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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
8. 銀騎士、山河を超えて

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8-7

「──へえ、イネス嬢はオーレリア嬢と姉妹同然に育ったってわけか。ここにはよく来るの?」

「……。あの子の謹慎中はよく様子を見に来ています」

「そ。じゃあ今も僕に会いに来てくれたわけじゃないんだ」


 当たり前だろうが。穏やかな笑みにでかでかと本音を貼り付けたイネスを横目に、エドウィンは冷や汗をかきながらも口を挟むことは出来ず。

 ──……一体どうしたのだろう、サディアス殿下は。

 光華の塔で皇太子一行と食事をとった後、サディアスを部屋に送り届ける途中のことだった。大巫女ユスティーナの一番弟子である精霊術師、イネスとばったり鉢合わせたのは。

 それまでは皇太子の毅然とした仮面を被っていたはずのサディアスが、彼女を認めるなり急に笑顔を浮かべ。一方のイネスは「しくじった」と言わんばかりに顔を強張らせた直後、ぎこちない笑みでそれに応える。

 二人の奇妙な態度にエドウィンが首を傾げたのも束の間、後ろに控えていたお馴染みの護衛騎士たちがハッと息を呑んだ。

 そこから、サディアスによる一方的な質問攻めが始まった。

 寺院にはいつからいるのか、精霊術を近くで見てみたいが構わないか、アイヤラ祭の役目が終わったら時間はあるか、等々。

 今もなお淡々と質問に答えては「早く部屋に帰れ」と言外に訴えているイネスを一瞥し、エドウィンはこそっと後ろの騎士に尋ねてみる。


「殿下は彼女に何か……恨みでも……?」

「いえ……街でお知り合いになったときからあの調子でして」

「国王陛下との会談後も話しかけておられました」


 彼らの証言を素直に受け止めるのなら、サディアスは彼女に興味を持っているのだろう。

 しかし、それにしては些か距離の詰め方が異常である。矢継ぎ早の質問はもはや嫌がらせの域に達していないだろうか。


「……皇太子殿下。お体が冷えてはいけませんので、そろそろお部屋に戻られてはいかがでしょう?」

「ああ確かに。廊下はとても寒いね。イネス嬢を部屋に招くわけにもいかないし、今宵は諦めようかな」

「はい。では──」


 心底ほっとした笑顔で頭を垂れようとしたイネスに歩み寄り、サディアスはおもむろに掬い上げた右手に唇を寄せる。

 イネスが石のごとく硬直している間に、皇太子はその隣を通り抜け。


「また明日。イネス嬢」



 ──廊下の角を曲がったところで、サディアスが大きく溜息をつく。

 それまで困惑気味に後ろを歩いていたエドウィンは、頃合いと見て小さく声をかけた。


「サディアス殿下。一体どうされ……」

「ゼルフォード卿って、オーレリア嬢を口説くときにどんな顔してるの?」

「は、はい?」


 思わず噎せそうになったところを辛うじて堪えれば、サディアスの思案げな面が振り返る。


「僕はお前みたいに柔和な顔をすると、どうも胡散臭さしか出なくてね。まぁ生まれつきだから別に良いんだけどさ」

「……失礼ながら殿下は、どのような意図でイネス殿に接しておられるのです? アイヤラ祭の案内をお願いしたことは聞きましたが」

「さあ、僕も分からない。ただ……少し苛ついているのは確かだよ」


 イネスに触れた指先を鼻先に押し当てたサディアスは、据わりきった瞳を和らげつつ、閉口したエドウィンに対してにこりと唇を吊り上げてみせた。


「付き添いはここまでで良いよ。オーレリア嬢と何か約束していたんじゃないのかい」

「あ……はい」

「一線は超えない程度に楽しんでおいで」

「殿下」


 抗議も込めて食い気味に呼び掛ければ、皇太子は悪びれる様子もなく踵を返す。護衛騎士を伴い、ひらひらと片手を挙げて立ち去る背中を見送り、エドウィンは釈然としないまま肩を竦めたのだった。



 光華の塔は対称的な構造をしており、三つの居住塔の北には大きな城郭が東西に伸びる。弑神の霊木が所狭しに植えられた内郭の中央に、愛し子を匿う北塔は堂々と聳え立つ。

 松明でぽつぽつと照らされた暗い螺旋階段を上り切ると、エドウィンの前に両開きの扉が現れた。冷えた鉄の握りを掴み、ゆっくりと押し開く。


「……これは……」


 次の扉へ続く短い廊下。その天井や壁には見事な紋様が刻まれ、人や精霊とおぼしきものが描かれていた。

 数多の精霊を引き連れて歩く賢者アイヤラが、雪山から人里へ向かう様が絵本のように流れていく。

 次第にアイヤラの持つ松明の火が小さくなり、エルヴァスティの極夜が訪れる。

 周囲から精霊が消え、暗闇に包まれた賢者は篝火の前に腰を下ろし、静かな祈りを捧げた。

 ──壁画が終わると同時に、エドウィンは廊下の端に到着する。目の前に迫った扉は微かに開かれ、隙間から暖かな空気が漏れ出していた。

 ここがリアのいる部屋だろうか。扉を大きめにノックしてみると、少ししてから物音が聞こえてくる。しかしそのまま待っていても返事は来ず、エドウィンはそっと扉を押し開いた。


「リア、います……か……」


 彼の視界に飛び込んできたのは、一面の星空だった。

 砕けた宝石が思い思いに輝きを放ち、七彩の極光が紺藍の空を鮮やかに色づかせる。まるで巨大な絵画のようだが、ゆったりと形を変えゆく光の大河が、偽物ではなく現実の空であることを彼に知らしめた。

 そして──その下で星光を一身に浴びるのは、今の今まで眠りに就いていたであろう黒髪の娘。

 瞼を擦りながら起き上がった彼女は、黄金にも見える双眸をこちらに寄越す。


「あ……エドウィン、ごめんなさい。いつの間にか寝てたわ」


 彼女が掠れた声で笑ってくれたとき、ようやくエドウィンは呼吸を思い出した。



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