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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
6.友の行方と影の魔手

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6-10

 ──バザロフの遺跡に棲む影の精霊を、完全に消滅させることは叶わないだろうとヨアキムは言った。

 例え四大精霊の力を込めた星涙の剣があったとしても、ハーヴェイ・オルブライトが提唱したように、影は常に光と表裏一体だ。もしも影を消し去ることが出来たとして、表側である光にも必ず影響を及ぼしてしまう。下手をすれば自然の(ことわり)をも乱しかねないとして、ヨアキムは今後も遺跡の封鎖までに留めるよう皇太子に告げる。

 それにあたって、師匠は遺跡周辺に鬱蒼と生えた木々の伐採を提案した。陽の光を存分に浴びることで、影の精霊を弱化させることは可能だからと。


「それぐらいならお安い御用だね。他に何か注意は?」

「とにかく影の精霊を刺激するな。戦争も程々にしねぇと、奴らの力が増幅するばかりだぞ」

「あー、戦ね……キーシンの王子様がさっさと諦めてくれたら良いんだけど」


 サディアスは大袈裟にかぶりを振り、馬車の荷台に大の字に倒れてしまう。

 皇太子が寝転がりながら諸々の経費をざっくりと計上しているであろう間、リアはふと師匠に尋ねた。


「キーシンの人がバザロフ周辺で戦をしようとしなかったのも、影の精霊を知ってたからかな?」

「かもな。大昔の伝承が残ってたんだろう──それと、エドウィンだったか? お前がさっき影の精霊から貰ったもん見せてみろ」

「あ! 私も見たい!」


 師弟から急に熱のこもった視線を向けられ、エドウィンは仰け反りつつ懐に手を差し込む。

 彼が手巾をほどくと、闇を内包したような黒曜石が姿を現した。陽光を浴びると、石の奥底で微かな紫電(しでん)がはじけていることが分かる。これまた不思議な輝きにリアが目を奪われてしまうと、ヨアキムが手巾ごと石を摘まみ上げた。


「直接は触ってねぇな?」

「はい。ヨアキム殿の指示通り、布越しにしか」

「……ねぇお師匠様、精霊が直接こんな石をくれることってあるの? ジェムストーンに力を注いだものとは違うわよね?」


 ポーチから適当にジェムストーンを見繕おうとしたリアだったが、そこが見事なまでに空っぽになっていることに気付く。ぎょっとしたのも束の間、遺跡の中で石を殆ど落としたことを思い出しては草むらに突っ伏した。

 ──エドウィンに買ってもらった高いジェムストーンが……。

 彼女が己の罪深さを嘆く傍ら、知らん顔でヨアキムは黒い石を観察し続け、やがて指先で表面をこつりと突く。


「精霊が気に入った人間に、自ら力を貸し与える事例は一応あるが……精霊の誘惑以上に稀有な現象だ。況してや影の力なんぞ想像もつかん」

「え……それはつまり、影の精霊が僕に加護を与えたと……?」

「優しい言い方をすればな。要は眷属にするのは諦めてやるが、お前の近くには意地でも居座ってやるぞってところじゃねえか?」


 何とも執念深すぎる言い換えである。頬を引き攣らせたエドウィンは、怪しく光る影の石を不安混じりに見詰めた。

 皇太子と同じようなだらしない格好のまま、彼の表情を窺い見たリアは、そっとその袖口を掴む。


「大丈夫よ、エドウィン。精霊の誘惑と一緒かも」

「一緒?」

「ほら、誘惑された人の家族が守護を授かるって話したでしょ? 影の精霊は、うんと……誘惑から逃れた人が守護を受けるんじゃないかな。四大精霊と真逆の性質なら有り得そう。ね、お師匠様」


 希望的観測が過ぎると言外に呆れられたものの、ヨアキムはその可能性もあると鷹揚に頷いた。


「まぁ実際に触れてみなけりゃ分からんが」


 と、師匠が言ったときだった。

 ふと強い風が吹き抜け、エドウィンの手に戻した影の石がことりと傾く。手巾の端から皮膚に触れた石が、途端に影を溢れさせた。

 影は一瞬にして彼の腕から全身へと巡り、みるみるうちに収縮しては──あっという間にエドウィンを小さな影の獣へと変化させてしまったのだ。

 唖然としていたリアとヨアキムは、ちんまりとした影獣を見下ろすこと幾許(いくばく)もなく、大慌てで星涙の剣を掴み取る。


「うわーっ!? エドウィン!! 意識はある!? もう、お師匠様が雑に渡すからだわ!」

「うるせぇ! 中身が出るまでぬいぐるみ引き摺り回してたお前よりか物の扱いはマシだ!」

「ちょっといつの話してるの!?」


 焦るあまり全く関係のない話で喧嘩する師弟を、獣は戸惑い気味に見上げつつ、そっと前脚を星涙の剣に置いた。

 すると、すぐに清らかな光がその体をふわりと包み込み、やがてエドウィンが人の姿へと戻る。

 草むらに転がった影の石を揃って凝視したのち、彼らは盛大な溜息をついたのだった。



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