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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
5.疑いを晴らすには

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43/135

5-8

「──エドウィン!!」


 奥の部屋に入るなり、藍白の髪を認めたリアは歓喜の声を上げて駆け寄った。彼女が大公宮にいるとは思わなかったのか、ぽかんとしたエドウィンは戸惑いたっぷりにまばたきを繰り返す。


「リ……リア? 何故こちらに? 伯爵邸にいたのでは」

「お守りが完成したから、急いで追いかけてきたのよ。そしたら司教があなたを拘束したって聞いてっ……大丈夫? 拷問とかされてない!?」

「だ、大丈夫です、されていませんよ」


 勢い余って正面衝突したリアを抱き止めたところで、エドウィンはようやく柔らかな笑みを浮かべた。その麗しい笑顔に傷や痣などは見受けられず、リアもホッと胸を撫で下ろす。

 最中、少しばかり乱れた黒髪を控えめに整えていた大きな手が、やがてリアの頬をそっと持ち上げた。


「リア、まさか一人でここまで? 教会の者がいたはずですが、怪我などは……」

「一人じゃないわ、あの人が協力してくれたの。アスランさんって言うんだけど、知ってる?」


 部屋の入り口を振り返ってみると、ちょうど戸口の向こうにアスランの姿が見えた。視線に気付いた青年がひらひらと手を振れば、エドウィンも不思議そうな面持ちながら会釈をする。


「アスラン……? いえ、お会いしたことはない、かと」

「そっか」


 しかし途端に既視感でも覚えたのか、エドウィンは口元を覆って神妙になる。彼がアスランを黙って見詰めていることなど露知らず、リアは本来の目的を達成するべく懐を漁った。

 麻袋を逆さにして取り出したのは、淡い輝きを纏うジェムストーン──リアが何日も費やして作り上げた四大精霊のアミュレットだ。

 土に風、水に火と、四つの力を一身に取り込んだジェムストーンは、周囲の光を吸収しては七彩を放つ。手のひらで転がるたび、きらきらと表情を変える美しい石に、リアは完成した時と同様、改めて見とれてしまった。


「エドウィン、ロケットを貸して。これと入れ替えるわ」

「あ……もしかしてそれが?」

「ええ、お師匠様が言ってたアミュレットよ。効果があると良いんだけど──」


 エドウィンが襟元からロケットの組み紐を掬い上げ、銀の容器を外気に晒す。かちりと音を立ててその容器を開いたリアは、青白い燐光を放つジェムストーンを取り出し、新たな石を嵌め込んだ。

 そのとき、部屋の外がにわかに騒々しくなる。迫る足音に驚いたリアを、ぐいと逞しい腕が引き寄せた。状況が飲み込めないままエドウィンの険しい横顔を見上げていると、やがて荒々しい音と共に扉が開かれる。


「怪しい娘が大公宮へ侵入したそうですなぁ、ゼルフォード伯爵! ようやく魔女の身柄を引き渡す気になったか!」


 威勢よく現れた初老の男とばっちり目が合ったリアは、もしかしてその怪しい娘とは自分かと言外に問う。対する司教の方も、いつの間にか部屋に入り込んでいる見知らぬ娘に暫し疑問符を浮かべていたが、やがてハッと我に返った。


「その娘だな!!」

「私の身柄が何だって!?」


 二人がほぼ同時に叫べば、エドウィンが双方の視線を遮るようにリアを抱き寄せる。前にもこんなことがあったぞとリアが赤面していると、彼の落ち着いた声が頭上から発せられた。


「引き渡すつもりはないと何度申し上げれば理解していただけるのですか。司教は大公家が魔女に呪われていると仰いますが……そもそも彼女はまだ二十年も生きていないでしょうし、不審死の元凶のはずがありません」

「ぐ……精霊、いや悪魔と契約した魔女は歳を取らぬのだ! あの高慢な、エルヴァスティの大巫女が良い例だろう!」


 精霊術師は普通に歳を取るし、ユスティーナはただ単に若々しいだけである。内心でそっと訂正したリアは、憶測だけで喋る司教に溜息をついてしまった。

 それを聞き咎めようとした司教がこちらに鋭い一瞥を食らわせ、その途中で捉えた茶髪の青年に視線を戻す。アスランは緊迫した空気でもお構いなしにソファに腰掛け、のんびりと茶を啜っていた。……トラヴィスが用意したのだろうか。一人だけ思い切り寛いでいる彼の姿に、ムイヤールは不愉快だとばかりに眉を顰める。


「な、何者だそやつは? 魔女の仲間か」

「ん? 僕のことは気にせず話を続けると良いよ。ちなみにその娘は魔女ではないが──」


 アスランは行儀悪くもティースプーンでリアを指すと、思案げにその長い脚を組んで笑う。


「──エルヴァスティの精霊術師だと思うよ」


 しんと部屋が静まり返った。

 エドウィンとトラヴィスがぴしりと固まっているのと同様、教会の者たちも身動ぎ一つしない。やがて皆の視線が集められたところで、思考停止していたリアは溜めに溜めた息を吐き出した。


「こっ……この状況で何てこと言うのぉ!?」

「あれ図星? 参ったな、僕の観察眼が優れ過ぎていたみたいで」

「精霊術師だと!? 正真正銘の魔女ではないか!! 弁明の余地はない、そやつが大公家の呪いの元凶だ! 捕えろ!!」


 直後、我に返ったムイヤールが嬉々として指示を下す。教会騎士がすぐさま武器を構えて近付く光景に、エドウィンがにわかに殺気立ったときだった。

 場を混乱させた張本人であるアスランが、勢いよく槍の石突を床に打ち付け、再び部屋に静寂を引っ張り戻す。肌が痺れるような威圧感に襲われ、リアはつい息を呑んで青年を見遣った。


「話を続けろと言っただろうに……ムイヤール、お前はまず正しい大陸史を学ぶところから始めよ。エルヴァスティの精霊術師はかつて征服戦争において、英雄ハーヴェイ・オルブライトと共に戦った記録もあるのだぞ。司教の座に就いていながら、よもやそんなことも知らぬと申すか」



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