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【短編】共感覚持ちの高嶺の花が「君の声の風景が綺麗」って理由で僕に付きまとってくるんです……!

作者: ブルマ提督

「こんばんは、今日もお疲れ様です。最近寒くなってきましたね」


 僕のラジオは、その言葉から始まる。


 放課後、自宅にある二階の部屋が僕のスタジオだ。家族が帰ってくる少しの間だけ、僕はラジオ番組を始める。カバンを置いてスマホにイヤホンを差して動画投稿アプリを開いて、生配信開始ボタンを押す。その間に、部屋の暖房を入れる。外よりは暖かいけれど、やっぱり暖房を入れないと寒いなぁ。そんなことを思いながら、かじかむ手を温めようと息をはーっとかける。


 決まりのあいさつをすると、何人かがコメントをしてくれた。


『すのーさんこんばんはー』


『すのーくんもおつかれ』


「ありがとうございます。僕は今日小テストがあったので、少し疲れました」


 すのー。それが僕のもう一つの名前。僕の苗字でもある、雪野から取ってすのー。何のひねりもないし、平凡だけどだからこそぼくらしいとは思う。


 雪野輝、なんてカッコイイ名前だけどカッコいいのは名前だけ。勉強が得意でも運動が得意でもないどこにでもいる男子高校生だとは思う。違うのは、誰にも内緒で動画投稿サイトでラジオのパーソナリティをやっていることだ。


『すのーくん、テストだったですか? 私もです』


「Mさんもテストだったんですね。お疲れ様です。小テストって小って名前が付く割には難しいこと多いですよね」


 Mさんはこのラジオの常連だった。この人の他にも何人か常連がいる。


『すのー、頭いいの?』


「全く。大体真ん中くらいですよ」


 特別なことは何も話さない。ただ、今日あったことをしゃべるだけ。ただ、始めたころよりは人が増えてきた。


「もう少しで卒業なので、先生たちが色々言ってくるですよ。勉強は大丈夫なんか?とか」


『あるあるw』


『わかるw親も言ってくるわwww』


『俺、就職組だから受験とは関係ないもんね(なお就活』


「就活大変じゃないですか?」


『大変wwまぁ、一応内定貰っているから楽だけど』


「おめでとうございます。僕は……。普通に大学進学です」


『ラジオの仕事とかしないの?』


「しないですよ。趣味で十分です」


 いろいろ喋ると、もう一時間くらいたっていた。あ、家族が帰ってくる時間だ。


「そろそろ、終わりにします。また明日もラジオをするので、また来てください」


『おつかれー』


『おつおつ。すのーもがんばってな』


「はい。お疲れ様でした」


 そういいながら、配信停止ボタンを押す。止まったことを確認してふーっとため息をつく。ラジオをするのは毎回緊張する。退屈じゃないかとか話についてきてくれているかなと考える。


 玄関の方からドアを開ける音が聞こえてきた。どうやら妹が帰ってきたようだ。危ない危ない。


 制服から部屋着に服を変える。そのままベッドにダイブして明日の学校のことについて考える。


 (明日は……。あ、僕が当たる番だ)


 授業で当たるところがあるんだった。一応、復習しておこう。とベッドから起き上がり椅子に座り机に向き合う。


 放課後、学校から帰ってラジオ配信をする。高校三年間で気が付いたら習慣化したものだ。


 復習をしつつさっきの配信を振り返る。


「ラジオの仕事……か」


 そういえば、昔一回だけあった子から言われたなぁ。声が綺麗だから、もっとお話ししてって。


 小さいときに公園でそんなことを女の子に言われた。褒められたの嬉しくてずっと話をしてたっけ。


「あの子……。元気かなぁ」


 たった一回だけだったから顔も覚えていない。また逢えたらいいなぁ。






「うー、さむい……」


 寒さから顔を守るようにマフラーに顔を埋めながら学校に向かう。


 靴箱で靴を履き替えて自分の教室があるクラスまで階段で上がっていく。すると、僕が入る教室の外に人がたくさんいた。その人波の合間から中を見てみると、僕の席に誰かいた。誰だろうと思い沢山の人をかき分けて近づいていくと、誰だかすぐに分かった。


