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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
12. から騒ぎは程々に

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12-1

 アナスタシア・ガーランド=クルサード。彼女は帝国の第一皇女でありながら、男装の麗人として国中の女性を虜にしていた。

 もちろん誰かから強いられているわけでもなく、あくまで自主的な活動だと両手に花状態の本人は笑う。気まぐれに男装をしたら想像以上の反響を呼んでしまい、以降もこの格好で令嬢たちと戯れているだけだと。

 ──気まぐれに男装をしたら、という発言が飛び出た時点でサディアスの従妹であることを強く意識せざるを得ないのだが、リアは取り敢えず無難な相槌を打つ。


「はい、スターシェス様、あーん」


 成り行きでサロンの客間へと招待されたリアは、楽しそうに焼き菓子を食べさせ合うアナスタシアと令嬢たちを眺めていた。

 確かにアナスタシアは──サディアスと同じような「皇子」の格好を抜きにしても、背が高く顔の輪郭もほっそりとしていて、男性的な雰囲気を纏う人だ。……おまけに声もわざと低くしているから、初対面だと必ず性別を間違えるだろう。

 曰く剣術の才にも恵まれているがゆえに、スターシェスが女性であると知らない国民も少なからずいるとのこと。


「そうか、オーレリアは例の件で皇宮に来た子だったんだね」

「あっ、は、はい、そうです」

「例の件って何ですの? スターシェス様」


 これを内緒話と捉えたのか、令嬢の一人が頬を膨らませつつアナスタシアの腕を掴む。可愛い嫉妬にくすりと笑った皇女は、令嬢のリスのような頬をそっとつついた。


「すまないね、これは私とオーレリアだけの秘密なんだ。意地悪をしているわけじゃないんだよ? 許しておくれ」

「はぁうッ……」


 胸を撃ち抜かれた令嬢がソファに倒れた。今生に悔いなしと言わんばかりの表情である。

 しかし不必要にも「二人だけの秘密」だなんて言い方をされて、無駄にドキドキしてしまうのはリアも同じだった。


「さて、そういうわけで悪いが今日はお開きだ。皆、気を付けて帰るように。最近は何かと物騒だからね」

「はいっ、スターシェス様っ」


 元気よく返事をした令嬢たちがぞろぞろと退室したのち、アナスタシアは慈愛に満ちた笑顔を引き摺ったまま紅茶に口をつける。

 ──エドウィンと並ぶと絵になりそうね、この人。

 どちらも本来の性別に囚われぬ美しさを持っていることは勿論、二人が品よく談笑しているだけでファンクラブの令嬢たちは失神してしまうのではなかろうか。

 ついでにそこから二人で歌劇でも始めそうだと要らぬ想像力が働きかけたところで、アナスタシアが「オーレリア」と低めの声で呼びかける。


「はい!? な、何でしょう?」

「ふふ、そんなに見詰められたら照れてしまうよ。ゼルフォード卿から聞いた通り、君は可愛い人だね」

「っべ」


 不意打ちの発言に心臓が跳ね、リアは頓狂な声で応じてしまった。続けて頬に朱が走り、慌てて両手でそれを覆い隠す。

 ──まさかエドウィンがそんなこと言ったのかしら。いや、たまに「可愛い」って冗談っぽく言うけど……いやいや。

 柄にもなく乙女思考な自分に戸惑いながら、おずおずとアナスタシアを窺う。


「エ、エドウィンから私の話を?」

「ああ。精霊術師の元気なお嬢さんに助けられて、今も親しくしていると話していたよ。彼が女性と長く交流するなんて珍しいから、どんな子なのか気になっていてね」


 アナスタシアはソファに深く凭れると、長い脚をゆったりと組んだ。女性らしく控えめな動きで、されど完成された居住まいはまさしく男性のそれだった。


「ほら、彼はあの顔だから、昔からいろんな女の子に言い寄られたり組み敷かれたり」

「組み敷かれたり?」

「ああいや、今のは間違いだ。口説かれたりが日常茶飯事だったんだよ。ちょっとばかし過激な子に絡まれて、どうやって距離を開けるか真剣に悩んでいた時期もあったぐらいさ」


 ゆえに十代半ばに差し掛かる頃には、女性と関わる機会がめっきり減っていたそうな。

 異性にモテると言っても楽しいことばかりではないのだなと、リアは意外な気持ちで相槌を打つ。

 それに昔は亡き母君──エスター・アストリーの件で過敏になっていただろうし、人に囲まれること自体がエドウィンにとっては辛かったのかもしれない。

 そのとき胸の奥がきゅうと絞られ、菫色の瞳が無性に恋しくなる。意味もなく藍白の髪をわしゃわしゃと撫でたくなる衝動にも駆られたリアは、皇女の前であることを思い出してかぶりを振った。

 りん、と揺れた紫水晶の耳飾りに、アナスタシアの目が留まる。


「おや、その耳飾り……昔から着けているのかい?」

「え? い、いえ、これはエドウィンから成り行きで買ってもらったものです」


 この耳飾りは、精霊術師が創るアミュレットの主な材料──ジェムストーンを宝石商から購入する際に、エドウィンから贈られたものだ。何だかんだで毎日身に着けるようになった紫水晶の輝きに触れ、リアは未だ熱を持ったままの頬を拭う。

 彼女の些細な表情の変化を窺っていたアナスタシアは、やがてからかうような笑みで小首をかしげた。


「ふうん、成り行きか。……意外と露骨だな」

「露骨?」

「オーレリア、男は総じて縄張り意識の強い生き物さ。よく覚えておきなさい」


 一体何の話が始まったのかと混乱しつつも、リアは素直に頷いておく。彼女が縄張り争いをする獰猛な野生動物を思い浮かべていることなど露知らず、世間話を終えたアナスタシアが「さて」と話題を切り替えた。


「オーレリア、せっかくの縁だ。ちょっと私の頼みを聞いてくれないかな」

「へ……アナスタシア様の」

「こら、今はスターシェスだろう?」

「のわっ、な、何なりとスターシェス様」


 すかさず顎を引き寄せられてしまい、リアは裏返った声で訂正する。あやすような声音で「よろしい」と彼女を褒めたアナスタシアは、艶めいた瞼を一瞬だけ伏せると、唇の端を吊り上げたのだった。


「──惚れ薬とやらは作れるかい、オーレリア」



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