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理子の長い夜  作者: みる
6/6

再会

理子が学校を終えて家に帰ると、門の前で黒い仔犬が丸まっていた。


え、犬?……しかもなんでこんな所に仔犬が?理一が連れて帰ったの?でも、それなら家の中か庭にいるはず。

外に、しかも道路になんて出してないよね?

あいつ、そこまで鬼畜じゃないよね?


理子が目を丸くしていると、気配を感じたのか仔犬は耳をピクピクと動かし、すんすんと匂いを嗅ぐ仕草をする。

理子へと目を向け、体を起こしその場に座った。

ふぁさとゆるく尻尾が揺れる。


「わん」


仔犬特有の高い声。全体は黒く長めの毛並みで、耳の内側だけが白くなっている。ゆらゆらと揺れる尻尾。くりくりっとした大きな目は翠。

愛らしい顔をした仔犬に、理子は身悶えた。


「か、可愛い〜〜」


理子は動物が好きだ。家では何も飼っていないが、いつかは飼ってみたいと思っていた。


「おいでー」


その場にしゃがみ込み、理子は仔犬に向かって手を伸ばした。

仔犬は「わん」と、もう一度鳴いて、尻尾を振りながら駆けてくる。

その姿の愛らしいこと。理子はニコニコと笑みを浮かべ、一生懸命に短い脚を動かし駆けてくる仔犬を見守った。


仔犬は、理子の目の前で立ち止まると、差し出された手の匂いをクンクンと嗅ぎ、指先をペロペロと舐め始める。


(うわっうわっうわぁー)


空いた手で柔らかそうな毛並みを撫でると、予想を裏切らない手触りだった。

仔犬はされるがまま気持ち良さそうに目を細める。


「君、どこから来たの?人懐っこい仔だね」


どこかで飼われてて、迷子になったのかなと思いながら抱き上げても、仔犬は嫌がる素振りさえ見せず、理子の腕の中で大人しく収まった。

時折、スンスンと鼻を動かしては、理子の腕に顔や頭を擦り付けていた。


「や、ヤバい。癒される。しかも、あんなに気分が悪くて頭が重かったのに、綺麗さっぱりなくなるとか……魔法使いですか」


祖父の護符で何とか保たれている平穏も、()()()()()が近付くにつれ、その効力も弱まってしまう。

良く言う『草木もねむる丑三つ時』と言われる時間帯がそうだ。

幽霊、霊魂と呼ばれる彼らは、朝昼晩関係なくあちらこちらに存在している。

その彼らから身を隠し、護るため常に護符を身につけていた。

理子が日常生活を送る為の必需品だ。


――因みに、逢魔が時と言われる時間帯は、また別なモノが姿を現す。アニメや漫画、小説などにも登場する妖怪と呼ばれる異形のモノたちだ。隣り合わせに存在するその世界と、繋がりやすくなる時間帯が逢魔が時だ。


理子の一族(主に本家)とは、とても身近な存在でもある彼らとは、敵対したり共に戦ったりと、その時代によって関わり方が違っていた。

今は、共存を模索している最中だ(翔太情報)


彼らは空想上の存在のように扱われているが、確かに存在する。

だが、科学が発展し世の中が便利になるに従って、彼らの存在は希薄になってきていた。

非科学的なモノを恐れず、目に見えるモノしか信じようとしない人間が増えたことにより、かなり数が減ってしまっているのた。


この世は不可思議な存在で溢れ返っているというのに。




閑話休題




護符で護られてるいるとはいえ、それでも絶対はない。理子は弱い自分の心をどうにかしたくて、祖父の元、主に精神力を鍛えた。泣きながらも、怯みそうになる己を叱咤し頑張った。


