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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
8. 銀騎士、山河を超えて

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8-5

 繋がれた手にどぎまぎしていたのは、ほんの僅かな間だけだった。

 見た目よりも複雑な造りをした光華の塔を案内しながら、リアは隣を歩くエドウィンを横目に窺う。

 思わず指を滑らせたくなる鼻梁の、少し上。昼間とは打って変わって晴れた夕焼け空が、彼の菫色の瞳に溶け込んでは煌めく。

 それまで饒舌だった説明が唐突に途切れたことで、エドウィンが不思議そうにこちらを見下ろした。


「リア?」

「あ。ううん、エドウィンからの手紙、今朝読んだばかりだったから変な感じがして」

「驚きましたか?」


 やわらかな問いかけに、リアは素直に頷く。

 吐息混じりの笑い声が耳を擽ったところで、ふと彼女は今日のことを思い出した。


「ねぇエドウィン、もしかして今日……酒場の辺りにいた?」

「酒場……ええ、殿下が立ち寄りたいと仰ったので」

「えっ、サディアス様が!?」


 いかにも育ちの良さそうなサディアスが──いや、それは顔だけか──庶民の集まる酒場などに何の用があったのだろう。

 リアの困惑した顔を見てか、エドウィンは少しだけ眉を下げて告げる。


「わりとその、頻繁に潜り込んでおられるようですよ。万が一に備えて今回は僕が護衛を務めていたら、急に諍いが起きてしまって──」

「仲裁したと。へー……じゃあ、あの人だかりはエドウィン目当てだったのね……」

「え」

「あら、気付かなかった? 喧嘩の見物にしては妙だと思ってたけど、あの女の人達みんなエドウィンを見てたんだわ。さすが都会の色男はエルヴァスティでも人気ね!」


 エドウィンが微妙な顔つきになっていることには気付かずに、リアは「そうかそうか」とスッキリした面持ちで頷く。

 すると繋いだ手を引かれ、縺れた脚が宙で遊ぶ。そのまま肩を抱き寄せられてしまい、あっという間に距離がなくなった。

 どうしたのかと顔を上向けても、エドウィンは特に何も言わず。代わりに、どこか窘めるような声で囁いた。


「リアこそ、何故あのような路地裏に? 昼間とはいえ危険ですよ」


 大丈夫と言いかけたリアは、慌てて口を噤む。そういえば今日は怪しい二人組に襲われたのだった。しかもそこをエドウィンに助けられたのだったと、冷や汗をかきつつ「ごめんなさい」と謝る。


「足の悪いおじさんを喫茶店まで送ったの。そしたらあんなことに……あの、ありがとうね、エドウィン。助けてくれて」

「いえ……リア。大巫女殿から伺ったのですが──」


 音もなく降りしきる雪と、青く染まりゆく景色を窓越しに据えながら、リアは彼の話にじっと耳を傾けた。

 曰く、街でリアとアハトを襲った二人の暴客が、精霊の愛し子を狙う一派であったこと。その首謀者が、過去にエルヴァスティから逃亡した危険な大罪人かもしれないということ。

 彼らはリアを拉致し、何か良からぬことを企んでいる可能性が高い、というのが大巫女の見解だという。


「ざ……罪人?」

「ええ。僕はよそ者ゆえ詳しくは聞けなかったのですが……光華の塔にいる間でも、どうか警戒を怠らないでください」


 リアの頬に手を添え、エドウィンが真剣な眼差しを注ぐ。

 気圧されるように頷いたリアは、されど現実味のない警告に胸を押さえた。

 

「わ、分かった……でも不思議ね。私、愛し子だからって避けられたことはあるけど、狙われるのなんて初めてよ」

「避けられた?」

「見習い仲間には嫌がられたの。精霊が私の方に寄って行っちゃうから、術の練習にならないって」


 愛し子という名前のおかげで縁起がいいと誤解されがちだが、エルヴァスティにおいて彼らは一般的に忌避される対象だ。

 特に精霊術師見習いにとっては、愛し子のせいで精霊が召喚に応じないことも多々あるため、さぞかしリアも疎ましい存在だったことだろう。

 勿論それは術師の未熟さも要因の一つであったが──。


「……つらくはありませんでしたか?」

「えっ」


 はっと顔を上げてみると、エドウィンの気遣わしげな瞳がそこにある。リアは慌ててかぶりを振り、彼を心配させまいと笑んでみせた。


「大丈夫よ! 今はそんな邪険にしてくる人いないし、私も精霊と距離を空けられるように……なってないわね」


 光華の塔に突っ込まれている身の上を思い出して真顔になれば、一方のエドウィンがおかしげに噴き出す。


「あ、ちょっと笑ったわね!? エドウィンのためにいろいろ頑張ってたのに! どうせ私はぽんこつよ──」

「いえ、すみません。今の顔があまりに可愛かったので」

「ひょあっ! またそういうこと言う!!」


 照れ隠しに手のひらを叩きつけても、何ら堪えた様子もなく彼に受け止められた。かと思えばすっぽりと腕の中に引き込まれ、リアは目を白黒させてしまう。

 するりと滑り落ちてきた藍白の髪を凝視していると、やがて大きな手が彼女の後頭部を優しく撫でた。


「リアが自分で言っていたではありませんか。僕にとって、あなたは立派な英雄ですよ。ぽんこつなんかじゃありません」

「そ……そう?」

「ええ。今度は──僕があなたの助けになれるよう、頑張りますから」


 その声は幼い子どもをあやすような音でありながら、驚くほど慈しみに溢れていた。手紙にしたためられた文字とは比べ物にならない、確かな温度をもってリアの耳朶に馴染んでゆく。

 ──もう少しだけ、この暖かな腕の中に居座っていたいと思うのは、ひとえに寒さゆえだろうか。

 おずおずと視線を持ち上げれば、宥めるように背を摩っていたエドウィンがこちらを見遣る。いつの間にか外には無数の星々が散りばめられ、彼の背後を美しく彩っていた。


「……あの、エドウィン」

「はい?」

「夕飯食べ終わったら、その……塔の部屋に来てくれないかなって……あ、でもサディアス様のお供だから駄目よねっ」

「いえ行きます」

「良いの!?」


 笑顔で即答した彼に驚きつつ、リアは諸手を挙げて喜ぶ。その直後にエドウィンが我に返った様子で口元を覆っていたが、時既に遅し。部屋に来て欲しい理由をすっかり言い忘れたリアは、そのまま上機嫌に夕飯の席へと彼を案内したのだった。



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