「君、雪野輝くんだっけ? ちょっと付き合ってくれる?」


 ショートボブの黒髪に勝気な印象を与えるツリ目の彼女。そんなとても美人な生徒が僕に話しかけてきた。


 加藤真琴さん。誰ともつるまずいつも一人で過ごしている彼女は、いわば高嶺の花だ。


 いきなり話しかけてこられて、ちょっとどもりながらも答える。


「えっと……。加藤真琴さんでしたよね?どうしたの?」


「ちょっと話があるんだけど……。ここだと、あたしが混乱するから静かな場所に行きましょう」


 そう言って僕の腕を引っ張ってぐいぐいとどこかに引っ張っていこうとしている。周りは悲鳴を上げながらも、道を開けていく。


 な、なんだろ。高嶺の花と言われている彼女が一体僕に何の用だろう。


「加藤さんが男と……!?」


「あの男誰だよ……。うらやましい」


「うわ……。あの男子かわいそー。加藤さんさ、確か裏でヤバいことやってるとか言われてなかった?」


「あるある。何されるんだろ……。お金とか?」


「加藤さん、ちょー不機嫌じゃん。何かあったのかな」


 顔が見えないからどんな表情をしているかわからないし、何より僕は彼女と何の接点もない。


 屋上に向かう間、周りの生徒は好き勝手なことを僕らに言ってきた。けれど、加藤さんはそれをすべて無視して、どんどん進んでいく。






 屋上のドアを彼女が開ける。体に突き刺さるような冷たい風が吹いていた。


 寒いし屋上には出ないかな?と思ったけど、そんな場所に構わず外へと連れ出され、そこで彼女はようやく僕の腕を離した。そして僕に向き合う。


 ジーっと僕を見つめてくるからか、なんか気まずい。誰かに見られたことなんてあんまりないから、ちょっと緊張する。


 サラサラの髪につやつやの唇。切れ長の目が僕を離そうとしない。どこを見ればいいのかわからずに、目が右に左にと動いてしまう。彼女の瞳に映っている僕の顔はとても不安そうな顔をしている。


 てか、近い!ど、どうしよう!でも、離れようにも足が固まって動けない……!僕はパニックになり、どうしたらいいのかわからなくなった。


 少し時間が経った後、不意に彼女が口を開いた。


「君さ、なんかラジオとかやってない?」


「……え?」


 突然そんなことを言われて、僕はドキッとした。別に変なことをしているわけではない。けれど、あまりばれたくないから誰にも言わないようにしていたのに。


「な、なんでそんなことを聞くの?」


 もしかして、それをネタに強請るとか?そんなことをするような人じゃないとは思うけど、誰もいない屋上に連れてこられたんだからもしかしたらその可能性もあるかもしれない。


 さっき女生徒が言っていたことを思い出す。


『裏でヤバいことやってる』


 背筋が冬の寒さとはまた別の意味で寒くなってくる。思わず目を閉じてしまった。


 いつでも逃げられるようにと足に力を入れる。怖くて目を閉じていたから加藤さんが何をしているかわからない。恐る恐る目を開けると、彼女は僕から少し離れて眼を閉じていた。


