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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
8. 銀騎士、山河を超えて

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8-2

「──ふうん……キーシンとの戦争、完全に終わったわけじゃなかったのね」


 袖口のボタンを留めながら、リアは神妙な面持ちで相槌を打つ。

 バザロフの遺跡に住まう影の精霊。彼らを刺激する大きな要因だった戦が終わって一件落着かと思いきや、どうやら安心するには時期尚早のようだ。

 逃亡したキーシンの王子が再び大軍を率いて押し寄せてくれば、力を得た影の精霊が新たに別の人間を見初めてしまうかもしれない。

 それを避けるためにも、今このタイミングで皇太子と大公家の人間がエルヴァスティへ渡ることに、重要な意味があるのだろう。


「王子の逃亡した先がエルヴァスティ方面だったので、殿下が自ら協力を要請にいらしたのです」


 王子の行方を掴むための情報提供と、東西の関係修復を名目に──半ば観光気分でサディアスは訪問を決めたとか。

 大公家の問題解決にエルヴァスティの精霊術師が関わった。その事実を上手く利用しての、言ってしまえば外交という名の旅行である。

 そして精霊術師と深い関わりを持ったエドウィンは当然のように皇太子の計画に組み込まれ、予定よりも随分早くエルヴァスティへ来ることになったのだ。


「相変わらず、なんだか……自由な皇太子様ね」

「僕の前では観光だ何だと仰っていましたが、まあ……しっかりした御方ですので、目的は果たされると思います」

「ふふ、そうね。じゃあエドウィンは、サディアス様のお供ってわけだから……しばらくこっちにいるのね? 影の霊石も見ていくでしょっ?」


 声を弾ませて尋ねれば、包帯などの治療道具を片付けたエドウィンが微笑と共に頷いた。


「ええ、何か寺院の方のお力になれれば良いのですが」

「それならこの後、私が寺院まで──」

「ストップ」


 がし、とリアは視界の外から頭を掴まれる。そのまま顔の向きを左側へ捻られた彼女は、笑顔から一転して不満げに唇を尖らせた。

 そこにいたアハトは彼女よりも更に忌々しげな顔をしていたが。


「何よアハト」

「悪いがお前はこれから光華の塔に呼び出しだぞ」

「どぇ!? 何で!? 謹慎は終わったはずじゃ!?」

「さっき街で勝手に精霊が寄ってきたこと、もう忘れたのかよ? 延長だとさ」


 親指で後方をくいと指した幼馴染を仰ぎ、リアは「そんな殺生な」と崩れ落ちる。そのままアハトは彼女の腕をずるずると引いて、医務室の扉をくぐり、ふとエドウィンを振り返った。


「ユスティーナ様が、伯爵とお話がしたいと仰っていました」

「え……大巫女殿が?」

「後で案内を寄越します。では」


 客人に対するものとは思えぬほどぶっきらぼうな口調で告げ、アハトは医務室からリアを引き離したのだった。



 □□□



 エルヴァスティに降り積もる分厚い雪。家屋も森も等しく覆い、目に映るもの全てを白一色に染め上げるのに、長い時間は必要ないと住人は言う。

 灰の曇天と白き大地を繋ぐ粉雪の行き先には、これまた愛らしい真白の花が咲いていた。

 ──寺院に足を踏み入れてから、この花を見掛けるのは三度目だ。

 柱廊と中庭の境、雪の下から茎を伸ばす逞しい花を、エドウィンはそっと避けつつ歩を進めた。


「伯爵様、ユスティーナ様のお部屋はこちらです」

「ありがとうございます」


 狭く複雑な造りをした寺院の奥、やがて辿り着いた大巫女の部屋を仰ぎ、エドウィンは案内してくれた精霊術師に笑顔で礼を述べる。

 ぽっと頬を染めてしまった精霊術師の娘は、慌ただしく頭を下げて立ち去って行った。

 扉の奥へ進むと、天井まで届くほどの大きな窓硝子が白く光っている。

 その手前で静かに銀世界を眺める、ほっそりとした人影が振り返った。


「──長旅で疲れているところ呼び立ててすまぬな、ゼルフォード卿」

「いえ、お目にかかれて光栄です。ユスティーナ様」


 ユスティーナ・フルメヴァーラ。

 エルヴァスティ、並びに精霊術師の権威とも呼ばれる彼女は、噂に違わぬ威厳の持ち主だ。

 ゆるく編まれた銀鼠(ぎんねず)の髪に、鋭い眼光を湛えた同色の瞳。まるでこの国、もとい厳しい冬そのものを体現したような人だと、エドウィンは少しの緊張と共に唾を飲み込んだのだが。


「……うむ……まこと、アレの話は当てにならんな……」

「は……?」


 顎をさすりながら呟いたユスティーナは、「いや」とかぶりを振り。


「ゼルフォード伯爵は修行中だったリアをたぶらかした都会の遊び人だとヨアキムがな」

「遊び人」

「はっはっは! 案ずるな、そうでないことくらい見れば分かる」


 言いつつナイフを鞘に納める彼女を見て、エドウィンが更に青ざめたのは言うまでもなく。用意された紅茶もあまり味が分からなかったが、何とか飲み下したところでユスティーナが口を切った。


「さて……卿にあの子のことを話しておこうと思ったのだが、どこから言えば良いものか」


 あの子──リアのことだろうか。然して悩む様子も見せずに銀鼠の瞳を寄越されれば、それが質問を受け付ける合図であることを知る。

 エドウィンは暫しの逡巡を経て、躊躇いがちに尋ねたのだった。


「……光華の塔で、リアは()から守られているのですか?」


 ユスティーナはその問いを受けるなり瞑目し、肘掛けに置いた右手で続きを促す。


「彼女の手紙には、精霊術を過度に行使したがゆえの処置だと書かれていましたが……──本当は、今日のような事件を防ぐためだったのではないかと」

「……」

「そしてそれを、あなたがたは彼女に話していない」


 エドウィンは歓楽街で二人の不審な男を捕縛した後、何故リアを狙ったのか問いただした。元より返答は期待していなかったが、彼らは忌々しげな口調で答えたのだ。

 ──依頼を受けただけだ、と。

 雇い主の名も、素性も分からない。しかし報酬が他の依頼と比べて非常に高かったばかりに、例えそれが人攫いに等しい内容だったとしても彼らは引き受けた。

 黒髪に、菜の花色の瞳を持つ娘の誘拐を。

 エドウィンはそこで初めて、リアが三ヶ月もの間、光華の塔とやらで謹慎していた理由について疑問を抱いたのだ。


「……卿は、あの子が精霊に好かれやすいという話は聞いたか?」


 部屋の隅にある暖炉へと視線を移しながら、大巫女が問う。

 本人からその旨を聞いていることを伝えれば、溜息混じりに彼女は頷いた。


「精霊の誘惑を防ぐ処置というのは本当だ。そして……精霊(それ)とは別に、少々込み入った事情があってな」



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