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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
4.用法用量を守ったお付き合い

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31/135

4-5

 魔女の子ども。

 その言葉がエドウィンの憤怒を誘ったことは明白だった。

 彼は激情を抑え込むように拳をきつく握り締め、踵を鳴らしてブレントンの元へ詰め寄る。まるで眠っていた獣が突如として牙を剥いたかのようなおぞましい気迫に、ブレントンが途端に困惑を露わにして後退する。

 しかしその足は、エドウィンがすぐ目の前まで迫ったことで止まってしまった。惨めなほど震えている青年を睨み下ろし、エドウィンは底冷えがする声で言う。


「……戦場帰りの人殺しを貶めたいのなら、別の方法を考えた方がよいかと。手元が狂ってしまうかもしれません」

「な……」


 ブレントンが慌ただしく視線を下ろし、エドウィンの腰辺りを探る。しかし彼は帯剣しておらず、今の言葉がからかいだったことを知っては羞恥と怒りを露わにしていた。

 だが相手が誰であっても、あの研ぎ澄まされた殺気を真正面からぶつけられれば、思わず本気にしてしまうことだろう。エドウィンの声に、いつもの優しい温度は宿っていなかった。


「それほどの侮辱ということです。もう幼い子どもではないのだから──少しは態度に気を付けろ」


 鋭い刃を喉元に突き付けるように。

 エドウィンが語気を強めて言い放てば、ついにブレントンがその場で腰を抜かした。我に返った付き人が慌てて彼を支えたが、立ち上がるには至らず。仕方なく彼らはエドウィンに何度か頭を下げつつ、ブレントンを引き摺って退散していった。

 しんと静まり返った廊下で、リアはそわそわと視線を彷徨わせる。どう声を掛けたものかと、エドウィンの背中をただ見詰めることしか出来ずにいると。


「……いやあ、血の海になるかと思ったな。まぁ今のはエイミス家の坊ちゃんが完全に悪いが」

「ぎゃあ!?」


 背後から聞き覚えのある声で囁かれ、リアはつい悲鳴を上げた。

 するとハッとした様子でエドウィンが振り返ったが、彼と目が合うより先にリアも体を反転させる。そこで悪戯な笑みを携えて立っていたのは、国立図書館で遭遇した眼帯の男だった。


「また会ったなお嬢さん。と、銀騎士殿」

「うわ、わ、何でまたいるのよ破廉恥眼帯のお金持ち」

「どんな呼び方してんだ田舎娘」

「いた」


 額をピシッと指で弾かれてよろめくと、すぐに背中を受け止められる。

 案の定、リアを抱き止めたのはエドウィンだ。不思議なことに、先程の何者をも凍り付かせるような殺気は綺麗に消えている。その代わり、彼は少々苦手そうな表情で眼帯の男へ会釈をした。


「すみません、お見苦しいところを」

「気にするな。あんたの言う通り、坊ちゃんは今一つ喧嘩の売り方が分かってないようだからな」


 ついでに売る相手も。男の笑い交じりの言葉に、エドウィンは何も答えなかった。

 話に付いて行けず二人を交互に見上げるしかないリアは、暫し黙考した末に、ぐいとエドウィンの腕を引く。


「リア?」

「ここ気まずいから、外行こう、外」

「え……しかし図書館に行くのでは」

「もう、後で!」


 エドウィンは出会った当初のように顔色が悪かった。こんな状態で調べ物に付き合せるわけにはいかないし、何より今のやり取りを言及せずにいられるほどリアは大人でもない。

 事情を知っていそうな眼帯の男も引き連れて、彼女はアズライト宮への通路を小走りに戻ったのだった。



 ──ブレントン・エイミスはワイアット公爵家の一人息子で、一家揃って熱心なイーリル教信者として有名だ。

 過去の戦で功績を挙げたことで臣民公爵となったエイミス家の当主は、大公家の血縁者にも劣らぬ発言力を持っているという。そしてその息子であるブレントンは、父の威光を笠に着て周囲を見下す節があるために、昔から浮いていたと眼帯の男は言った。


「あの様子じゃ今も浮きっ放しみたいだが……銀騎士殿には特に噛み付いてたって聞いたぜ?」

「……よくご存じですね」

「まぁな」


 アズライト宮の庭園の隅、石垣に腰掛けた男は長い脚を組んで笑う。粗暴な振る舞いの中、何故だか両立する艶と気品に首を傾げつつ、リアは素朴な疑問をぶつけた。


「公爵さまの子どもが、どうしてエドウィンに噛み付くの?」

「そりゃ本人に聞きな。俺はうっかり大公宮の人間から話を聞いちまっただけだからよ」


 おどけたように両手を挙げた男が見遣った先には、心なしか沈んだ表情のエドウィンがいる。

 せっかく最近は元気になっていたのに、とリアは不満を露わにしながらも彼の背中を優しく摩った。


「その……昔からあんなこと言われてたの?」

「……ええ。僕の評判を下げるには打って付けですから……」


 ひどく疲れた様子で頷いた彼は、ちらりとこちらを一瞥する。陰りを宿す菫色の瞳を正面から受け止めれば、エドウィンは安堵の息をもらし、過去に起きた出来事について語ったのだった。



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