「……えっと、加藤さん?」


「うん……。やっぱり……」


「あの……」


「君さ、共感覚って知ってる?」


「え?」


 目を開けた加藤さんが急にそんなことを聞いてきた。共感覚?聞いたことはあるけど、あんまり興味が無かったからか記憶がない。


 僕が回答に困っておろおろしてしていると、彼女はそんな俺の様子を気遣ったのかわからないが勝手に話し始めた。


「共感覚ってのはね、例えば文字を見ると音が流れてきたりとか。感覚を二つ以上使うことだよ」


「そ、そうなんですか?」


「あ、いまいちわかってないな? 君の周りにいなかった? 音を聞くと色が見えたりする人とか」


「そういえば、いたような」


 ええと……。確かラジオをし始めたときに何人かのリスナーさんたちがそんなことを言っていた……ような。聞いたことあるけど、どこで聞いたか記憶があいまいだ。


 でも、それと僕にどんな関係があるんだろう。


「いた? あたしはね、その共感覚なの。声を聴くと風景が見えるの」


「そ、そうなの?」


「……うん。で、人がいっぱいの場所で声を聴くと、その風景がごっちゃになって疲れちゃうんだ。だから、ここに君を呼んだの」


「な、なるほど?」


 つまりは、静かな場所で話をしたかったということなんだろうか?なら、はっきり言えばいいのに。


「……それについてはいいや。……君、やっぱりラジオとかやってるよね?」


「さっきも言ってたけど、なんで僕だって思ったの?」


 あのラジオで僕は個人情報を出していない。まず、僕は彼女と話をしたことがないはずなのに。


 そう、疑問を投げかけると加藤さんは楽しそうに答えた。


「あたしがいつも聞いているネットラジオの配信者の声と風景がね、君と一致するんだ。雪野輝くん。えっと……。すのーさんって言った方がいい?」


「え!? あの」


 図星をつかれて思ったより大きな声が出てしまった。加藤さんは勝ち誇ったかのような笑顔を僕に向けていた。


 いや、でもそんな。たまたまじゃないか?と思い、慌ててどもりながらも反論した。


「す、すのーって人はたくさんいると思うんだけど」


「昨日小テストだったよね。あたしも小テストだったんだ」


「え、あ……」


 そこで、思い出す。確かに昨日小テストをやった。そしてそれをラジオで言った。待って?確かあの時同じ小テストをやったって人がいたはず。


「Mさん……?」


「うん。そうだよ。君のファン第一号のMさんこと、加藤真琴だよ」


 Mさんもとい加藤さんは、冬の青空をバックにさわやかな笑顔でそう答えた。




 そのあと、予鈴がなったからあまり話はできなかった。ただ、去り際に彼女が。


「今日のお昼。ここに集合ね」


 と言ってくれた。女子と待ち合わせするのなんて初めてで、授業中も上の空だった。先生に注意されたけど、それすら半分も聞いていなかった。


 お昼になり、お弁当をもって屋上へと向かう。そういえばと、さっき言われたことを考えていた。


「第一号ってことは……。一番最初の時かなぁ」


 廊下を歩いて、屋上へと続く階段を上がる。


 前の放送は恥ずかしくてアーカイブを消してしまったから、もう確認はできない。ただ、僕の記憶が正しければMさんは初期からずっと僕のラジオを聞きに来てくれていた。


 (まさか、加藤さんだとは思わなかったけど)


 改めて加藤さんの姿を思い描く。


 宵闇を映したみたいにきれいなショートボブ。


 切れ長な瞳。


 色素が少し薄いけどつやつやな唇。


 ……うん、なんであんな綺麗な人が僕に声をかけたんだろう。しかも、僕のラジオを聞いていたなんて。


 そういえば、加藤さんは誰もが憧れる美人な人だけど、悪いうわさもある。恐喝もしているとか、大人の人と遊んでいるとか。


「あんまりそうは見えないけどなぁ」


「どうしたの? 雪野くん」


「わぁ!? 加藤さん!?」


 屋上へとつながるドアノブに手をかけたとき、いきなり後ろから声をかけられた。ドアノブから手を離して振り返ると、加藤さんが楽しそうに笑っていた。


「その声色もいいね。心地いい」


「い、いきなり声をかけてこないでよ! びっくりしたぁ……」


「ごめんごめん。じゃあ、屋上に行こうか」


 そのままお弁当を持つ手とは逆の僕の手を握って、加藤さんはドアノブに手をかけた。


 ぎぃとさび付いた音と共にドアが開いた。さっきよりは少し暖かい風が入ってくる。加藤さんは屋上へと足を進めた。今朝と同じように、でも少し優しく僕を引っ張ってくれる。それにつられて、僕も屋上へと足を進めた。


