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理子の長い夜  作者: みる
4/6

理子 4

璃子を絡めとるかのように纏わりつく濃厚な匂いに、頭がぼんやりとしてきた。


ダメなのに。何も考えられなくなる……。

このままではいけないと、僅かに残る理性が『逃げろ』と促すのに、身体はまるで金縛りにあったかのように言うことを聞かなかった。


肉が剥げ、骨の見える小さな手が理子へと伸ばされる。

触れられれば抗う術などなくなると分かっているのに――動けない。


このまま死ぬの?

理一は何をしているの?どうして助けに来ないの?


一階にある宿直室に待機している二人の顔を思い浮かべる。

異変があれば直ぐにでも駆け付けるから安心しろと言ったあの言葉は嘘なの!

理子は伸ばされる手を見つめながら、そんなことを思った。


――ああ、もうダメだ。

諦めにも似た思いが湧き上がる。幼い頃から苦しめられていた彼らに、やはり私は最後まで苦しめられるのかと……目の奥が熱くなり涙が零れ落ちた。


指が伸ばされる。

そして、手が触れる直前ーー、



『…ぐるるっ』


獣の唸り声が響いた。


『ぐるるる』


右端にある閉じられたはずの扉が、バンッと勢い良く開く。

理子はその音に身体をビクつかせ、一歩後退った。

今までピクリとも動かなかった身体が動いた。

伸ばされた手から逃げるように、もう一歩後退る。


“あっ”

“チッ”

“あいつが起きちゃった”


吹き飛ばされた扉の個室から、明らかにサイズのおかしい犬が、のっそりと出てきた。


ーー犬?……え、犬、だよね?


黒っぽい長い毛並みに精悍な顔立ちで、紅く爛々と光る目がとても印象的だ。

セントバーナードくらいの大きさの黒い犬は、かなり迫力があった。


『ヴヴッ』


鼻の上に皺を寄せ唸り声を上げる黒い犬は、まるで歴戦の戦士のように傷だらけだった。


満身創痍。


その言葉が適切だろうか。

引き摺る脚。流れ落ちる血。潰れた右目。裂けた右耳。尻尾も皮一枚で繋がっているかのように半分から下でゆらゆらと揺れている。長い舌を出しハッハッと忙しなく息を吐き出す様はかなり疲れているようにも見えた。


それなのに、その目は戦意を喪失することなく、強い意志を秘めていた。


“なんで出てくるかな。休んでればいいのに。そんなに死にたいんだ?”

“もう、ほとんど力なんてないくせに”


『ガウッ』


一瞬だけ理子に視線を向けた黒い犬は、逃げろと言わんばかりに吠える。


“逃がす訳ないじゃん”


再び手が迫ってきて、理子は身を捩った。


“お姉ちゃん手伝って”


その言葉に、今の今まで忘れていた少女の存在を思い出す。

慌てて振り返れば、虚ろな目が理子を捉えている。


マズイ。


前後から挟まれた形で逃げ道を塞がれた理子は、なんとか回避しようと足を動かす。だが、震える足は血溜まりで滑りバランスを崩してしまう。

傾く身体が床に倒れ込みそうになる寸前、あの黒い犬がぐっと身を屈め、跳躍した。


まるで猫のようなしなやかさで子供達を蹴散らせながら、理子を受け止めるように傍に降り立った。

身体を支えられ、手を付いた場所は黒い犬の身体。図らずも傷口に触れてしまい『グゥッ』と、小さく呻いた。


「ご、ごめんなさい」


黒い犬が理子へと目を向ける。

傍に居るとかなり大きな犬だと分かる。

セントバーナードより大きいかも…と、自分の胸元近くにある黒い犬の顔を見下ろした。


紅く輝く目と目が合った。 

理知的な瞳にドキリとする。犬は頭が良いって聞くけど、その目はまるで全てを見透かすようで――理子は戸惑う。


ペロリ


ふいに、黒い犬は顔を動かし、その長い舌で頬を舐めた。

理子の流した涙を舐めとるように。


え?


突然の行動に目を白黒させる理子の目の前で、血糊でべったりと張り付いている毛がふわっと浮き上がった――ように見えた。


え?


“なっ、マズイ”

“どうして”


先程まで優位に立って、理子達を眺めていた彼らが、突然慌て出す。


『ヴヴヴゥッ』

“させない”


唸り声に被せるように、男の子の身体からもわっとした瘴気が吹き出す。


『ガウッ』


だが、黒い犬の一吠えで直ぐ様霧散する。


(スゴイ)


“お姉ちゃん!”


そのままの勢いで、彼らに飛び掛かろうとした黒い犬の前に女生徒が飛び出す。だが、黒い犬は躊躇することなく彼女を引き裂いた。


虚ろだった目を見開き、恐らく自分に何が起こったのか分からないままその姿がかき消されてしまった。


『ガルルルルル』


黒い犬は鼻の頭にシワを寄せ、相手を見据えながら鋭い牙を剥き――


『グオオオーーンッ』


と、腹に響く重厚な声で吠えた。

その声が辺りに響き渡ると共に、どこかでピシリピシリとひび割れるような音が共鳴し合い、パリンッとガラスが割れる音が響いた。

一瞬、視界が歪む。


バンッ!


「ひっ?!」


今度は何事?!と、音が聞こえた場所へと目を向ければ、壊れるんじゃないかって勢いで扉が開き、理一と翔太が飛び込んできた。


「理子、大丈夫か?」

「リコちゃん大丈夫?」

「……理一…翔兄…」


理子は二人の顔を見た途端、安心したのか、腰を抜かしへなへなとその場に座り込んだ。


“ヤバい”

“逃げろ”


「逃すかよ」

「黒狼さん、リコちゃんをよろしく」

『ガウッ』

「……こくろー?」


理子が首を傾げ見上げると、黒狼と呼ばれた黒い犬が、チラリとだけ視線を寄越し、興味をなくしたとばかりにその場に伏せると大きな欠伸を一つして目を閉じた。


ーー寝ちゃった……?


スピスピと鼻を鳴らすその仕草に理子は脱力する。

耳が忙しなく動き音を拾っている様子に警戒を怠ってはいないのだと分かると、直ぐに気を引き締めるが、傷口に障らぬようそっと身を寄せて――その暖かさにホッと息を吐いた。


まるでコトが終わったかのように寛ぐ理子の目の前では、未だ緊迫した状態だ。

形勢が不利だと判断したのか、慌てて逃げようとする二人に、翔太は素早く印を結び結界を張る。拘束され、動けなくなった二人に、理一が呪言を唱え、相楽家に代々伝わる刀《白峯》を抜いた。

白い持ち手に白刃に輝く刀身。祓いの気を持つ相楽の者にしか扱えない白峯は、理一の力を吸収し更に怪しく煌めいた。


『魔を祓い邪を滅す』


力ある言をのせて、理一が白峯を一閃すると、


“ぎゃああああああ”


耳をつんざく甲高い悲鳴を上げて、彼らは消滅した。眩い閃光が消えたあとには、彼らが居た痕跡すら残っていなかった。


あの苦労はなんだったんだってくらい呆気なく終わりをつげたのだった。







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