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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
9.光亡き夜に駆ける者

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9-6

 ──何がどうなっているのか、未だに理解が追い付いていない。

 一切の明かりが消えた光華の塔。扉の隙間から暗く冷たい廊下を窺ったリアは、息を止めたまま後退した。

 そして慎重に扉を閉めてから振り返れば、箒を構えるカティヤと目が合う。その隣、ファンニは空の花瓶を抱え、リュリュは調合用の乳鉢を持たされて突っ立っていた。

 あまりにも心許ない彼らの武装を眺めたリアは、ごくりと唾を呑み込んで告げる。


「……な、何にも音が聞こえなくなった」

「やだやだやだ、何で光華の塔なんかに賊が入るの? ここ宝物庫なんて無いでしょっ?」

「カティヤ落ち着いて」


 小声で喚くカティヤを、ファンニが同じく声量を抑えて宥めた。唯一冷静なのは、いまいち状況を把握していないであろう幼い少年のみ。

 事の発端はつい先程。

 アイヤラ祭に参加できない代わりに、酒盛りならぬ生姜茶盛りをして楽しんでいたリアたちの耳に、突如として硝子の砕ける音が響き渡ったのだ。

 それは何も部屋の小窓が割れたとか、石を投げ込まれてヒビが入ったなんて話ではない。それぐらいならリアだって幼い頃に何度も──いやそれは思い出さない方がいい。例えるなら寺院の聖堂にある大きなステンドグラスが粉砕されたような、とてつもない規模を窺わせる音だった。

 楽しく談笑していた彼らはピタリと笑顔を凍り付かせ、にわかに騒がしくなった階下をテラスから見下ろす。その際、一階の明かりが次々と消されていく様を見たファンニが、慌てて部屋の燭台の火も吹き消したのだ。

 ──賊かもしれない、明かりを消して!

 居場所を悟られぬよう彼らは急いで室内の火を消し、この部屋で息を潜めていたのだった。


「とにかくじっとしていましょう。騎士団が来るまで下手に逃げない方がいいわ」

「でもその前に賊が来たらどうするのよぉっ? あたしら精霊術使えないのに!」


 う、とファンニの表情が不安げに歪む。

 カティヤの言う通り、光華の塔にいる限り精霊術師はまるで無力だ。弑神の霊木がない場所、少なくとも塔の敷地外に出なければ術の行使は不可能だろう。

 そうでなくともリアとリュリュは寺院から謹慎を言い渡されている身。ここが塔の中だろうが外だろうが、抵抗する術がないのは同じだった。


「……リュリュ、大丈夫? さっきから寒そうだわ」


 ふと少年に視線を移すと、リュリュが鼻をすする。燭台の火も暖炉も消してしまったので、室温は下がる一方だ。どうにか暖を取らねばと、リアは自らが着ている外套で少年の体を包んでおいた。


「ねえカティヤ、ファンニ。まだ賊がここまで来るのに時間があるわ。非常用の階段で外に出た方がいいんじゃない?」

「え……でもあなたとリュリュは出ちゃいけないのよ? 賊を振り切っても精霊にかどわかされるわ」


 ファンニの言葉にしばし黙考したリアは、はっと顔を上げる。


「私たちは霊木の庭に行く。確かあそこの城郭に抜け穴が開いてたはずよ。そこを出た辺りなら精霊も近寄って来ない」


 光華の塔は仮にも、王が愛する女性のために造った建物だ。危険な状況に陥った場合、寵姫の命を守るために様々な抜け道や身を隠す場所が設けられている。

 ヨアキムから教えられたのは、弑神の霊木が植わっている内郭には一時的な避難場所として、小さな空間が作られているということ。万が一のときはそこへ行けと、幼い頃に素っ気なく言われた記憶がよみがえる。


「それに非常階段は寵姫の背丈に合わせられてるから、大の男は通れないってお師匠様言ってたわ」

「さすが光華の塔常連は構造もばっちりね……」

「うぐっ」


 ファンニは感心するような哀れむような声で呟いたが、すぐに表情を引き締めて頷く。


「そうね。動けるうちに動かないと……私とカティヤで出来るだけ囮になるから、そのうちに内郭に行くのよ」

「んーッ!?」

「私たちは外に出たら術が使えるでしょ! 二人が隠れるまでの時間稼ぎよっ」


 口を塞がれたままカティヤが抗議の声を上げていたが、最終的にはガタガタ震えながらも承諾してくれた。危険を感じたらすぐに逃げるよう彼女らに言い含め、リアは少年の手を引いて立ち上がったのだった。



 廊下へ出ると、鼓膜を圧迫されるような静寂がリアの全身にからみつく。

 警備兵や塔に勤務している精霊術師は拘束されてしまったのか、彼らがリアたちの元へやって来る気配は一向にない。

 そして侵入者が近付く音もまた、何一つ聞こえてこなかった。

 出来る限り足音を抑えて移動しながら、奥まった通路を右へ左へと曲がっていく。やがて見えてきた木製の扉は、話に聞いた通り小さく細長かった。

 リアは上下に並ぶ(かんぬき)を手早く外すと、ゆっくりと扉を押し開く。漏れ出る風が黒髪を巻き上げる中、狭い階段室を恐々と覗き込んだ。

 ──その瞬間、バザロフの遺跡を訪れたときの記憶が脳裏を掠める。

 中から影は溢れ出してこなかったが、リアは無意識のうちに心臓の辺りを押さえてしまった。


「……真っ暗」


 一緒に階段室の闇を見下ろしたリュリュが、ぽつりと呟く。 

 少年の掠れ気味な声で我に返ったリアは、扉を全開にしてカティヤとファンニの方を振り向いた。


「よし、下りよう」

「えー……もうヤなんだけどぉ……暗すぎぃ」

「文句言わない」


 冷静なファンニを先頭に、ぐすぐすと泣きごとをもらすカティヤが続く。その後ろにリュリュを置いて、最後尾はリアが務めることになった。

 螺旋状の階段はひとつひとつの蹴り上げが揃っておらず、踏面(ふみづら)も狭い。爪先立ちになったり足首を横に傾けたりしなければ、容易く踏み外してしまいそうだ。

 細心の注意を払いながら彼らはぐるぐると階段室を下り、ようやく一階に辿り着く。


「オーレリア、この階段って直接外に繋がってるの?」

「うん、確か……中央塔と東塔の間に出るはずよ」

「じゃあオーレリアとリュリュは北の庭に、私たちは全力で南の石橋を走って火の精霊を呼ぶわ。あそこなら寺院からも見えるし、賊も引き付けられるかもしれないから」


 ファンニの言葉にそれぞれが頷いたところで、彼らは一旦深呼吸を挟む。

 皆が気合いを入れ直したのち、ファンニは扉を押し開いたのだった。



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