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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
14.残された者
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14-5

 ──瓦礫と砂埃にまみれた、どんよりと湿った薄暗い空間を、数人の兵士と精霊術師が恐る恐る進む。

 彼らの周囲にぽつぽつと漂う火の精霊が、見通しの悪い視界を橙色に照らす。大きく崩壊した皇宮の天井からは白くはっきりとした光が射し込んでいたはずだが、通路の角を曲がってしまえばぷつりと届かなくなった。

 現在もヨアキムの治療に当たっている大巫女の話によれば、二体の影獣は皇宮の東棟一階に逃げ込んだとのこと。その姿を捕捉するまでは、心許ない光だけで探索を続けねばならなかった。

 しかし彼らが歩を進めながら一様に気にしているのは、闇に潜む影獣の所在などではなく。


「……おい」

「ん」

「何故俺がこんなことを?」


 先導を務める赤毛の大男。

 腰にある立派な片刃剣は言わずもがな、体にびっしりと刻まれた黒い刺青(いれずみ)が、彼の厳つい風貌に更なる凶悪さを付加して周囲を威嚇する。

 しかし。

 その肩には彼の厳つさを無理やり薄めてみましたと言わんばかりに、愛らしい顔立ちの少年がちょこんと乗っかっていた。

 それは一見して凶暴な熊と子犬が一緒に歩いているような、可愛さよりも奇妙さが先立つ光景である。


「リュリュ、だ、駄目だぞ……そんな、いかにもヤバそうな人に肩車なんて頼んじゃ……早く降りなさい……」

「ていうかその人、王子様……」

「暇でしょ、おじちゃん」

「リュリューっ!」


 同伴の精霊術師が悲鳴を上げる傍ら、クルサード兵も冷や冷やと様子を窺うが、やはり誰一人として彼──キーシンの王子イヴァンに声を掛けることはなく。

 リュリュは二か月ほど前に自分を寒空のもと連れ回してくれたイヴァンのことを、それはもうよく覚えていた。そのせいで暫く風邪を引いて寝込み、挙句の果てにアハトの聞きたくもない失恋話に付き合わされたことも。

 発熱に咳に鼻水、普段からあまり体調を崩さない少年にとって非常に辛い数日間だったのだ。いろいろと恨みのこもった声に、当のイヴァンは曖昧な態度で応じる。


「いや……俺はキーシンの奴らを止めるために、一時的に牢から出してもらったんだが」


 どう考えても自分がやるべきは影獣の捜索ではなくキーシンを食い止める方だった、とでも言いたげな王子の渋面を両手で掴み、リュリュはぐいと前方を向かせる。


「歩いて」

「無視か」


 顔に似合わず手厳しい少年である。

 だが戦災孤児の面倒を見ていたせいか、やはりイヴァンは苛立った様子もなくリュリュの我儘に付き合った。途中、その赤毛をぐしゃぐしゃにされても怒ることはない。どちらかと言えば、周囲の同伴者たちの方が終始ソワソワしていたぐらいで。


「いた」

「……どこだ?」


 やがて、珍妙かつ緊迫した空気に終止符を打ったのは、それを生み出した張本人であるリュリュだった。

 立ち止まったイヴァンの肩から周囲をサッと見渡した少年は、束ねた黒髪から二本ほど毛を引き抜く。


「──凪に燃ゆる裁きの紅炎よ、潜む獣を闇より炙り出せ」


 ひょいと両手を振れば、ふわりと落ちた対価を青い(おにび)が喰らう。

 直後、急激に肥大化した炎を各々引っ掴み、少年は勢いよく前方へ投げ飛ばした。尾を引きながら闇へと突っ込んだ炎は、獲物を捉えるや否や凄まじい轟音を鳴らして爆発する。

 頭上で躊躇なく行われるとんでもなく攻撃的な精霊術にイヴァンは言葉を失っていたが、どうやらそれは後続の兵士と精霊術師も同じだったらしい。全員がぽかんと口を開けて固まっていた。

 そこでハッと、何かに気付いた様子でイヴァンが眉を寄せる。


「……!? いや待て、こちらに逃げた影獣……だったか? 元は人間だと聞いたぞ、今ので死ん」

「だいじょうぶだよ。おじちゃんの髪はちょっと焼けたけど」

「おい」


 妙に焦げ臭いと思ったら。イヴァンが自身の赤毛を触る傍ら、リュリュはずっと視線を動かさない。そして影獣の小さな唸り声を聞き捉えると、すぐに別の呪文を唱え始めた。


「──大地を巡る導きの翠風よ、遍く命を巡る癒しの清流よ、全てを還す宥恕の巌よ。歪められし者の影を明かせ」


 精霊術師がごくりと息を呑む。一挙に全ての精霊を召喚するなど、並大抵の術師なら対価不足で失敗するはずだと。

 ──無論、大巫女のお墨付きを貰っている少年に限って、そのような事態は訪れない。

 既に召喚していた火の精霊に、残る三つの精霊が一発で合わさる。螺旋を描きながら凝縮された光が、やがて空高く舞い上がり、大きく弾けた。

 その美しい光景はさながら恵みの雨か。

 されど鋭く降り注ぐ光の矢は、身動きを取れずにいた二体の影獣に容赦なく突き刺さる。焼けるような音と共に靄が剥がれ落ち、獣の唸り声が徐々に弱っていき──。


「っと」


 最後の足掻きとばかりに飛び掛かってきた狼を、イヴァンが咄嗟に剣で受け流した。拍子に肩から落ちそうになったリュリュも抱き止めれば、どさりと倒れ込む二つの影。

 見れば、リアの護衛を務めていた二人の騎士が、そこでぐったりと気を失っていた。


「……任務完了か? 偉大な精霊術師殿」


 イヴァンの問いかけに、ぷちぷちと髪の毛を千切っては精霊に与えていた少年が頷く。


「おわり。もう行って良いよ、おじちゃん」

「将来とんでもない野郎になりそうだなお前は」


 思わずこぼれ出た王子の言葉に、終始圧倒されるばかりだった兵士らは無言で首肯し──すぐに護衛騎士二名を医務室へと運んだのだった。



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