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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
9.光亡き夜に駆ける者

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9-4

 皇太子となってからも肌身離さず持っていた薄氷色の宝石。淡く発光するそれを戸惑いと共に見詰めたイネスは、(つか)えた喉からようやく言葉を絞り出してくれた。


「……アスラン?」


 信じられないと言わんばかりの声音に、サディアスは笑顔で頷く。

 聡明な彼女なら「アスラン」という名前がいかに杜撰(ずさん)な偽名か分かると踏んでいたのだが、今の今まで思い付きもしなかったのだろうか。否、思い出の美化というやつで「アスラン」がとっても良い子として記憶されていたか。

 どちらにせよ、この派手な金髪がサディアスを見知らぬ男に仕立てていたことは明白。必死に過去を遡っているであろうイネスを眺めながら、サディアスは柔らかな亜麻色の髪を指先に巻きつけた。


「思い出した?」

「えっ……お、覚えておりますが、アスランは茶髪の……貴族の子どもだと」

「あれウィッグなんだよね、今は皇宮に置いてきちゃったけど。じゃあこの石は? 何て言って僕に届けてもらったの?」

「これは両親が提案してくれたもので……言われるがままに作ったのです。本当は、何も残すつもりなどありませんでした」

「何故?」


 意図せず声に力を込めてしまう。

 一応、彼女が当時どれだけ心に傷を負ったのかは理解しているつもりだ。サディアスを助けるために行使した精霊術が、予期せぬ形で刺客の左腕を()いだことに衝撃を受けたのだろうと。

 あのとき、召喚された精霊は男の血を術の対価として見なしたのだ。

 幼かったイネスに彼らを御する力はなく、火の精霊は無残にも男の左腕を焼き切り、躊躇なく喰らってしまった。

 彼女にしてみれば思い出したくもない記憶。塞ぎ込む間、己の心を守るためサディアスの存在すらも曖昧になっていった可能性は否めない。

 ──こっちは片時も忘れなかったというのに。

 我儘にも不貞腐れる己を知り、サディアスが密かに溜息をついたときだった。


「だってあんなこと……」

「ん?」

「……アスランをこれ以上、怖がらせてはいけないと思ったのです。人を傷付ける恐ろしい魔女など、忘れて欲しかった」


 錫杖を強く握り締めたイネスは、きゅっと眉間を寄せて俯く。堰き止めれられなかった涙がぽろぽろと頬を転がり落ちる。

 昔と同じような泣き方をするのだなと、サディアスはやるせない気持ちでそれを拭った。


「……そう」

「あなたにも危害を加える可能性だってありました。未熟だったからと言い訳するつもりもございません。軽率な行動を──」

「違う、イネス。僕はそんなことを謝ってほしいんじゃない」


 十歳にも満たぬ子どもに、完璧な人助けなど求めるはずがない。寧ろ不審な男に、それも心底恐れていた教会の人間に、たった一人で立ち向かった勇気と優しさは評価されるべきだろう。

 サディアスが不満だったのは他でもなく、二度と会うことはないと言わんばかりに届けられた宝石について──否。


「君が、謝る機会を与えてくれなかったことだ」


 不可解な面持ちで閉口する彼女の手のひらに、サディアスは握り締めた薄氷の石を押し付けた。


「僕は何も恐れてなどいない。君を邪悪な魔女だと怖がった覚えはない。君は──イネス・クレーモラは勇敢で優しい人だと……あのとき伝えたかった」


 刺客の左腕が捥げたから何だ。男は後日、皇子を害そうとした罪で斬首に処されたというのに。

 だからあの日、あの瞬間、断じて呆けている場合ではなかったのだ。サディアスはすぐに、彼女に声を掛けねばならなかった。

 安心させなければならなかったのに、それを怠ったのは自分だった。


「すまない。僕が招いた事件のせいで、君に要らぬ心労を負わせた」


 宝石ごと細い手を握り寄せれば、イネスの大きく見開かれた瞳が揺れる。

 これほど近くにいるのに、息遣いすら聞こえない。肩には粉砂糖のような白が降り積もり、停止した雪景色に溶けていく。

 やがて、彼女が泣きそうな笑みをこぼしたことで、張り詰めた沈黙の糸がゆるんだ。


「……何故、初めてお会いしたときに仰ってくれなかったのです?」

「んー、すぐにバラすのも面白くないかと思って。幼少期を思い出しながら君に接してみたんだけど、近衛には引かれるわゼルフォード卿にも心配されるわ、大変だったな」


 その返答にイネスは眉を顰めて視線をさまよわせると、疑問符を浮かべながら告げる。


「失礼ながら殿下、昔はもっと可愛らしかったかと……?」

「おや、心外だね。ゼルフォード卿がいなければ僕も言い寄られる方なんだけど」

「まあ、そうなのですか」


 まるで他人事のように笑う彼女を見詰め、サディアスはひくりと口角を引き攣らせた。ようやく自然な笑顔を見せてくれたのは嬉しいが、何となく不服が残る。

 しかしこれ以上の長話はイネスの体調にも関わるため、渋々と寺院への道を進むことにしたのだが。

 ──視界の端、篝火とは異なる鋭い光がちらつき、サディアスは咄嗟に腰の剣を引き抜いた。



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