一章【魔法使いになる】〜0話 チュートリアル〜
マギ・オンライン
半年ほど前に正式サービスが始まった、人気沸騰中のフルダイブ型オンラインゲームである。
リアル志向で作られ、痛覚や疲れまでも体感出来るそれは、異世界転生を夢見たゲーマー達の心を掴むのに時間は掛からなかった。
何よりも人気の理由となったのは、ゲーム内では約24倍の体感時間で進むため、1時間で丸1日分遊ぶことが出来ることだ。
なお、ゲームタイトルでもある魔法使いは不人気の職業だった…
ガキン、と鈍い金属音が響く
「グ、ぉぉぉおお!」
3メートルほどある巨体から放たれた拳を、筋骨隆々の男が頭を光せ、大盾で受け止める。
タンクを務めるハゲのおっさん、ダグさん。
左手に携えた、太いランスを振り回す余裕は無さそうだ。
対する相手は、ミノタウロスと呼ばれる牛顔のモンスターで、巨大な身体からは想像出来ないほど素早く、そして重い打撃を繰り出している。
…先程からワクワクが止まらない。
「ナイス、ダグ!そのまま耐えてくれ!」
赤いショートヘアの男が、両手それぞれに持った剣に炎を纏わせ、ミノタウロスの僅かな隙に切り込んでいく。
斬撃が届かない合間には、炎の弾を織り交ぜて牽制する、魔法剣士タイプのライアン。
パーティリーダーを務め、このゲームに誘ってくれたネットフレンドでもある。
…俺は今、異世界に生きているんだ…!
「どっっせぇぇええい!!」
と、女性らしからぬ雄叫びを上げ、ライアンが作った隙に大斧を叩き込む彼女はメリーさん。
ダグとは違う引き締まった筋肉で、一撃離脱を繰り返し、着実にダメージを稼いでいる。
本人曰く、アタッカーだそうだ。
(メリーさん、バーサーカーって言ったら怒るって言ってたけど…)
思ったままの感想を、誰にでもなくそっと呟く。
「本人には気取られないようにな」
突然の隣からの声にビクッとする。
「あっ、すみません。今のは内緒にしといてください」
腰まで伸ばした長い栗毛髪の彼は、尖った耳を持つ美形顔のギルさん。エルフ族をモチーフにしたそうだ。
前線で戦う三人より後方であるこの位置で、今の会話で苦笑しながらも、身長より一回り大きい弓を引き絞っている。
(…カッコいいなぁ)
彼の周りには光の粒子が浮き上がり、つがえる矢の先端へと収束していく。
狙う先には導線のように魔法陣が展開されていく。
「レールガン、スタンバイ!離れろ!」
ギルさんが前衛に向かって叫ぶ。
光の粒子が消え、展開された魔法陣も静かに回転している。
前衛の三人はそれぞれミノタウロスへと大技を放ち、大勢を崩したことを確認して距離を取る。
その際、「…ダサい」と聞こえるように言ったのは誰か、ギルさんを横目で見るとコメカミがピクリと動いている。
聞こえなかった事にしよう。
「穿て!レールガン!」
彼が放ったそれは、轟音を立て、大きな光の奔流となり、ミノタウロスへと襲い掛かった。
(凄いな…!!)
決め台詞はさておき、隣でそれを見た俺は内心テンション爆上がりだ。
すぐに光が収まると、直撃したミノタウロスは色を失うようにドス黒い灰となり、サラサラと風に吹かれて少しずつ消えていく。
その中から、いくつかアイテムが顔を出していくのが遠目からでも見える。
今回の目的である、ミノタウロスのドロップ品だ。
「みんなお疲れ様!今回は中々手強かったな」
リーダーのライアンが双剣を仕舞う。
「あっしは潰されて死ぬかと思いやした。真正面から盾受けしたときの痺れ、まだ残ってる感覚ありやすぜ」
ゴロツキ風の口調で、手をブラブラと振りながらダグさんが答える。
「良かったじゃない?アンタ、ドMだからタンクやってんでしょ?」
メリーさんが、ダグさんへと絡んでゆく。
「メリーこそ、その気があるんじゃないですかい?なんだってそんな軽装で、避けにくそうな武器振り回す必要あんですか」
「アタシは避けるから良いのよ」
「一発、良いの貰って笑ってたじゃねえか」
「あれは効いたわね…」
メリーさんが、若干恍惚とした表情をしているのが気になるが…
「さて、討伐も完了したことだ。荷運び君の仕事をしてくれたまえ」
パーティメンバー各々の行動をボーッと眺めていると、ギルさんからポンッと肩を叩かれてハッとする。
そうだ、自分の仕事はまだ終わっていない。
「皆さんの戦利品、お任せ下さい!」
ギルさんにそう答え、背丈くらいあるバカでかい鞄を背負い直し、ミノタウロスのドロップ品へと向かう。
ミノタウロスとの戦闘中、俺は何をしていたかというと、何もしていなかった。
正確に言えば、補給品やいくらかのドロップ品を詰め込んだ鞄を背負っていた。それだけだ。
荷運び屋、荷物になる補給品やドロップ品を詰め込むバッグを運び、パーティにくっついていくだけの簡単なお仕事であり、初心者の足掛かりとしても人気がある。
このゲームを始めたのは数時間前(リアルはまだ数分?)なのだが、チュートリアル等は無い不親切設計で、着ている服だけで「お前は自由だ」とばかりに放り出される。
ちなみにこのゲームは、リアル志向のためかUIが存在せず、自分のレベルやステータスの確認は不可能。
アイテムやお金なども現物で所持する必要があり、果てはHPやMPの残りすら分からない。
ただ、痛覚や疲労で表現する仕様らしく、感覚的には分かるようになっている…らしい。まだ経験していないけど。
前置きはさておき、初心者はまずポーターとして金を稼ぎ、先輩プレイヤーから見て学び、方針を決めるまでがチュートリアルと言われている。
俺の場合、別ゲームで知り合ったライアンに誘われ、ポーターとして経験値を積むことになったのだが…
「ライアン、これ本当に俺が持ってくの?」
ミノタウロスの戦利品を前に、顔がひきつる。
ポーター用の鞄には、重量軽減の効果があるが…
「おう、それがポーターの仕事だからな!」
満面の笑顔で、「俺も経験したし、よろしく!」と言ってくるライアンに、軽い殺意が芽生えたことは覚えておこう。
逞しいダグの腕よりも一回りデカい角が2本と、人の頭ほどある丸い宝石が一つ、明らかに重いというか持ち上げるのも難しそうな両刃の斧を見て、ライアンパーティのポーターになったことを後悔していた。