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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
11. 堕ちた赤獅子

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11-7

 モーセルの杖。それがバザロフの秘宝に授けられた名だった。

 名称の由来となったモーセルは、運命の女神ジスとはまた異なる神だという。どの書物にもはっきりとした記述が残されておらず未知の部分も多いが、キーシンの王家にはこんな言い伝えがあるそうだ。


「──(まが)が来る。大地に愛を、己に戒めを、神との決別を。心せよ、モーセルの覚悟を忘れるな」


 警告にも似た文言を手帳に書き留め、リアは意味を問うように視線を投げかけた。

 格子越しにペン先の動きを追っていたイヴァンは、やがて口伝の仔細を告げる。


「バザロフの遺跡には、大昔に禍と呼ばれた死霊が封印されてるらしい。あれが世に解き放たれれば最後、大陸は滅びへ向かうと聞いた」

「まが……。影の精霊のことかしら。それなら確かにいっぱいいたけど」

「俺はその辺りに詳しくないから分からんが……モーセルがそいつらを遺跡に封じたのは確かだ」


 影の精霊は恐らく、他とは違う性質ゆえに遺跡の奥深くに封じられてしまったのだろう。

 闇を好み、恐怖や憤怒など負の感情を尊ぶ彼らは、光に属する精霊たちから忌避されたのかもしれない。

 そう考えると少し可哀想な気もするが、モーセルが封印していなければ今頃、この大陸で影獣の呪いが頻発していた可能性は無きにしも非ず。


「禍を解放する以外キーシンに勝機はないと、ダグラスが俺の配下に吹き込んだようでな。精霊術師である自分なら杖も制御できるだろうと。……奴らは口車に乗せられて、俺から杖を奪って逃げていった」

「神聖時代の遺物なんて人間には使えないと思うけど……何考えてるのかしらね」


 ダグラスは禍を解放してキーシンを勝たせよう、なんてことはこれっぽちも考えていないだろう。彼にとってはキーシンが滅ぼうが和睦を受け入れようが、心底どうでもいいはずだ。

 それこそ初めからモーセルの杖を手中に納めることが目的で、イヴァンに近付き信頼関係を築いたのだろうし──。


「……お前も警戒しておけ。今思えば、キーシンに協力する見返りとして愛し子を要求してきたのも、杖の制御に利用するつもりだったのかもしれない」

「なるほど……え!? ちょっと嫌よそんな実験体!」

「俺に言うな」


 申し訳なさをほんの少しだけ滲ませながらも、イヴァンは投げやりにそう答えたのだった。


 ▽▽▽


 その後、面会時間が終わってしまったのでリアは聴取を一旦終えることに。護衛騎士の二人と共に牢屋を出ると、眩しい光が視界を眩ませる。


「お師匠様にも杖のこと話しておかなきゃ。どこにいるんだろ」

「ヨアキム様でしたら、皇太子殿下の開かれる対策会議に出席しておられます。ユスティーナ様もご一緒されているかと」

「あ……じゃあ私は行っちゃ駄目ですね。また夜にします」


 独り言にも律儀に反応してくれた騎士に礼を述べつつ、リアが手帳を懐に仕舞いこんだときだった。

 高い城壁に囲まれた美しい中庭に、何やら賑やかな集団がいる。賑やかと言ってもお祭り騒ぎというわけではなくて、主に貴婦人の黄色い歓声がリアの元まで届いてきた。

 根っからの野次馬根性が顔を覗かせ、リアは殆ど無意識のうちにそちらへ爪先を向ける。ふらっと護衛対象が歩き始めたのなら、もちろん二人の騎士らも付いて行かざるを得ない。


「何でしょう、あれ。貴族のお嬢さんがいっぱい集まって。サロンってやつかな」

「……あれは……」


 鮮やかで可愛らしいパステルカラーのドレスの群れを眺めるリアの傍ら、騎士が互いにちらりと顔を見合わせる。

 そんな無音のやり取りに気付くこともなく、リアは花壇の縁につんと足を引っかけてしまう。あわや顔面から花壇に突っ込むかと思われた瞬間、彼女の身体はふわりと誰かに抱き止められた。

 刹那、生じる甲高い悲鳴。鼻腔をくすぐる甘やかなバニラの香り。



「大丈夫かい、お嬢さん」



 眼前に現れた美青年、もとい中性的な美貌を有する金髪の貴公子。少し化粧をしているのだろうか、翠色の瞳が細められると、併せて瞼を鮮やかに彩るワインレッドが仄かに煌めいた。

 差し詰め、己の容貌を完全に理解した上で行われる美の暴力。あまりにも完成されている彼の姿に、リアは縮こまったまま言葉を失っていた。


「──キャアーッ!! ひゃあー!!」

「ご覧になって、あの方きっとスターシェス様のファンになってしまいましたわ!」

「スターシェス様に魅了されるのは世の理ですもの! ああ、わたくしもスターシェス様に抱き止められたい……!」


 とんでもなく騒がしい令嬢たちのおかげで我に返ったリアは、スターシェスと呼ばれた青年の腕から慌てて脱け出す。


「す、すみません、ありがとうございます」

「気にしないでくれ。顔に傷が付かなくて良かった」


 羽のような軽さで頬に触れたスターシェスは、リアと視線を合わせるなり微笑を咲かせた。彼の周りに花も咲き誇ったところで、リアを含めた女性陣が赤面する。

 一体この眩しさと胸の高鳴りと、ついでに湧き出す謎の背徳感は何なのだろうか。

 どぎまぎしながら後ずさったリアは、しかして背後の騎士からもたらされた驚愕の事実に、またしても絶句したのだった。


「……アナスタシア()()殿()()。どうかお戯れは、そこまでに……」



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