理子 5
色々と修正しました。
話の内容は変更ありません
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学校の裏庭にあたる場所に、理子達三人は来ていた。
そこには、胸元くらいまでの高さがある石碑が建っていた。
石碑は手入れもされず薄汚れ、古ぼけているが、謂れがあるものだと一目で分かった。
こんな物がなぜ、不特定多数が出入りする学校にあるのかと、理子は首を傾げた。
「この石碑はこの学校の七不思議の一つなんだ」
「…七不思議の?」
「そう」
翔太の話によれば、昔、この場所で不遇の死を遂げた幼い兄妹がいた。その兄妹は死したあと、幼い子供ばかりを狙い道連れとして殺していった。
子供を奪われた親達が恨みのままに兄妹を弔った墓を壊すと、その翌日に『来るな!助けてくれ!!』ともがき苦しみながら死んでいったそうだ。
それ以来、村は凶作に見舞われた。若者は奇妙な病に侵され、一人また一人と亡くなり始めてしまった。
これはあの兄妹の祟りだと、お祓いをするが効果がない。ほとほと困り果てた村人の前に現れたのが、当時各地を転々としていた何代も前の北条家の当主だった。
その当主は兄妹の魂を捕らえると、この場所に石碑を建てさせ、その際に己の式神(黒狼)を抑えの要として使ったらしい。
「それが、150年ほど前かな」
「どうしてその時に浄化してしまわなかったの?」
そしたら、こんなことにはなってなかったはずだと、理子は不満を漏らす。
実質、被害は大したことはなかったが(怪我をした者はいたが、死者はいない)、下手をすれば大変なことになっていたのだ。
(あの女生徒はたぶん……彼らが何かした訳ではないような気がするから、ノーカンだと思うけど)
それに――理子はかなり怖い思いを沢山させられた。文句の一つも言いたくなるってなもんだ。
「当時の当主も浄化させるには力が足りず、仕方なくだよ。彼らの力を削ぐために、結界内で少しずつ邪気を抜いて、いずれは……ってね。ただ、想定していたよりも時間が掛かってしまった」
「本家に頼まれて年に一度、相楽家が結界の補強と、浄化をしてたらしいんだが、この学校が建設された時、それを断られた」
「断られた?」
理子は目を丸くして理一を見る。
一時的な結界とは訳が違う。その土地を清めたり、邪を抜くための結界は媒体としている物に定期的に力を込める必要がある。
その際に綻びがないか探し、練り直したりもするのだ。
しかも、未だ浄化を必要としていたのに、それを断ったってことが信じられなかった。
視えざる者を軽んじ過ぎである。
「古い文献も消失してしまっている。語り継がれていた内容も曖昧になりつつあった。実際、今まで何の問題も起こってないからね。そう言ったことを信じない人達にとってはムダなことに金を掛けることになるんだから。仕方ないさ」
翔太はそう言って肩を竦める。仕方ないと言いながらも、その目はやり切れなさを湛えていた。
「学校が建設される時も、祖父さんがかなり反対したらしい。が、全く聞き入れなかった。金が欲しくてそんなことを言ってるんだろって、浅ましい奴らだって、罵倒されたらしい。この石碑も壊す話が出てたらしいが、それは何とか阻止できた。本家から偉いさんに話を通して貰ってな。でも……建設時の振動のせいで結界に綻びができてしまった。補強も修復もされないまま放置され、この石に纏わる不思議な話がで始めた。――それが七不思議だ。だが学校はまだ楽観視してた。そらそうだよな。超常現象なんざ全く信じない頭の固い奴らばかりなんだからな」
頭の固い奴らばかり。理一の言葉に理子は昔を思い出し顔を顰めた。
視えざる存在に怯えて学校にすら通えなくなった理子に、担任は表面上は理解のあるフリをし、その実裏ではバカにして嘲笑っていた。
