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理子の長い夜  作者: みる
3/6

璃子 3

『理子』

「分かってるわよ」


深呼吸を一つして、理子は意を決したように顔を上げた。

少し震える足を前に出す。動きがぎこちないが、それを見て揶揄い笑う男はここには居ない。

怖いものは怖いのだ。仕方ないと諦める。


“うううぅっ”


「…ッ?!」


地の底から響くような声に、理子は叫び出しそうになった口を咄嗟に手で押さえた。


これ以上、人成らざるものを刺激する訳にはいかない。

ただでさえ、大きな音を立てて、煽るような真似をしてしまった。

さっきの自分の行動が悪手だったと自覚しているから尚のこと。


祓いの方法なんて知らない。祓う力もない。

噂の真偽を確認して、その後は理一達に引き継げばいい。

いくら理一が鬼畜野郎だって、そこまで無体な真似はしないはずだ。


なら……もう良いんじゃないだろうか。

()()()()()()()()のは確かなのだから。

そこから漂う匂いだって、それを証明している。


「り、理一」

『……』


呼び掛けの返答は、ザーザーというノイズ音。

これは本格的にマズイかと、慌てて扉に引き返そうとすれば、開いた時と同じ勢いで扉が音を立てて閉まった。閉まってしまった。


「そんな……」


やられた。油断した。

絶望的な気持ちで、それでも一縷の望みを抱き、勝手に閉まった扉へと手を掛ける。だが、難なく開いた扉はびくともしない。


“遊ぼ?”


点けたはずの電灯が一斉に消え、むっとするような濃厚な血の匂いと、()()が腐ったような充満する。


「うっ…」


ヤバイヤバイヤバイ。

頭の中でガンガンと警告音が鳴り響く。

どうしよう。どうしたらいい?目まぐるしく思考は巡るのに答えは見出せない。

いや、答えは既にある。

ただ、実行出来ないだけで。


「開いてよ!どうして開かないのよ!理一、翔兄!」


取り繕うことも出来なくなり、バンバンと扉を叩き、無理にでも開こうと窪んだ場所に手を掛けた。


“きゃはははははは”


馬鹿にするような甲高い笑い声にビクリと身体を震わす。

首の後ろがチリチリする。背筋に悪寒めいたものが走り身を竦めた。


ヌルリ


あり得ない手の感触に、強張った表情のまま下を向けば、そこには真っ赤に染まった自らの掌。

慌てて手を引けば、さっき自分が叩いて響かせた音よりも、何倍もの大きさの音と共に、小さな子供の手形が一斉に扉へと叩き付けられた。


「ッ!!」


気を失わなかった自分を呪えばいいのか、誉めればいいのか分からないまま、後ろへと後退る。

手からポタポタと流れ落ちる雫が、床に丸い跡を付ける。

気持ち悪くて乱暴に振り払った。


“ねえ、おいでよ”

“ほら、楽しいよ”

“あははははは”

“きゃはははは”


愉しげな笑い声からは、そこはかとなくなく悪意が混じっていて。


“ぎゃははははははは”


一際大きな笑い声に振り返れば、暗いトイレ内で更に濃い闇を抱えた場所に、白い輪郭が二つ浮かび上がってきた。


たぶん、この子達が今回の元凶。


“お姉ちゃんも一緒に遊ぼ”

“ほら、お友達も居るよ?”


小さな手が指さす場所を振り返れば、そこにはこの学校の制服を着た少女が虚な目をして立っていた。

顔は殴られたのか腫れ上がり、髪はボサボサ。制服は引き裂かれ乱されている。

彼女の身に何があったのか、一目瞭然な有様だった。


――亡くなった人は居ないって、んだよね?それとも、今回のこととは別なの?


“ねえ、お姉ちゃんもおいでよ”

“お友達は多い方が楽しいよ?”

“今なら()()()()寝てるから一緒に遊べるよ?”


気が付けば、小さな白い影は10歳ほどの子供の姿を取り、理子の目の前まで来ていた。


「…あいつ?あいつって誰?」


“あいつはあいつだよ”

“いつも私たちの邪魔をするの”

“でも、最近あいつの力が弱まってきたから僕たち動けるようになったんだ”

“あのお姉ちゃんのおかげなの”

“ねー”


本当はねと、内緒話をするかのように声を潜める。


“あのお姉ちゃんを酷い目に遭わせた人たちを連れて行こうと思ったんだ”

“でも、失敗しちゃったの”

“誰もここに来てくれなくなったから寂しかった”

“今度は失敗しない”

“もう、誰でもイインダ”

“お友達は…オオイホウガイイモンネ”

“イッショニ…アソボ”


スッと滑り込むように握られた手が異様に冷たくて、咄嗟にその手を振り払った。


“ヒドイヤ”

“ヒドイ”


クリクリっとした目が落ち窪み、笑みを称えていた口が大きく裂けていく。

皮膚はドス黒く変色し、爛れていく。

クスクスと笑う声がやがてケタケタに変わり、恐怖に目を見開く理子の前で、愛らしい顔をしていたはずの子供達は、見るも無惨な姿へと様変わりしたと共に、漂う彼ら独特の匂いも酷くなった。




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