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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
14.残された者

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14-4

 クルサード帝国はキーシンの残党を捕捉するために、前もって周辺諸国に協力を要請していた。

 エルヴァスティ王国からは数名の精霊術師を派遣することが決まり、次期大巫女候補であるイネス・クレーモラの名が挙がったが、彼女は寺院の留守を預かる身ゆえに辞退。

 代わりに送られてきたのが、同じく大巫女候補でありユスティーナの養子でもあるリュリュ──リュカ・フルメヴァーラ。帝国の大事に幼い子どもを寄越すとはどういう了見だとの声も上がったが、それは大巫女によって黙殺された。

 そして西方、メイスフィールド大公国のセシル公子から直々に指名を受けたのは、バロウズ侯爵こと近衛騎士トラヴィス・シム。北部戦線で活躍した銀騎士と並んで注目される、若き実力者だ。


「まさかトラヴィス殿がいらっしゃるとは……」

「セシル殿下が行けとしつこくてな。お前のことが心配で堪らんのだろうよ」


 きっと彼は出発する際に「寂しがって泣かないでくださいね」などと揶揄いの言葉を掛けたことだろう。ぷりぷりと怒るセシルの姿が容易に想像できた。

 ともあれ幼い公子の心遣いに少しだけ肩の力が抜けたエドウィンは、気持ちを切り替えるように眉を引き締めた。


「サディアス殿下から何か指示はいただきましたか」

「キーシンの残党を始末しろと言われた。影の獣は精霊術師の方々に任せることになるが……」


 ちらりとトラヴィスが見遣った先には、ユスティーナに起こされた小さな精霊術師がいる。今しがた話題に上がった公子よりも更に年少の──。

 案じる気持ちを辛うじて抑えているようなトラヴィスの視線に気付いてか、大巫女がくっと肩を揺らして笑う。


「心配いらぬよ。この子の精霊術は群を抜いておる」

「大巫女殿がそう仰るのなら……」

「走るのは嫌いだがな」


 リュリュの日焼けを知らぬ真っ白けな顔や手を見て、エドウィンとトラヴィスは「だろうな」と頷いてしまった。


 ──少年の体力を補う策は追々考えるとして、一行は取り急ぎ皇宮周辺の騒ぎを鎮圧すべく動き出した。

 トラヴィスはキーシンの残党の討伐および捕縛を、リュリュは同伴した精霊術師と共に、影獣と化した二人の騎士を元に戻すことを任された。

 眠たそうに皇宮へ向かう少年を皆が気遣わしげに見送る中、エドウィンも城下で戦う帝国兵に加勢すべきかと踵を返そうとした。


「エドウィン、待て」

「はい?」


 見れば、トラヴィスが何やら布に包まれた得物を手に、こちらへ歩み寄る。彼はエドウィンの強張った顔を一瞥し、故意に砕けた笑みを浮かべた。


「お前は先にオーレリアを追え」

「えっ……しかし皇宮が」

「その真面目な性格も難儀だな。安心しろ、サディアス殿下には言っておいてやる。ほら、預かり物だ」


 ずいと押し付けられたそれは、重量感や細さからして剣の類だろう。戸惑い気味に深緑の包装を解けば、やがて現れた純白の柄にエドウィンはぎょっと頬を引き攣らせる。


 ──星涙(せいるい)の剣だ。


 初代大公ハーヴェイ・オルブライトが、精霊術師ヨアキムに造らせた幻の剣。

 バザロフの遺跡で影の精霊を抑え込んでいた代物は、半年ほど前に遺品として大公家の宝物庫に納められたはずだった。

 何故そんな国宝級の剣が外に持ち出されているのかと焦る傍ら、トラヴィスが彼の肩を叩いて笑う。


「出発する前に大公殿下から持たされてな。必要ならお前に渡せと」

「……そう、でしたか」


 暗い石室で振るったときと同様に、その剣は仄かな光を放っていた。

 これがあれば、モーセルの杖の支配から逃れることが出来るだろうか。

 リアを前にして、手も足も出ない無様な状況から脱することは出来るだろうか。

 ぐっと柄を握り締めたエドウィンは、気合を入れ直すように息を吐いた。包装を全て解き、剣に合わせて用意されたであろう鞘にベルトを通す。腰に携えてしまえば、不思議と馴染む感触に苦笑がこぼれる。

 そのとき、どこからともなく穏やかな風が吹き抜けた。

 見覚えのある翠風がエドウィンの足元から空へと舞い上がり、彼の爪先を北へと誘う。はっと視線を下ろせば、銀鼠の髪をナイフで切り落とす大巫女の姿があった。


「影獣を鎮めた後、我らもすぐに追いかけよう。リアを頼むぞ」


 その言葉にしかと頷いたエドウィンは、大巫女とトラヴィスに深く頭を下げる。

 本来なら帝国を守るために動かねばならないところを、彼らは私情に従えと促してくれた。

 許しがなければ決断できないのかと呆れる部分はあれど、自身の行動を後押しする声があるのと無いのとでは全く違う。


 ──ここは各々方に任せて、リアを助けることだけに集中しろ。


 己に言い聞かせたエドウィンは、城下に続く南門ではなく、翠風が導く北へと駆け出したのだった。



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