「やっぱり、いいね。あぁ、少し寒いかな」


「いつもここで食べてるの?」


「うん。ここか、別のところ。もしくはイヤホンして一人で食べてるよ」


「そ、そうなんだ」


「あ、寂しいとか思ったでしょ?」


「お、おもってないよ!」


 ごめん、少しだけ思ってしまいました。


 加藤さんはケラケラと楽しそうに笑った。そのあと、ドアとは真逆のフェンス近くに腰を下ろした。背伸びをして、リラックスしている。


「雪野くん、ほらこっち」


 隣のスペースをポンポンと叩いてくる。隣に座れってことだろうか?


「えっと、失礼します」


 さすがに緊張したから、そことは気持ち遠く座る。加藤さんがなんでー?ってにやにやと笑っているけど、僕は女の子とそこまで仲良くなったことはないからどうすればいいかわからない。


「まぁ、いいや。さっきも言ったけど、あたしがここに来るのは教室が苦手なだけ。……あー、間違えた。好きな声と嫌いな声がはっきり分かれてるんだ」


「朝も聞いたけど……。もう少し詳しく教えてほしいんだけど」


「いいよ。さっきも言ったけども、あたしさ、人の声が風景に見えるって言ったでしょ?雪野くんは風景っていうとどういうのを思う?」


 加藤さんは持ってきたコンビニ袋から出したパンをかじっている。


 食べながら、そんなことを問いかけてきた。風景……かぁ。


「夕焼けとか星空とか?」


「そうだよね。でも、綺麗な風景だけとは限らないじゃん。あたしの場合はそれが……。なんていうんだろう……。地獄みたいに見えるときもあるの」


「な、なんでそう見えるの?」


「んー、本人の気分?わからないけど、たまにそうなるんだー」


「た、大変じゃない?」


「うん。それに、今朝君を屋上に連れていくとき色々言われてたでしょ?」


「あの、お金がどうとか?」


「それそれ。君は信じていないとは思うけど、あれ全部嘘だから。あたし可愛いじゃん?だからやっかみ?なのかな」


 自分で自分を可愛いって言えるのはすごいなぁ。確かに加藤さんは可愛いから納得するけど。


 ……こう話してみると、あんまり怖いって印象はない。周りからは色々言われているけど、なんか普通の子だな。


 あ、ラジオについて聞いてみよ。お弁当をつつきながら、そのことについて聞いてみた。


「なんで、僕があのラジオをやっているってわかったの?」


「声だよ声。その風景が君と同じだったの」


「それはさっきも言ってたけど……。僕、君と話したことはないよ」


「そうだっけ?まぁ、その声の風景が綺麗だったから話しかけたの。なんかおかしいことある?」


「おかしいことだらけだよ……」


 説明はされたけど、やっぱりまだわからない。『すのー』と僕の声が一緒の風景だからって確信はないのに話しかけてきたのか……。外れてたらどうしたんだろう。


「ついでに、僕の声の風景ってどう見えるの?」


 それと同時にちょっと気になった。彼女には僕の声がどう見えているんだろうと。


 彼女は、持ってきたコンビニの袋に食べ終わったごみを片付けている。んーと口を少しとがらせて目を閉じて考えている。


 突然ぱちっと目を開けて、僕の方を見つめてくる。綺麗な人だなぁ、女の子とこんな近づいて話したのは初めて……。


『ゆきくん!』


「あれ……?」


「どうしたの?雪野くん」


 なんか、前にもこんなことがあったような気がしたけど……。なんだっけ。そういえば、今朝もこのくらい近い距離で話していたからそれかもしれない。


 加藤さんがジトっと見つめてきて、慌ててごまかす。


「い、いや、なんでもないっ」


「そっか。んー……君の声はねぇ、春の夜明けかなぁ。こう……暖かいけど少しきりっとしている感じ。もう少し細かく言うと、桜が咲いている街中を高い広場の上から見た感じ……かな」


