで初めて山部さんは藤島さんの存在に気づいたらしい。今しみじみと見ると、藤島さんって山部さんの苦手なものを詰め込んだ人だよな。
チャラ男、軽薄、女好き。
ぼんやりと他人事のように見ていた時。藤島さんは山部さんの手を握った。
それで、オレも彼女も、想像しない言葉を告げたのだ。
「超好みっす! 付き合ってください!」
「「はぁ?!」」
後にも先にもオレと山部さんの声が揃うなんてないだろう。
そして、オレが告白したことを認識したと同時に山部さんの平手打ちが藤島さんに炸裂したのだった。




