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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
9.光亡き夜に駆ける者

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9-7

 目の前で行われる一方的な戦いに、アハトは同僚の騎士と共に唖然となってしまった。

 アイヤラ祭の警備に当たっていた彼は、光華の塔に正体不明の賊が侵入したとの報告を受けるや否や、大急ぎで石橋を渡って来た。

 門前には報告通り、毛皮を纏う厳つい形相をした戦士が数名ほど待ち構えている。そしてその傍らには、彼らに挑んでは呆気なく弾き飛ばされてしまったであろうエルヴァスティ兵が倒れていた。

 数の利はこちらにあったはずだが、日頃から見張りか巡回ぐらいしかやっていない兵士では、戦い慣れた猛者に手も足も出なかったのだろう。

 無論、一兵卒の域を出ないアハトも例外ではなく、ここは応援が来るまで待機すべきかと歯噛みしたときだった。


「──アハト殿、負傷兵を下げろ」


 視界に飛び込んだのは、氷雪を体現したかのような一人の剣士。

 殺伐とした鋭い瞳に一瞥を貰ったアハトは、そこでようやく彼が見知った人物であることを思い出す。先日とはまるで違う声と雰囲気に気圧されたのも束の間、すぐさま生じる激しい剣戟の響き。

 それは刃が交わった音ではなく、細身の剣士が自分よりも遥かに大きい男の武器を弾き飛ばした音だ。アハトを含む兵士らが思わず唾を呑み込んだ直後、剣士は相手取った男の腹部に肘を打ち込む。

 間髪入れずに別の賊が横から襲い掛かるも、何と剣士はその突き出された武器を(かわ)すついでに、素早く足裏で握りを踏みつけてしまう。攻撃の軌道を強引に捻じ曲げられた賊は、積雪に突き刺さった武器を抜く前に昏倒することとなった。


 ──これが銀騎士エドウィン・アストリーかと、アハトは畏怖にも似た気持ちで硬直する。


 リアを甘やかしていた優男の面影など何処にも見当たらず、ただ黙々と敵を切り崩していく姿はまさに鬼神のごとし。しかしここが他国の地であることを考慮してか、彼は命を奪うことなく相手を無力化していくのだ。

 彼の指示通りに負傷兵を全員下がらせる頃には、全ての敵が銀騎士の足元に伏していたのだった。


「くそっ……悪霊め……! またもや我らの前に立つか!!」


 すると、賊の一人が忌々しげに吠える。憎悪のこもった声にエドウィンは小さく息をつくと、手にした剣を男の喉元に突き付けた。


「……。光華の塔を襲った目的は何だ。帝国と大公国に飽き足らず、更にはエルヴァスティをも敵に回すつもりか?」

「黙れ! キーシンの地を、誇りを奪った貴様らに何を言われる筋合もない! 全ては在りし日の平穏を、女神ジスの御名を復活させるためだ……!」

「!」


 最後の足掻きか、男が粉末状の何かを宙に撒く。微かな火薬の匂いに気付いたエドウィンが咄嗟に後退すれば、いくつもの火花と煙幕が炸裂した。

 目眩ましの黒煙が晴れると、賊の姿は忽然と消えてしまっていた。


「逃げた……?」

「アハト殿、貴殿は後続のエルヴァスティ兵と共に塔へ向かってください。リアの安否確認もお願いします」

「え、ゼルフォード卿!?」


 剣先で雪と塵を払ったエドウィンが、戸惑うアハトを置いて東へ走り出す。何事かと思って見てみれば、門前の積雪にはほんの僅かながら複数の足跡が残っていた。

 ──ちょっと待て、一人で追う気か!?

 それに東へ向かったのなら心当たりがあるぞと、アハトは慌てて同僚の騎士に言伝を頼み、エドウィンの後を追いかける。

 賊が逃げた痕跡など殆ど残っていないというのに、あの騎士は一体どんな目をしているのか。況してやこの国で生まれ育ったわけでもなし、雪道の歩き方も儘ならないはずだろうに。アハトは彼の足跡を辿りながら、その迷いのない足取りに少々複雑な思いで下唇を噛んだ。


「……っああクソ、余計なこと考えんな」


 一面の銀世界にちらついた幼馴染の横顔を、瞬時に掻き消しては舌を打つ。それと同時に視界が大きく開け、エドウィンの後ろ姿が遠くに現れた。


「ゼルフォード卿!」


 断崖絶壁に立つ鉄製のクレーンと、そこから吊り下げられた頑丈な縄。数十年前まで実際に駆動していたという、谷底へ荷物を運搬するための滑車だ。今は荷台も縄も外されていたはずだが──どうやら賊はこれを使って谷底へ逃亡したようだ。

 轟々と唸る闇を覗き込んだアハトは、隣に立つエドウィンをそっと見遣る。


「卿、まだ追います?」

「……キーシンの民がエルヴァスティの脱獄囚と繋がっている可能性も否めない。出来る限り追い詰めておきたいところですが……」


 そこで彼はおもむろに縄へ手を伸ばし、それを掴み揺らす。既に縄は下方で断ち切られているのか、容易く風に揺られては崖に打ち付けられた。

 滑車が使えないことを確かめたエドウィンが、仕方ないとかぶりを振ったときだった。


「あっ、いたわ! 伯爵様!」


 甲高い声に振り向けば、そこにはメリカント寺院に所属する精霊術師の二人が、血相を変えてこちらに走ってくる姿があった。



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