 そう、恥ずかしそうに加藤さんが笑っていた。




 ~~~~~~~~~~~~~~




 それから加藤さんとはよく話すようになった。最初の頃はよく周りから色々言われたが、最近はあまり言われなくなった。


 冬休みに入る前。あと少しでクリスマス といったとき。屋上には雪が積もっていたから、教室で二人で食べるようになった。


 相変わらず、変な目で見られることはあるけど馴れた。というより、加藤さんがまったく気にしていないから僕も気づいたら気にしなくなった。


「あ、あたし引っ越すから」


「え!?……ごほっ」


 小声でそんなことを言ってきた。びっくりしすぎて、ごはんがのどに詰まった。咳をしていると加藤さんが背中をさすってくれた。


 その手の暖かさと柔らかさにドキドキしつつも、さっき言ったことについて問いただす。


「あ、ありがとう……。じゃなくて!引っ越し!?」


「うん。あ、でも学校は変わらないよ。というより、卒業まではこの学校だから」


「そ、そっか……」


「そのあとは県外に引っ越すんだ」


「そうなんだ……」


「まぁ、大学とかが同じだったらまた一緒だね」


 にっこりと加藤さんは笑う。最近、彼女が笑うことが増えてきたような気がする。まぁ、僕は照れてまっすぐ見つめることが出来ずに目をそらしているから多分……だけど。


 それより、加藤さんが言ったことを反芻する。大学……大学か……。一応受かった。けど……。


「もしかして、配信?」


「う、うん。続けるつもりではあるけど……」


 ラジオの生配信の他に動画作成もし始めた。加藤さんと会ったことがきっかけで共感覚とかほかの事にも興味がわいてきたからだ。


 それを自分なりに解釈して、動画にして話をする。それが最近伸びてきた。バズったんだ。


 加藤さんは、立ち上がり拳を上に突き上げながら叫んだ。


 時々教室にいる加藤さんを見るけれど、その時とは大違いだ。クラスでは静かだけど、僕の前ではずいぶんと表情が変わる。


「そっちで生きていこー!とかは思わない?」


「あ、あんまり……」


 両親がなんていうかわからない。母さんは僕が父みたいな普通の企業に勤めてほしいと言われた。父さんは……わからない。帰りが遅いし行くのも早いからあんまり話が出来ていない。


 僕自身は……。両方続けたいし、軌道に乗ったらラジオ一本でやりたい。でも、正直両立する自信がない。


「両方できるか……。自信がない」


「でも、今学校と両立できてるじゃない?」


「そうだけど……」


「難しい?仕事と両立している人もいるじゃん」


「僕は……。あの人たちとは違うから……」


「できるよ」


「な、なんでそんなことが言えるの」


「だって、雪野くんだから」


 自信満々と言った感じで僕を見つめる加藤さん。加藤さんはいいな、自信があって。僕にはそれがない。


「無理だよ……」


 どうしても、その顔が見れずに自分の顔を手で覆ってしまう。


 加藤さんがどういう顔をしていたかは、わからない。


 そのあと、チャイムが鳴って無言でクラスに戻った。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~





 冬休みに入り、配信を増やそうと思った。けれど、どうしても今までのようにできなかった。


 母さんから言われた。『そんな遊び、もうやめなさい』


 そうだ、昔僕はしゃべるのが大好きだった。テープに録音してそれを家族に聞かせてたりした。ただ、いつからか母さんが辞めるように言ってきた。


 一旦はやめたが、動画投稿サイトでラジオを始めた。それが見つかってやめるよう言われた。


 母さんが言いたいことはわかる。ただ、趣味だからやっていいじゃないかと反論はした。ただ、言われたのが。


『あなたは普通の人なの。そういうことをやっている人は才能がある人なの。普通に就職した方が幸せよ』


 まるで、それが最善策というように僕を見て言った。


 悔しかった。確かに才能はないかもしれない。けど、趣味だからそんなの関係ない。僕はきちんと大学に行って就職するって言えばよかった。


 言えなかったのは、本気でそれをやってみようと思ったからだ。


 動画を上げられない間、SNSに応援コメントが届いていた。それを見て、僕にも何かできるかもと思った。


 だから、せめて大学四年間で学業の傍らやってみようと思っていた。


「才能がないなんて……。僕が一番知っている」


 ベッドに横になりながら、ぽつりとつぶやく。生配信も大分していない。どうしてもやろうと思えなかった。


