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理子の長い夜  作者: みる
2/6

理子 2

『――で?今どの辺りだ』


何事もなかったかのような理一の問いに「二階、トイレ前」と、返事を返す。


『着いたんならとっとと入れ。トロトロしてんじゃねえよ』


(あんたが所構わず盛るからでしょ)


「……分かってるわよ」


理不尽な言葉に舌打ちしそうになるのを必死に堪え、眉間に寄る皺を、理子は自分の指で伸ばした。


理一相手に怒ったら負け。いつものこと。平常心平常心と、心を宥めながら。


『中に入ったか?』

「まだ」

『愚図。鈍間。早くしろ』

「……」


(いつか殺す)


理子は扉に付いている取手を、怒りに震える手で握り、力任せにスライドする。

ガンッと、大きな音を立てて扉が開いた。


『バカな女だ』

『リコ、あんまり刺激しちゃダメだよ』


理一がふんと鼻で笑い、翔太が案じる声を上げた。

怒りが恐怖を凌駕して、躊躇せずに扉を開けられたのは僥倖だ。

ここでグダグダして時間を掛けてしまった日には、理一に何を言われるか分かったもんじゃないのだから。


(嫌だなぁ)


いつまでも怒りは持続しない。ましてや、トイレ内には嫌な気配と()()が漂う。


これは()()()でしょうと、眉尻を下げた。

トイレの中の構造は、どこの学校も代わり映えはない。

若干大きさが違ったりはするが、それ以外は似たり寄ったりだろう。

特別棟にある女子トイレも、洗面台が三つに個室が五つ。掃除用具入れが一つと、ありふれた造りをしている。


違いがあるとすれば、トイレ内に漂う如何にもな空気。()()()()()()()と、五つある個室の右端の扉にある《立ち入り禁止》の張り紙だろう。


『中に入ったか』

「まだ」

『まだ?!まだって言ったか?あれだけ激しい音を立てて自己主張をしておいて、まだってか!おいおい、俺たちはそんなに暇じゃないんだ。さっさと片付けろ。呑気にもほどがあるぞ?少しは時間を有効に使えよ』

「うるさい。そんなに言うんだったら、理一が来れば良かったでしょ?大体、私はイヤだって言ったよね?鼻と目と耳が良いだけで、なんの力もないから役に立たないって。しかも、昔っから怖い目に遭わされたり、殺されかけたりして、トラウマなんだって、泣いて嫌がる私を無理矢理連れて来て、ジャンケンさせて一人っきりにしたのは理一だよね!勝手なことばっか言ってんじゃないわよ!」


とうとう我慢が限界にきた。理子は勝手ばかり言う理一を怒鳴り付けた。

力を持つ理一には分からない。

怯えて縮こまることしか出来なかった私の気持ちなんて。


理子は小さい頃から、視たり聞いたりするこの力のせいで、良く霊的なものに揶揄われたり悪戯されていた。

寂しいからって理由で連れて行かれそうになったり、救いを求めて寄ってきた魂に失望され、理不尽な怒りをぶつけられた挙句、殺されそうになったことも一度や二度じゃない。


しかも、そのせいで常に怯える理子に周りの目は冷たかった。

友達なんて一人も出来なかった。彼氏なんて夢のまた夢だ。

生まれてこの方20年。自分の置かれている状況と上手く向き合えるようになったのは、ここ数年のことだ。

通えなかった高校は、卒業資格を取るために夜間に通っていた。本当に漸く前向きに考えられるようになったのだ。

自分の人生を狂わせた霊的存在に、出来れば極力関わり合いになりたくないと思うのは自然なことだ。


それを――――、


泣いて嫌がる理子を宥め、脅し、無理矢理引きずって来た挙句、じゃんけんを強要し無常にも『行ってこい』と追い出したのは理一だ。


確かに負けた。負けたけど――ギリギリと悔しくて歯軋りしてしまうのは仕方ない。

あの時、パーを出せば――せめてグーならばと、詮ないことを考え落ち込む。


『言いたいことはそれだけか』


昔は、それでもまだ可愛げのあった双子の兄が冷たく、


『――行け』


と言い放った。容赦のないその声音に「分かってるわよ」と、返す。


『リコちゃん。怖いなら無理しなくていいよ?僕、行こうか?』


優しい従兄弟の言葉にささくれ立った心が温まる。


『甘やかすな翔太。お前が甘やかしていいのは俺だけだ』

『理一……バカ』


(や〜め〜ろ〜?!)


一瞬の間に甘い雰囲気が漂い始めた向こう側。聞きたくないとばかりに、イヤホンを外し遠い目をしてしまう。


爆ぜろ。






***






特別棟二階にある女子トイレ。一番右端にある個室は絶対に使ってはいけない。


そんな噂が学校内で囁かれ始めたのは約半年ほど前。

――いや、学校七不思議として古くから噂はあった。

所謂、どの学校にもあるアレだ。


一番有名なのは、トイレの花子さん。アニメや映画にもなっているから、老若男女知らない者はいないだろう。

ここのトイレも、最初は花子さんで知れ渡っていた。ノック3回して声を掛けると返事が返ってくる――と言われるものだ。


その話が少し変質して、周りに噂として知られるようになったのが半年前。

花子さんがケモ耳を付けた少年に変わり(花男さん?)トイレの中からは、子供の笑い声や泣き声が聞こえるようになった、と。


その他にも、女生徒が一人行方不明になった(でもこれは、ひと月前に繁華街を歩く少女を発見、保護された)

トイレに引き摺り込まれそうになった生徒もいる。抵抗して事なきを得たが、怪我を負わされた女生徒は今も尚、怯えて家から出られない。


声を聞く、姿を見るに加えて、実質の被害も出始めたとあって、保護者に叩かれた学校側から家に依頼が入ったのが、一昨日。


昨日と今日の二日の間に、学校内で聞き込みを終えた理一と翔太は、夜間の学校から帰って来た理子を無理矢理引き摺って、学校に訪れたのだった。





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