学校に行きたかった。

せめて、高校くらいは卒業したかった。

そして……普通の人達のように就職をして自立する。友達も欲しい。叶うなら恋人も……いずれは愛する人と結婚したいと、そんな夢の実現のため、理子は頑張ったのだった。


そのおかげで、漸く理子は前向きになれた。

彼らに存在を主張されても(目の前で仁王立ちに付き纏い。泣き喚いたり、踊り出したりは日常茶飯事)ぐちぐちと怨みがましく文句を言われようと、ひたすら無視し続けられるようにはなってきた。


それでも、外出して帰って来る頃には、頭痛や倦怠感。酷い時にはまともに歩くことすらできなくなることもある。

家は理一が結界を張ってあるので、一歩でも中に入れば体調は良くなるのだが。



それが……仔犬を抱き締めた途端、それらの不調が消えた。ズキズキする痛みに悩まされていた理子が、その痛みを治した仔犬に対して『魔法使い』と言ったのも仕方ないだろう。


「君、うちの子になる?」


仔犬の可愛さにメロメロになった理子は、思わず呟いていた。

仔犬が理子を見上げる。丸く可愛い瞳が理子を見つめた。


(はうっ、可愛いよ)


「わん」


仔犬がまるで、返事を返すように吠えた。


「ホント?うちの子になる?」


鳴き声を都合の良いように解釈した理子は「じゃあ名前を考えなきゃね」と、頭を捻る。


「名前、名前……うーん…毛色は黒で…瞳は翠……(スイ)。翠はどうかな」


仔犬は「わん」と一鳴きすると首を伸ばし、ペロリと理子の唇を舐めた。


「うぐっ?!」


開いてた口の中にも侵入し、遠慮なく舐められる。慌てて仔犬を引き剥がし、片手で口を押さえた。


『我が名は翠。古の誓約により汝と契約を結ぶモノナリ』


頭の中で低く渋い声が響く。ぶわっと翠の毛が逆立ち、右前脚がぽわんと光った。


「へ?…は?ど、どういうこと?」


光が収まった場所は、緑色の毛が丸く縁取られていた。





***





「理一!」


理子は仔犬を抱いたまま理一の部屋へと駆け込んだ。

途中、母親に「どうしたの、その仔犬」と、見咎められたが半ばパニックに陥っている理子に構ってる暇はない。


「おかえりリコちゃん」

「いきなり開けんな。もっかい一から躾されてこい」


顔を顰める理一と、ニコニコ笑う翔太に出迎えられる。


「大体お前は、礼儀や行儀がなってなさ過ぎだ。そんなんじゃ嫁にも行けないぞ。部屋は清水さんが居なければ汚部屋の一歩手前。料理をすれば台所は火の海。洗濯をすれば、洗濯機の中を泡まみれにした挙句、ぶっ壊す。……お前、女として終わってるよな」

「うっ」

「いや、人として終わってんな」

「う、うるさい!」

「図星を突かれて怒ったのか?随分と建設的なこって」

「理一、リコちゃんをイジメないの。それどころじゃなかったんだよね」


翔太は理一を諌め、仔犬に視線を向けた。


「その子のことで来たんでしょ?」


理子はさすが翔太と、心の中で賞賛しながら頷いた。


「こ、この子……変なの!」


上手く伝えらなくて『変なの』という言葉に全てを要約する。これで分かれば世話がないが、理一も翔太も理子との会話は慣れている。


「ああ、だろうね」

「契約したのか。珍しくいい判断だ」


きっと色々と説明させられるはずと、意気込んでいた理子は拍子抜けしたように二人を見た。


「え?分かるの?…え?なんで?」

「俺からしたら、何で分からないのかが疑問だ」

「しょうがないよ、理一。リコちゃんは目が良過ぎるんだよ。きっと、その仔狼が普通の犬に見えたんじゃないかな」


ころう…?