 母さんの言葉で全てそぎ取られたような気がしてしまった。


 手持無沙汰にスマホを見る。


 加藤さんとは、あの後から話をしていない。


 一応、連絡先は交換したけど連絡も何もしていないし何も来ない。


 と、思っていたら突然スマホが鳴り出した。


「うわああ!?……加藤さん?」


 着信者の欄には加藤さんの名前。急いで電話に出る。


「も、もしもし」


『あ、雪野くん?今暇?』


「暇って……暇……だけど」


『よかったー。なら、今から公園集合ね!』


「え!?なんで!?」


 あまりに突拍子もないことで、ベッドから飛び起きる。


『いいから、じゃあね!』


「あ、加藤さん!?」


 ぴっと電話が切れた。公園……。この街の公園……。あ!あそこか。僕が小さいころに遊んでいた公園。この街には公園が1つしかない。だから、彼女が言っているのはあの公園しかない。


 ……仕方ない、行こう。何をしたいかわからないけど、とりあえず公園に行く用意をしよう。


 母さんに一声かけて玄関へ。ドアが開いたと思ったら、父さんが帰ってきた。


「あ、父さんおかえり」


「ただいま」


 挨拶だけ交わして、外に出る。出る直前に父さんに声をかけられ、振り向く。


「輝」


「何?」


「……。母さんからお前の話を聞いた」


「そっ、か」


 どうやら、母さんは父さんにも話をしていたらしい。父さんも反対するのかな……。と身構えていた。


「……好きにやりなさい」


「……え?」


 何を言われたかわからなかった。なに?父さん。


 父さんは僕の方を振り返って、目を見てもう一回言った。


「好きにやりなさい。成人したらお前の自由だ」


「う……うん!行ってきます!」


 暗い気持ちが少しなくなった。父さんは応援しているとも言っていない。でも、反対するとも言っていない。


 僕の自由にやっていいとだけ言ってくれた。


 それだけで、十分だった。


 外は、すでに夕方から夜になりそうな空模様だった。急いでいかなくちゃ。




「あ、雪野くん。遅いよ」


 公園入り口前で手を振る加藤さん。コートに赤いチェックのマフラーを巻いている。私服を始めてみるけど、私服でも加藤さんは可愛いなぁと思う。


「ごめんね。で、なんで連絡してくれたの?」


「だって、配信も動画も何も上げないんだもの。何かあった?」


「うん……。母さんにやめろって言われてさ」


 さっきまでのことを加藤さんに全て吐き出した。加藤さんはまじめな顔をして聞いてくれている。


「なるほど……。で、雪野くんはどうなの?」


「僕……。なんとか両立しようかなって」


 ここに来るまで考えていた。やろうかどうか。でも、父さんは自由にやっていいと言ってくれて、僕を応援してくれている人もいる。


 それに、僕自身やりたいと思った。


「そっか……。よかったー。配信とか何もしなくなったからどうしようって思ったの」


「ご、ごめんね……。あと、もう一つ理由があるんだ」


「何々?あ、その前に何か飲み物買っていい?」


「うん。あ、僕出すよ」


「飲み物買うお金くらい持ってるよー」


「いや、お礼の気持ちもあるから奢らせて」


「……なら、いいよ」


 にんまりとした顔で僕の顔を覗き込む加藤さんが可愛い。


 自販機でココアとコーヒーを買って加藤さんに渡す。それを飲みつつも、さっき言いかけたことを言う。


「もう一つ理由があって。昔、この公園で一回だけ会った子に言われたんだよ『声が綺麗、もっとお話しして』って。ラジオをやろうって思ったのも、その子が言ってくれたことがずっと印象に残っていて」


「そ、そうなんだ」


 加藤さんが落ち着かなさそうに足をぶらぶらさせたり、中身を飲み干した缶をしきりに両手で触ったりしている。どうしたんだろ。


「どうしたの?」


「あー、あのね?雪野くん覚えていない?私の事?」


「加藤さん?」


「……それ、あたしだよ?」


「え?」


 ちょっと恥ずかしそうにうつむきながら、ぼそっと加藤さんが話した。


 え!?どういうこと!?


「え、あの。え?」


「だから!その子があたしなの!ゆきくんって言えばわかる?」


「あ、あぁ!」


 そうだ、当時は苗字から周りに『ゆきくん』って言われてたんだ。だから、小さいときも自己紹介とかは『ゆきくんって呼んでください!』って言っていた。


 というか、僕なんで気づかなかったんだ?そして、なんで加藤さんは覚えていたんだ?


 加藤さんは、そんな混乱している僕を見て楽しそうに笑っていた。


「だから、言ったでしょ?あたしは君のファン第一号なんだって」






