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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
6.友の行方と影の魔手

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47/135

6-2

「──リア?」


 騒々しい一日が過ぎ去り、すっかり暗くなった夜の大公宮で、リアは行儀悪くも床に座り込んでいる現場をエドウィンに目撃されてしまった。

 ハッと顔を引き攣らせたリアは、前のめりだった上体を起こし、散乱したジェムストーンを搔き集める。セシル公子の厚意で貸してもらった部屋とは言え、さすがに散らかし過ぎた。


「エドウィン、びっくりした」

「すみません。何度かノックをしたのですが、返事がなかったので……出直した方が良いですかね」

「ううん! すぐ片付けるわ!」


 光沢と透明感のある石とそうでないものを大雑把に仕分けていると、視界の外から最後の一つを手渡される。受け取りつつ顔を上げれば、そこに貴公子然と跪くエドウィンがいた。ただ片膝をつくだけで何故こうも絵になるのかと、リアは心底理解が及ばぬままお礼を述べる。


「ありがとう」

「いえ。またアミュレットを作っていらしたのですか?」

「うん。影の精霊を追い払うには、やっぱり四大精霊のアミュレットが必要だと思って……まぁ時間がないから、石一個につき精霊一つずつだけどね」


 鎮静効果のある水のアミュレットは常に持っておくべきとして、影の精霊が嫌う()の一種──火のアミュレットも効果的だろうとリアは推測した。

 差し出した橙色の輝きを纏うジェムストーンに、エドウィンは興味深そうに魅入っている。


「水のアミュレットよりも、心なしか光が強いですね」

「火の精霊はちょっと気性が激しいの。これ、松明代わりになるのよ。見てて」


 予備のロケットに石を入れると、ジェムストーンが一際強い光を帯びる。蝋燭と比にならぬほどの灯火は、リアとエドウィンの影を浮き彫りにするまで明度を上げていく。薄暗かった部屋が一転して煌々と照らされるのに併せて、驚きに見開かれた菫色の瞳も美しく煌めいた。


「火の粉が中で舞って……」

「そうそうっ、綺麗でしょ?」

「ええ、とても」


 打ち寄せる波のごとく、鉱石の内側で絶え間なく噴き上がる炎。師匠や大巫女が創るアミュレットはもう少し鮮やかな色を出すのだが、リアはまだその域に達していない。

 四大精霊の中でも極めて鮮明に現れる奇跡は、火のアミュレットが大昔から宝珠として扱われている所以だ。エルヴァスティの古い集落では、祭壇へ捧ぐ定番の供え物だそうな。

 そっとロケットの中から石を取り出せば、次第に光が治まっていく。その様を最後まで眺めたエドウィンは、穏やかな笑みを引き摺ったまま口を開く。


「……すみません、リア」

「へ?」


 精霊の力を披露して得意げになっていたリアは、唐突な謝罪に呆けてしまった。

 全ての石をじゃらじゃらとポーチに流し込むのを待ち、エドウィンが優しい手つきでリアの右手を掬う。大きな手を控えめに握り返せば、そのまま抱き寄せられるようにして立ち上がった。


「何が……あ、今日、私を心配させたこと? 確かに寿命が縮んだ気がしたわ! てっきりあなたが大公宮で獣になったのかと」

「それも申し訳なく思っていますが」

「ちょっと、どうして嬉しそうなの」

「気のせいです」


 何故だか喜色を浮かべて謝ったエドウィンに、ついつい眉根を寄せる。他人を心配させて喜ぶなど困った男だと、リアは責めるように彼の腕を軽く叩いた。


「もう、本当に慌てたのよ。おかげで皇太子様と不法侵入する羽目になったじゃない」

「そこがあなたらしいですね。僕としてはこっそり伯爵邸に戻ってほしかったのですが──いえ」


 自分の言葉を静かに否定した彼は、リアを窓辺の椅子に座らせると、ここ最近で目に見えて短くなった三つ編みを掬い上げる。真っ直ぐに切り落とされた毛先へ、エドウィンはいつかと同じように口付けた。


「……リアが駆け付けてくれたとき、ホッとしたのが本音です」

「そ……そうなの?」

「ええ。僕のために走って来てくれたのかなと」


 どぎまぎしている最中に、エドウィンが悪戯な色を宿して笑う。あわせて月光を纏う藍白の髪が、一筋だけ彼の首筋に掛かった。

 その光景にわけもなく頬に熱が集まり、リアは背を反らしつつ三つ編みを回収する。彼の手からするりと黒髪が逃げれば、残念そうに菫色の双眸が細められた。


「あ、ああ当たり前よ、私たちもう赤の他人でもないし、えっと、そう、友人みたいなものでしょ!?」

「それは光栄です。ありがとう、リア」

「びゃ」


 耳朶に馴染ませるような、あまりにも優しい声音に驚いて、変な声が出てしまった。リアが一人慌ただしく三つ編みを抱き締める傍ら、エドウィンは肘掛けに両の手を添えて告げる。


「ですが、本当に危険な場合は逃げてくださいね」

「それって、いつ?」


 影の精霊をどうにかするまでは、彼を見捨てる予定などないのに。いや、それ以降も多分ないとは思うのだが。

 危機的状況とやらを想像しようと唸るリアに、エドウィンは苦笑をこぼした。


「あなたの命が危険に晒されたときです。……バザロフの遺跡でも、何か異変を感じたら自分の身を優先してください」

「え、でも……一番危ないのはエドウィンよ。私、あなたを助けるためにここにいるのに」

「だからこそですよ、リア」


 丸まった背中に、羽のような軽さでエドウィンの手が触れる。ふわりと抱き寄せられてしまえば、リアは更に縮こまるしかなかった。互いの息遣いが聞こえる距離で、エドウィンは掠れた囁きを彼女の耳に吹き込む。


「──……僕を守るために命を落とすなど、あってはならない。無理はしないと約束して」


 切なげな懇願に、リアは気圧されるがままに頷いた。

 そっと視線を交わしたエドウィンは、安堵の笑みをゆるやかに咲かせる。そして目前にある紫水晶を指先で揺らし、ゆっくりと抱擁を解いたのだった。


「それだけです。……今日はゆっくり休んでください、リア」



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