目をパチパチとさせて、今は腕の中でスヤスヤと眠っている仔犬を見下ろした。


「ころう?……こ、この子、犬じゃないの?」

「「狼だな(ね)」」

「え、だって、そんなに狼って街中に居るものなの?」


理一に連れて行かれた先で狼に助けられたのは、記憶に新しい。


(まあ、あの黒狼は式神だったんだけど)


「そんな訳あるか」

()()()()()()()()()()()()

「え……」

「力を殆ど使っちゃったんだろうね。本来の大きさに戻れないんじゃないかな。一応、治癒はできてるみたいだから、少しずつは回復してるみたいだけど」

「……この子が?あの…?」


全身傷だらけで、片目が潰れてて尻尾も千切れかけていたあの大きな狼?

理子は自分の腕の中で無防備に眠る翠を改めて見つめ――、あの時の狼との違いに気付き顔を上げた。


「で、でも、あの狼とは目の色が違うよ?目の色は変えられないでしょ?」


大きさは、力が枯渇してるせいで変わってしまったとしても、目の色は別だ。翠の名前の由来になった瞳の色は紅じゃない。


「力を使う際に瞳の色が変化しただけだろ。良くあることだ」


理子の疑問に対し、理一はそんなことも知らないのかと言いたげな口調で返した。


「その子は本家の当主が式神として使っていたくらい力のある妖魔だから、きっとリコちゃんの助けになってくれるはずだよ。良かったね」


本家の当主と聞いて、理子の顔が青褪める。


「か、返さなきゃダメなんじゃないの?だ、だって、本家のご当主様の式神だったんでしょ?ど、どうしよ。契約しちゃったよ」

「落ち着け」

「そうだよ。大丈夫だから落ち着いて、リコちゃん」

「で、でも、」

「契約は、契約した当人が亡くなれば自動で切れる。そのあと、こいつがどうするかは式神次第だな。自分の住処に帰るヤツも居れば、別の主人を見つけるヤツもいる。そいつは理子を主人に選んだ。それだけのことだ」


至極当然のように理一が告げた。だが、理子に納得できるはずもなく……


「まあ、良いタイミングだ。そいつが本来の力を取り戻すにはだいぶ時間がかかるだろうが、そこらにいる雑霊を祓うくらいなら、そんなに時間は掛からないだろう。お前が懸念していた身の安全も図りやすくなったってことだ。良かったじゃないか」


理一の言葉が、妙にゆっくりと聞こえた。

ニヤニヤと嫌らしく笑う顔が憎たらしい。

理一は決して、理子の今の現状を憂いて言っている訳ではない。そんなに優しい男ではないと、理子は骨身に染みている。


理子を巻き込む気満々な理一が、言外に込めた言葉。その意味を正確に理解できてしまった。

顔を更に蒼白にして、必死になって首を振る。


「無理、無理だから」

「一度、本家に挨拶に行った方がいいかもね。清正様も、黒狼の行方を気にかけてらっしゃったから」

「そうだな。来週あたりで日程を調整するか」

「いや、ちょっと待って」

「本家には僕が話を通しておくよ」

「頼む」

「待ってってば…」

「理子、予定入れるなよ?」


本家になんて行きたくない。拝み屋の仕事になんて、関わり合いたくない。


なのに……理子の意思も気持ちも無視して話はどんどんと決まっていく。

理子は絶望的な気持ちで、スヤスヤと眠る翠を見た。

時折むにゃむにゃと口を動かし、尻尾を揺らめかせる様子についつい口元を緩めてしまう。


更に理子を追い込んだ要因である存在なのに……可愛いと思ってしまうのは仕方ないよね。


理子を置いてけぼりにしたまま、理一と翔太の話は続く。

今までだって、理一に逆らえた試しはなかった。

理子は、はあっと大きな溜め息を吐き出して、理一の部屋を出た。


「取り敢えず……この子のベット作って上げなきゃね。それに……お腹空いたし」


現実逃避だと分かってはいるが、今は何も考えたくないと、理子は翠を連れ台所へと向かうのであった。






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