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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
10.掴めぬ影

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84/135

10-1

 イヴァン王子率いるキーシンの戦士たちは、忽然と各所から姿を消した。

 彼らの行方については今も追跡が進められ、王都には念のためエルヴァスティ兵による厳重な警備が敷かれている。その物々しい雰囲気にアイヤラ祭を楽しむ人々は首を傾げていたが、幸い大きな混乱を招くことはなかった。

 加えて、破壊された大窓の修理で一時的に立ち入りが禁じられた光華の塔以外に、特に目立った被害は見受けられず。一連の騒動で巻き添えを食った兵士も、それほど深刻な傷を負った者はいなかったが──残念ながらリュリュは完全に風邪を引いた。

 また嫌われたかも、とリアは無口な少年を思い浮かべては肩を落とす。


「後でお見舞い行ってあげよう……」

「オーレリア!!」

「わあ!」


 メリカント寺院の一室にて、暖炉の前で大人しく温まっていたリアは突然の大声に飛び上がった。

 慌ただしく振り返れば、ヨアキムが扉を開け放ったまま仁王立ちしている。寒いから早く閉めてくれと言うより先に、師匠は長い長い溜息をついて手招きをした。


「なに、お師匠様。そんなに疲れた顔してぅむ」


 軽口を叩きながら近付いたリアは、そのままきつく抱き締められて沈黙する。

 息が詰まるほどの力強い抱擁と、あたたかな木材の香り。少しばかり速まった心臓の音を聞いていると、不思議と鼻の奥がツンと熱くなる。

 気恥ずかしさを堪えて腕を回せば、不器用な手つきで髪を掻き混ぜられた。


「……心配してくれてた?」

「見て分かんねぇのか」

「えへへ」


 分かってはいるが聞きたかっただけだ。照れ隠しに笑うリアを見下ろし、ヨアキムは決まりが悪そうに鼻を鳴らす。


「……霊木がある以上、俺たちも()も術が使えない。だからお前は光華の塔に入れておけば安全かと思ってたんだが……まさかあんな連中引っ張ってくるとはな」

「奴って、罪人のこと?」


 まさか面識があるのだろうか。リアが驚いて顔を上げると、師匠は依然として険しい瞳で虚空を見詰めていた。

 その横顔に一抹の不安を覚え、ついつい彼の袖を引っ張る。だが、暫しの沈黙を経ても師匠の口は開かず、ついに罪人について語られることはなかった。


「その話は追々してやる。今日はもう寝ろ」

「……今って夜?」

「二日目の夕方」

「へぁ!?」


 極夜が始まって間もなく、おまけに谷底で物騒な事件に巻き込まれていたリアの時間感覚は既に狂っていた。窓の外に広がる暗い雪空を一瞥し、昼夜など全く分からないリアは頬を掻く。

 とにかく消化不良は残れど、師匠の言う通りに寝た方が良いかもしれない。精霊も完全に周囲からいなくなっていることが分かったし──。


「あ! じゃあ寝て起きたらアイヤラ祭に参加してもいい!?」


 ヨアキムが絶句している。さっきまで危険な輩に狙われていたのに正気かと言わんばかりの顔だ。

 しかしリアはここ数か月、それはもう退屈で窮屈な生活を送ってきた。イネスとのお出かけも中途半端に終わってしまい、楽しみにしていたアイヤラ祭の開会式も遠くから眺めることしか出来ず。


「そういえばおまじないも忘れてた……」

「まじない?」

「お師匠様知らない? 祭りになると皆やるんだって。七種類の草花でつくったリースを飾って寝ると、えっと……将来の結婚相手みたいなのが夢に出てく」

「試さんでいいそんなデマ」


 説明している間に頬を片手で挟まれ、ヨアキムから強めに却下されてしまった。こちとらイネスの恋愛話を聞きたくて試そうと思っていたのに、何故そんな鬼気迫る顔で止めるのか。

 結局リアはその後、師匠に引き摺られるがまま見習い寮の空き室へ連行され、有無を言わさずベッドに放り投げられた。

 おかしなことに、そこには見覚えのあるブサイクなぬいぐるみが置かれていたが、リアは何も言わずに師匠へ就寝の挨拶をしたのだった。

 ──顔は相当にやついていたと思うけれど。



 □□□



「ふぅん……イヴァン王子、切羽詰まってるんだねぇ」


 他人事のような口調ながら、サディアスの表情にいつもの笑みはなかった。

 据わった瞳で臙脂(えんじ)色の絨毯をつと撫で上げ、皇太子はにこりと唇の端を吊り上げる。


「ひとまずご苦労、ゼルフォード卿。お前を連れて来て正解だったよ。王子が逃げたことについては気にするな」

「しかし……」

「今日の騒動に件の脱獄囚が絡んでると知って、エルヴァスティ王が全面的な支援を約束してくれてね。結果オーライってやつさ」


 大陸西部のいざこざに消極的だったエルヴァスティも、さすがに知らん振りを続けられなくなったのだろう。皇太子の身を危険に晒した謝罪と、自国から出た大罪人の不始末を認め、王宮と寺院は全会一致でクルサード帝国への助力に賛同した。

 サディアスとしては本来の目的を達成できた上に、キーシンの残党を追い詰める大きな一歩を得たというわけだ。


「お前も慣れない土地で走り回って、さすがに疲れたんじゃない? 影の力も使ったそうじゃないか」

「あ……ええ、咄嗟に」


 エドウィンは指差された胸元を見下ろし、そこに掛けられたロケットをつまむ。

 唐草模様の中で鎮座する影の霊石。リアの精霊術に導かれ、数か月ぶりに影獣の姿を取ったが──かつてのような眩暈や頭痛には見舞われなかった。

 むしろ谷底へ近付くにつれて意識が明瞭になったような気さえしたが、あれは何か理由があったのだろうか。またリアを通して寺院に報告しておくべきかと考えたところで、視線を感じたエドウィンはふと顎を上げた。

 一人掛けのソファに深く腰掛けたサディアスは、おもむろに片手を振る。


「とにかく少し休め。外真っ暗だけど、イネスに聞いたら夕方とか言うし」

「はい、お気遣いに感謝いたしま……」

「あ」


 礼と共に頭を垂れようとすれば、大きめの声がそれを遮った。

 エドウィンがちらりと皇太子を窺えば、平素の悪戯っぽい瞳が彼を迎えたのだった。


「そういえば明日の夜はダンスパーティだったね。誘う相手は決まったのかい、色男」



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