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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
3.五里霧中

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3-1


「エドウィン。私、おかしくない?」

「どの辺りがですか?」

「え、あの……いや、何でもない」


 いつもは一本に編み込んでいる濡羽色の髪が、今朝は後頭部でハーフアップにされ、鏝で巻かれた毛先がゆるやかに肩へ掛かる。

 袖のない藍色のローブの下には、腰から裾に掛けて直線的なシルエットを描く淡い紫のドレスが、控えめな色遣いでありながらよく映えている。

 踵のある編み上げブーツも相俟って、少しばかり身長が高く、どこか大人びて見えた。

 結論としては何もおかしくないし、寧ろ。


「とても可愛いですよ」

「こ、この色男め! おだてても何も出ないわよ!」


 真っ赤になって分かりやすく照れるリアに、エドウィンは笑いながら手を差し出す。彼女は慣れないお(めか)しに羞恥を滲ませ、慌ただしく馬車から降りた。

 広大な前庭を真っ直ぐ進んだ先に堂々と聳え立つのは、初代メイスフィールド大公の直系たるオルブライト家が住まう大公宮だ。

 白亜の壁に真紅の国旗。伯爵邸の数倍の規模を誇る宮は、エドウィンにとっては素晴らしくも見慣れた建物だが、隣で立ち尽くすリアに関しては「ここ何処?」と目的地を忘れるほど圧倒されてしまっている。

 彼女の反応に肩を揺らしつつ、エドウィンはそっと左を見るよう促した。


「リア、あちらの通路から国立図書館に行けます。……本当にお一人で大丈夫ですか?」

「だだだ大丈夫よ。裸足で走ったりしないから安心して」

「そこは心配してませんが」


 エドウィンがセシル公子と会う間、リアは一足先に図書館へ向かうことになった。メイスフィールド大公国の建国記──つまりは三十年前から今に至るまでの史実を洗いつつ、そこに潜む呪いの痕跡を探してみると。

 馬車の中では普段通りてきぱきと予定を立てていたはずの彼女だが、今は幼い子どものように落ち着きがない。こくこくと頷くリアの横顔を一瞥し、エドウィンはそっと小さな手を掬い上げた。


「何か困ったら、この許可証を職員か衛兵に見せてください。案内してくれるはずですから」

「わ、分かったわ」

「殿下とのお話を終えたら僕もそちらへ向かいますので」


 顔を覗き込んで告げれば、菜の花を彷彿とさせる双眸がこちらを見上げる。暖かくも蠱惑的な光を宿す瞳が、ふと安心したように細められた。


「ありがとう。エドウィンってやっぱり、ちょっと過保護よね」

「え」

「あっ、優しいって意味! 公子様とはゆっくり話してきて。一つぐらい手がかり見付けておくわ!」


 そう言ってリアは入館許可証を手に、小走りに立ち去ってしまう。

 途中、こちらの視線に気付いてか、振り向きざまに手を振って。


「……」


 リアの姿が見えなくなった頃、エドウィンはハッと我に返った。中途半端に上げたままだった右手も下ろす。

 呑気に見送っている場合ではない、公子の元へ急がねばとエドウィンが額を押さえたとき。



「──エドウィン、今のはこいびとか?」



 勢いよく後ろを振り返る。

 しかしそこには誰もおらず、ゆっくりと視線を下へ落としていくと、真ん丸な翠色の瞳がエドウィンを見上げていた。

 左右に分けられた柔らかそうな金糸の間、傷一つない玉のような白い額が覗く。

 五年前の面差しを残しながらも、確実に成長しているその少年に、エドウィンは大きく目を見開いた。


「セ……セシル殿下!? 何故こちらに」

「待ちきれずに来てしまったよ。そしたらエドウィンが珍しく女性と話していたものだから……こいびと?」

「いえ、違います。彼女はうちに滞在している薬師殿でして」

「薬師? そうか」


 訝しげな表情で顎を摩り、セシルはおざなりな相槌を寄越す。しかしそれも束の間のこと、ぐっと両手をこちらに伸ばした公子は、微かな笑みを浮かべて告げた。


「エドウィン、よく帰った。特別に抱擁を許そう」

「……光栄です」


 エドウィンは苦笑混じりに礼を述べ、公子の両脇をひょいと抱え上げる。


「な!? こらエドウィン、私はもう五歳児ではない! 降ろさないか!」

「すみません、つい癖で。さすがにお嫌ですか」

「む──お前がどうしてもと言うなら致し方あるまい」


 何だか妙な成長の仕方をしたな、とエドウィンは笑いを引き摺りつつ、以前より格段に重くなった公子の背中を抱き締めた。



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