 ~~~~~~~~~~~~~




「で、そのあとはもう一回すのーとして活動し始めたんです」


『はえー』


『おつおつ。なかなかいいストーリーだった。で釣り針は?』


「釣りじゃなくて本当ですよ」


 笑いながらも答える。コメントは『これで釣りだったら俺の純情返して』『そのあと彼女とはどうなったの?』と盛り上がっている。


 あの後、加藤さんから告白をされた。ちょっと戸惑ったけど、嫌じゃなかったし気づいたら加藤さんのことを好きになっていたから付き合った。


 ラジオ配信はいったん休止を挟んで、大学に上がったときに再開した。


 今は仕事をしながら、配信活動も続けている。


 これ一本で食べていくことは無理だけど。それでも、いろんな人が見に来るし案件も何件かいただいたから自信につながってはいる。多分。


 加藤さんとはまだお付き合いをしている。同棲をする予定でその作業でまた少し配信を休止するかもしれない。でも、これは言わなくてもいいか。


「じゃ、また……。えっと少しだけ休止するので来週末くらいに配信します」


『おっつー仕事がんばってなー』


『おつでした』


 配信停止ボタンを押す。後ろを振り返ると、加藤さんがコーヒーをもってきてくれていた。


「ゆきくんお疲れさま」


「ありがとう……。真琴さん」


「敬語は外れたけど、さん付けはまだ外れないんだね」


 からからと笑いながらコーヒーに口をつける真琴さん。


「で、配信はどうですか?すのーさん?」


「からかわないでよ……!」


「ごめんごめん。で、どこの部屋に見に行く?」


 コーヒーをテーブルに置きながら楽しそうに話をする真琴さん。


「そうだね……。ならあっちの部屋を見に行かない?日当たりがいいはずだから」



読んでいただいて、ありがとうございます

面白かったり楽しかったら、いいねとブクマをよろしくお願いします!




また、短編版と書いてある通り現在こちらの長編も書いております。出来次第、活動報告やツイッターで報告します。

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