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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
7. 銀雪の故郷

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7-3

 ──ほら、お前の友人第一号だ。家のぬいぐるみみたいに扱うなよ、良いな。

 ヨアキムのどこか鬼気迫る表情と言葉に、うんうんと適当に頷いた。師匠の手に掴まったまま視線を前に戻せば、灰白色の髪を爆発させた幼い少年が、ぽかんとした顔でこちらを凝視している。

 菜の花色の真ん丸な瞳で少年を見返したリアは、家から持ってきたぬいぐるみを抱き締めつつ口を切った。


「こんにちは。リアはリアだよ」

「あ。……アハト」

「アハトぬいぐるみ好き?」

「……そんなに」

「ふーん。これリアのだからとっちゃ駄目だよ」


 ぎゅうとぬいぐるみの首を絞めて告げれば、アハトが少々青褪めながら頷く。師匠の「首、首絞めんな」という小声を聞き流し、リアは少年の手を引いたのだった。

 初めての友人は人見知りが激しかったが、それもリアがお構いなしに話しかけることで次第に和らいだ。やがて町に下りれば必ずアハトと遊ぶほどにまで至り、ぬいぐるみで残酷な遊びに興じるばかりだった少女の成長に、師匠が人知れず安堵したのは言うまでもない。

 しかし──それも互いが十代に突入すれば関係も変わってくる。


「おい、リア! お前まだぬいぐるみなんか持ってんのか?」


 きたる思春期。

 ぬいぐるみを膝に乗せて調合の勉強をしていたリアは、アハトのそんなからかい混じりの言葉にいたく傷付いたことを覚えている。ぬいぐるみ自体に罪はないとして、この少年の悪意ある態度は何なのだろう、と。

 しんと静まり返った昼下がりの庭先、リアは無言で戸を閉じた。勿論、風が生じるほどの凄まじい速度で。



 ◇◇◇



「──昔は可愛かったのに。それから顔合わせるたびに意地悪言ってくるようになったのよ。酷いと思わない? イネス」

「うん……そうね」


 リアは憤慨を露わに黒パンを千切り、とろみのある温かいスープに浸す。ハーブで味付けされた香ばしい肉料理を後目に、もぐもぐと咀嚼する彼女の隣、哀れむような笑みを浮かべて昼食をとるのはイネスだ。

 メリカント寺院の食堂には所属する精霊術師以外にも、王宮に勤めている者にも利用が許可されている。ここはとにかく景色が良いので、気分転換で寺院に来る兵士や文官も少なくはない。恐らくアハトもそのうちの一人だろう。


「リア。アイヤラ祭は彼と一緒に行ってあげたらどう? ほら、久しぶりだし」

「その間ずーっと嫌味言われるんでしょ? さすがに耐えられないわ」

「そっか……」


 そうなるよね、とイネスは同情と諦めを(まなこ)に滲ませた。

 エルヴァスティでは冬になると、陽の光が弱まる時期──数か月に渡る極夜に備えて、大々的な祭りが催される。極夜の闇に怯える精霊を導くため、大昔の賢者アイヤラが夜通し篝火(かがりび)を焚いたことが祭りの発祥だ。

 起源はとても神秘的なものなれど、現在では三日三晩昼夜関係なく街に明かりを灯し、露店や歌劇、ダンスパーティなどを楽しむ一大イベントとなっていた。

 老若男女問わず人気なアイヤラ祭には、リアも師匠と一緒によく遊びに行った。いつもは明るいはずの昼間、ほの暗い薄闇と銀雪の中をどきどきしながら歩いたものだ。


「でも、それなら一人でお祭りに行くの? 私はユスティーナ様のおそばに付いてなきゃいけないから……」

「うん。イネスと回りたかったけど、それは明日の買い物で我慢するわね」

「……ねぇリア、やっぱり心配だわ。お祭りだからと羽目を外す輩も多いし、ヨアキム様や他の人を誘ってみたら?」


 眉尻を下げたイネスをちらりと見遣り、その気遣いにあふれた優しい視線にリアは唸る。

 確かに彼女の言う通り、アイヤラ祭で酒盛りをしたり馬鹿騒ぎをする連中は少なくない。酔った男に絡まれて非常に迷惑だった、と愚痴をこぼす寺院の精霊術師もいる。仮にも年頃の女性であるリアが、たった一人で歩くには少々心許ないのが実情だ。

 かと言ってヨアキムは昔のように快諾してくれそうにないし、というか昔も渋々付き合ってくれていただけだし、アハトと回っても幼い頃のように楽しめるかどうか分からない。

 と、そのときリアの脳裏を掠めたのは、ここにはない菫色の瞳だった。

 凍て付く寒さに悴む吐息、ぼんやりと光る純白の木々。アイヤラ祭の灯火と白群(びゃくぐん)の雪景色は、彼の藍白の髪にさぞ似合うことだろう──逞しい想像力によって突如生み出された映像の美しさに、リアはすっかり思考停止してしまった。


「…………」

「リア? 大丈夫……? どこか痛い?」

「はっ!! ううん、ごめん、ちょっと無意味な想像を」


 何を考えているのかと、リアは自身の頬を引っ張る。エドウィンは大公国にいるのだから、アイヤラ祭は一緒に回れないではないか。

 ──でも、エドウィンは快く付き合ってくれそうよね。

 少なくとも師匠やアハトよりは穏やかな時間を過ごせるに違いない。ちょっぴり残念な気持ちを持て余しながら、リアは歯ごたえのあるパンにかじりついた。



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