父や母に、理子を病院に通うことを勧めている話を聞いた時は悔しくて、情けなくて涙したものだ。
「問題が起こったのは半年前。丁度この上の屋上から、一人の女生徒が飛び降りた。そして――この石碑の前で亡くなったんだ。イジメを苦にした自殺だね。結界が役目を成さなくなり始めていた所に、彼女の負の感情と飛び散った血がトドメをさした。彼らを抑える役目を担っていた黒狼も穢れで力を失いつつあった。それでも契約に従いあの兄妹を、力を振り絞って抑えていたんだ」
こくろうという言葉が理子の中で黒狼と変換された。
あの黒く大きな犬だと思った存在は、狼だったんだと理子は思った。
全身に傷を負い、満身創痍の状態だったのに理子を守ろうと力を尽くしてくれた。
「引き摺り込まれそうになったのは、自殺した女生徒をイジメていた主犯の一人。まあ、自業自得だな。因果応報ってやつだ。同情する余地もない」
「理一、言い方」
悪辣な言い様。まさしく理一の本心なのだろう。因果応報……言わんとしていることは分かる。でもだからって、酷い目に遭ってもいいってのはなんか違うと思う。
理一はじっと理子を見下ろすと「そりゃ悪かったな」と、肩を竦めた。
「理一は、リコちゃんに対してだけツンデレだよね」
「はっ?翔兄何言っての?理一はツンばっかりじゃない。デレられた覚えはないから」
嫌味や皮肉など、暴言を吐かれたことしかない。
今回のことにしても……ある程度、事情が知れていたのだから、とっとと浄化すれば良かったのに、何で私を連れて来たのよと、憤る。
「お前がどこまでやれるか見たかったからな」
「どこまで…やれるか?」
「ああ」
「……い、いやだからね!金輪際関わらないから!お祖父ちゃんも、何もしなくていいって言ってくれてるし」
「相楽の当主は俺だ」
「へ?……はあっ?一体いつの間に?」
聞いてない。そんなこと聞いてないと、理子は首を振る。
「良く考えてみろ。今回の件は、元々は祖父さんが請け負っていた仕事だ。それなのに、俺が出張って来てるだろ?」
「え…でも、理一よくお祖父ちゃんの代わりに仕事に行ってたじゃない」
「ああ、そうだな」
「だったら、」
「今回の仕事は、いつもの仕事とは訳が違う。本家筋の当主が関わってるんだ。そんな仕事を代理がするはずないだろ」
「どうしても抜けられない仕事が入ってたからじゃないの?」
「違う」
「な、なんで……お祖父ちゃん元気だし……まだまだ理一に譲るつもりはないって」
戸惑い、青褪める理子は助けを求めるように翔太を見上げた。
「んーー、リコちゃんには内緒だって言われたんだけどね。ギックリ腰になっちゃったんだよ」
「ギックリ腰?」
翔太は苦笑しながら頷いた。
「学校側から依頼があった時『そらみたことか』って、張り切ったのはいいんだけど、ギックリ腰になってね。病院に緊急搬送されて入院したんだ。ワシももう歳だなって、気落ちしちゃってね。口約束だけなんだけど、理一に当主の座を譲るって話になったんだ」
「ギックリ腰……」
「カッコ悪いから、リコちゃんには内緒にして欲しいって言われてね」
「え、知らないの私だけ?お父さんもお母さんも知ってるの?」
「うん」
目を見開いたまま固まる理子に「俺が当主になるからには、甘えは許さない。諦めろ」と、理一が告げる。
「なっ……で、でも、視ることしか出来ないのに、無理だよ」
「無理かどうかは俺が決める。お前は粛々と当主の指示に従えばいいんだ」
余りに横暴な言葉に、理子は目眩を覚えフラついた。そんな理子を翔太が支える。
「翔兄…」
なんだかんだと、理一からいつも守ってくれる翔太ならと、期待を込めて見つめれば「これからもよろしくね」と、いい笑顔で返された。
(無理だし、イヤだから)
自分の心の平穏の為にも絶対に逃げてやると、理子は心に固く誓ったのだった。
ありがとうございました。