表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
3.五里霧中

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/135

3-6

「…………失礼。彼女に何か御用ですか」


 下着泥棒と対峙したときよりも、いっそう剣呑な眼差しでエドウィンが問う。

 彼は何故かとても怒っているようだった。リアを抱き寄せる腕は優しいが、放つ雰囲気は非常に刺々しい。これは死人が出る。

 頬を引き攣らせたリアは慌てて体を反転させ、エドウィンの肩を控えめに叩いた。


「エドウィン、エドウィン。待って大丈夫、別に何もされてな」

「何も? 十分されていましたよ」


 腰を力強く抱かれ、くいと顎を掬われる。

 それが先程まで男に強いられていた姿勢だと気付き、リアは音が鳴るほど顔を赤くしてしまった。何より今、それをエドウィンに再現されていることが途方もなく恥ずかしい。

 エドウィンは無防備を咎めるような手つきで喉をなぞると、やがて羞恥に縮こまった彼女を腕の中に閉じ込めてしまった。

 そして彼が再び胡乱げな瞳で男を睨めば、堪えるような笑いがもたらされる。


「驚いたな。まさかとは思ったが……北部戦線でご活躍中の()()()エドウィン・アストリー殿じゃあないか。キーシンとの戦は終わったのか」

「……収束に向かっていると報告を頂いています」


 ──銀騎士?

 エドウィンに抱き締められたまま身動きの取れないリアは、その呼び名に疑問符を浮かべた。

 しかし眼前にある逞しい胸板と仄かな良い香りのせいで、彼女の思考は全くまとまらず。一人でぐるぐると目を回していると、エドウィンが素っ気ない口調で会話を切り上げようとした。


「用事が詰まっておりますので、これで失礼させていただきます」

「つれないな。そのお嬢さんと世間話すらさせてくれないのか?」

「先程のあれが世間話だとでも──っ」

「のわっ!?」


 突然、エドウィンの胸が大きく喘ぐ。リアが目を見開く暇もなく、彼は苦しげな呼吸と共に前のめりになった。

 咄嗟にリアが踏ん張ったおかげで崩れ落ちることはなかったが、それでエドウィンの異変が治まったわけではない。彼の額や首筋には玉のような汗が浮かび、虚ろな瞳は今にも閉ざされてしまいそうだ。


 ──まさか、呪い!?


 どくりと心臓が嫌な音を立てる。リアは緊張に指先が冷たくなるのを感じながらも、急いでエドウィンの右腕を持ち上げて頭をくぐらせた。そしてしっかりと彼の右腕と背中を掴みつつ、小声で言い聞かせる。


「エドウィンっ、ゆっくり呼吸して、まだ寝ちゃ駄目よ……!」

「おい、何があった?」

「ななな何でもない! その本、元の場所に戻しといて!」

「は?」


 困惑する男に後片付けを一方的に頼み、リアはエドウィンを支えたまま図書館の外を目指して走り出した。

 エドウィンの意識が途切れてしまう前に、どこか人のいない場所を探さねばと視線を巡らせる。しかしリアが大公宮の造りに詳しいはずもなく、どこへ向かうべきかと焦りばかりが膨らんでいく。

 早くしなければ衆目を集めてしまう。もしも医師なんて呼ばれたら大変だ。皆の前でエドウィンが獣になる瞬間を披露することになる。

 図書館の出入り口に近付くにつれて、人混みが増えてくる。彼らの視線がこちらへ向けられるたび、ヒヤリと背筋が冷たくなる。

 どうか誰も声は掛けてくれるなと必死に願っていると、覚束ない足取りのエドウィンが小さく口を開いた。


「……っリア」

「エドウィン、ど、どこ行けば良いっ? 人がいっぱいで」

「図書館を出て、右の……通路を真っ直ぐ」

「右ね、右」


 善神イーリルの彫像を通り過ぎ、ようやくリアは図書館の大扉をくぐる。

 外はいつの間にか日が沈みかけており、鮮やかな茜色が空の裾に残る程度だ。ひんやりとした風が汗を冷やす中、言われた通りに右折しては人気のない柱廊を進む。

 歩調の合わない二つの足音が、次第に速度を落としていく。

 耳に触れる呼気は弱く、エドウィンの呼吸がどんどん浅くなっていることを知った。

 ちらりと横を窺ってみれば、ちょうど彼の横顔に黒い筋のようなものが這う。血管に似たそれは、ゆっくりと彼の頬から額に向けて手を伸ばしていく。

 禍々しい光景にリアは息を呑み、即座に周囲を確認した。幸い、人影はもう見当たらない。


「リア、……離れてください。獣の姿だと、あなたを傷付けるかもしれない」


 柱廊の外側にある庭園に下りたリアは、垣根の陰にエドウィンを座らせた。鞄から引っ張り出した手拭いで、彼の汗を吸い取りながら告げる。


「私は大丈夫よ。エドウィンから目を離す方が危ないわ」

「ですが……」

「あんまり覚えてないかもしれないけど、私あなたのこと全力で追いかけ回した女なのよ。心配しないで」


 そこだけは自信満々に言い切ると、エドウィンが少しの間を置いて力なく笑った。

 影は既にエドウィンの首を黒く染め抜いている。袖口を捲れば、そこも同様にして影が皮膚を蝕んでいた。

 ──侵蝕が始まるのは心臓の辺り、聞いてた通りの強烈な眩暈と、あと発熱もある。

 出来るだけ呪いの症状を確認しながら、リアは彼の首に掛かっているアミュレットを胸元から引き抜いた。


「……!」


 ロケットの内側、水の精霊から加護を受けたはずのジェムストーンは、半分に欠けてしまっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