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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
11. 堕ちた赤獅子

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11-1

 ──夢があると、彼女が笑う。

 照れ臭そうに笑う顔は幼く、前をゆく足取りは軽い。

 沈みゆく黄金の光に包まれながら、夢とやらを教えてくれと(こいねが)う。

 揺れる背中が傾き、また愛らしい笑顔が振り返った。


「何だと思う?」

「……故郷で暮らすことかい」

「まぁ暗いお顔。私、そこまで酷い女に見える?」


 冗談とは言え、一人の男を簡単に振り回せてしまうのだ。十分に酷い娘だろうと、口には出さずとも顔に出てしまっていたらしい。彼女はくすくすと悪びれずに笑い、夕暮れ時の風に身を任せる。

 辿り着いた丘の上、石と鉄の街を見下ろす彼女の姿は、やはりこの景色に馴染まない。


「ねぇ」


 黄昏に染まった瞳が微笑む。


「案外似合うでしょう、この国にも」

「……そうかな」

「あなたが似合わないって思ってるだけよ。私を余所者に仕立て上げてるのは、この景色じゃなくてあなただわ」


 転じて、つんと鼻先が他所を向いてしまえば、焦るのはこちらだった。

 そよそよと靡く草むらを踏み分け、細い肩に手を添える。


「すまない。君の言う通りだ。……機嫌を直してくれ」

「怒ってないけど」


 けろりとした笑顔。呆気に取られて固まったのち、苦笑がこぼれた。

 二人で切り株に腰を下ろし、ただじっと建物の群れを眺める。繋いだ手が体温を等しく分けたあと、意を決して口を切った。


「夢とは何だい」

「当ててくれないの?」

「君の口から聞けるのなら、それが良い」


 臆病者。鼻白む男を視線だけで軽く詰った彼女は、されど握る手を強め、難しげな顔をして肩に寄り掛かる。


「……あなた、私が故郷から出たくないと思ってるのね? 今ようやく分かったわ」

「かなり前から確認しているはずなんだが」

「私はもっと前から言ってるはずよ。一緒にいて楽しいって」


 不意に音を立てた心臓に促され、寄り添う彼女を横目に見た。それを上目遣いに受け止めた彼女はと言えば、するりと傍から離れて立ち上がってしまう。

 逃げる手を掴み、引き戻しては体ごと抱きすくめた。始めからそうしていればよいのだと、彼女は言外に笑って腕を回す。


「夢、まだ分からない?」


 狡い人だと思った。そしてどうしようもなく愛おしい人だとも。

 逡巡の末、耳打ちに等しい声で夢の答えを告げてみれば、彼女が嬉しそうに頷いた。頼りない手に頭を引き寄せられ、導かれるままにこつりと額を突き合わせる。


「叶えてくれる?」

「……君が望むなら」


 彼女の夢を叶える役目を、他の者に渡すなどできるわけがない。

 ようやく浮かんだ笑みと共に頷くと、彼女が少しばかり面食らう。そうして意味もなく腕を叩かれて呆けている間に、またしても彼女は一足先に来た道を引き返してしまった。



 ──彼女の背中が黄金の光に掻き消されたところで、()は終わる。

 暗闇の中で伸ばした手は、何も掴むことなく地に落ちるだけ。

 広がる空虚は日ごとに増し、軋む胸を圧迫して止まない。

 男は空っぽで重たい体を引き摺って、今日も薄暗い道を独り進むのだった。



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