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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
16.足並みをそろえて

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132/135

16-1

 二頭蛇の杖が分厚い布に包まれていく様を、イヴァンは静かに眺めていた。

 それは故郷に伝わる秘宝であると同時に、彼にとって己の地位を確かなものにする唯一の証だった。顔も知らぬ父親から譲り受けた、キーシンの王を自称するための。


「本当に良かったのかい、イヴァン王子」


 宝物庫から視線を外して振り返ると、皇太子の姿がそこにある。鳶色の瞳でモーセルの杖を一瞥すると、改めて問いかけるように眉を動かす。

 イヴァンは然して動じることもなく、ひとつ肯いて了承の意を示した。


「あの杖も、王位も、俺の手には余る。帝国とエルヴァスティの連中で管理してくれるなら、それが最善だと判断したまでだ」

「聖遺物、だったかな? 確かに人が触っていいもんじゃないね」


 件の大罪人の末路を思い浮かべてか、サディアスは肩を竦める。

 キーシンの民を散々振り回してくれた男は、数日前に命を落とした。聞けば、彼は最愛の妻を蘇らせるためだけに、イヴァンやその配下に近付いたのだという。(まが)を支配する杖──聖遺物の存在を何処かから嗅ぎつけて。

 今後、ダグラスのような輩が二度と出てこないとは断言できない。聖遺物という呼び名に惹かれ、よからぬことを考える者も現れることだろう。

 そうなったとき、国と民を持たぬ王なんぞに、モーセルの杖を守り切るほどの力はない。

 イヴァンは刺青の刻まれた自身の手を見詰め、鷹揚な動きで踵を返した。


「サディアス皇太子。長いこと迷惑を掛けたな。俺の首を城門に晒せば、下らん戦は終わりだ」

「ん? ああ、そのことなんだけど」


 サディアスは今思い出したと手を打ち、静まり返った回廊を振り返る。釣られて見てみれば、脇の通路から小さな頭がいくつもこちらを覗いていた。

 キーシンの戦災孤児たちだ。彼らの纏う清潔な衣類や、綺麗に洗われた髪や肌を見るに、手厚く扱われていることが窺える。知らずの内に安堵の息を漏らしていたイヴァンの耳に、皇太子の笑い交じりの声が届く。


「彼らの保護者が必要でね。引き取り先が決まるまで預かってくれるかい、というかもう決まったから返事は要らないよ」

「は?」

「そうそう、エルヴァスティの天才ことリュカ・フルメヴァーラ術師からも口添えがあってね」


 はい、と気軽に差し出された紙切れ。手帳から適当に切り取ったような小さなそれを、イヴァンは怪訝な表情で受け取る。そこにはやはり、食事でもしながら片手間に書いたであろう文字が斜めに並んでいた。


 ──おじちゃん、今度薬草の採取するから手伝って。


 あのガキか──完全に乗り物扱いされているイヴァンが頭を抱えれば、一方の皇太子は朗笑を上げる。


「勝利宣言に使う首は、勝手に首長を名乗っているあの男にするよ。貴殿はキーシンの未来のため、しばらく力を貸してくれると嬉しいな」

「未来?」

「言っただろう? キーシンの文化はこれからも受け継ぐつもりさ」


 イヴァンが何かを言うより先に、話は終わったと言わんばかりにサディアスは背を向けてしまう。それが合図だったのか、うずうずと飛び出す機会を窺っていた子どもたちが「イヴァン様!」と駆けてきた。

 彼らの勢いある突進を受け止めつつ、イヴァンは微苦笑をこぼしたのだった。



 □□□



「──だぁかぁらぁ! 何で私の伯父って言ってくれなかったの!? 別に隠さなくても良くない!?」

「はーうるさいうるさい、怪我人に怒鳴るな馬鹿弟子、ただでさえ繊細な俺の傷に響くだろうが黙って出て行け」


 皇宮の一室で騒々しく言い争うのは、今朝になってようやく目を覚ましたヨアキムと、彼の回復を聞いて飛んで来たリアだった。

 リアが駄々をこねているのは言わずもがな、ただの同居人と思い込んでいた師匠が伯父、つまりは母の兄だったという事実についてだ。

 数日前の夜、エドウィンと共に皇都へと向かう帰路で、度重なる疲労ゆえに彼が穏やかな口調でそんなことをボロッとこぼしてしまったのが運の尽き。詳しく教えて欲しいと怒涛の勢いで問い詰めれば、知らない話が出るわ出るわ──話しづらそうにしていたエドウィンから容赦なく根こそぎ聴取したリアは、師匠の目覚めを鬼気迫りながら待ち続けていたわけである。


「お師匠様が家族だって知ってたら、捨てられるかもとか無駄に悩むことなかったのに……」


 ぼそぼそといじけた声は、ヨアキムの耳にしかと届いたらしい。ばつが悪そうな顔を他所へ向けた後、恨みがましい半目を遮るようにリアの頭をおざなりに撫でた。


「本当に無駄な悩みだったな」

「もう! なあにその適当な態度!? 私のこと娘だーって叫んでたくせに!」

「ああ!? 聞こえてたのかよ忘れろ!!」

「うわっ、そう言うと思ったからお師匠様が寝てる間に言いふらしときましたー」

「コラ馬鹿弟子!!!!」

「相っ変わらず騒がしいのう……」


 あまりに声が大きくて、扉がノックされたことにも師弟は気が付かなかった。同時に振り返ってみれば、ユスティーナがげんなりとした顔で耳を押さえていた。


「大巫女様! ありがとうございます、お師匠様のこと治療してくれて!」

「喧嘩で開いた傷は治さんからな。程々にしなさい」


 大巫女は外にまで響く二人のやり取りを窘めると、肩を竦めながら付け加える。


「それと私は一足先にエルヴァスティへ戻る。イネスをそろそろ休ませてやらねば……そなたらはのんびり帰ってくると良い」

「はーい」

「ではな。大事な()と仲良くするように、ヨアキム」

「それ言いに来ただけだろオイ」


 ユスティーナが知らん顔で退室したところで、一通り文句を言って満足したリアも腰を上げた。首や腕に包帯を巻いた仏頂面の師匠を一瞥し、彼女は「そうだ」と笑顔を浮かべる。


「お師匠様、家に帰ったらお母さんの話が聞きたいの」

「……」

「正式な精霊術師になるための試験も受けたいし、影の精霊についてもっと詳しく調べたいし、あと」

「待て一気に言うな、どんだけやりたことあるんだお前」

「いっぱいあるわよ! 私、もう精霊に囚われた生活はやめるの。お師匠様みたいに長生きする予定だから!」


 明るい言葉と共に胸を張って見せれば、ヨアキムがふと目を丸くした。


 ──誰かと生きるべきだと私は思うよ。正確には誰かのために、かね。


 以前ユスティーナが話してくれたように、この不器用で仕方ない師匠はリアのために生きてくれていたのだ。愛し子という不利を背負いながらも、リアを一人ぼっちで残すことがないように。

 幼い頃と同じ仕草で師匠に抱きついたリアは、大好きな木材の香りに身を任せ、しばし抱擁に浸っていたのだが。


「──というわけでエドウィンと買い物行ってくるわね」

「は?」

「イネスとアハトにあげるお土産を買わなきゃって言ったら、僕で良ければ付いて行きますよって! えへへ」

「えへへじゃねえよ、お前それ都会の男の常套句だぞ待て」

「常套句って何の? とりあえずお師匠様はもうちょっと休んで、お酒も飲んだら駄目よ!」


 まだ何か言いたげな顔のヨアキムは、ついに諦めたように溜息をつき、いつもの仕草で手を払ったのだった。



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