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13-8

 突き飛ばされたダグラスは、あわや倒れるといったときに背中を影に支えられ、ゆっくりと体勢を立て直す。痺れた左腕を摩りながら、ひどく落ち着いた声で彼は挨拶を口にした。


「ゼルフォード伯爵。会うのは初めてだね」


 一方、少しばかり息を切らしたエドウィンは、皇宮に蔓延る影の精霊と、様子のおかしい四大精霊の光を見渡す。背後には首と腕から血を流したヨアキムがいる。

 そして目の前。エルヴァスティの大罪人ダグラスの手には、奇怪な杖と影の鳥が握られていた。激しく抵抗する小鳥を見て、エドウィンはにわかに顔を強張らせる。


「それは……!」

「おや、分かるのかい。さすがは影の精霊に見初められた男だ」

「っ貴様、リアに何をした!?」


 怒りに声を荒げると、影と光が周囲から退いていく。まるでエドウィンを恐れるような精霊の仕草に、ダグラスは厭わしげに眉を顰めた。


「そう興奮するな。影獣となった人間がすぐには死なんことぐらい、身をもって分かっているはずだろう」


 城下に現れたキーシンの残党を討伐するため、エドウィンはつい先程まで皇宮を発つ準備をしていた。

 最中、突然リアのいる東棟から凄まじい轟音が鳴り、皇太子の許可を得てここまで舞い戻ってきたのだが──皇宮は半壊し、辛うじて入れそうな穴は真っ黒な影で埋め尽くされていた。

 バザロフの遺跡で同様の現象を目撃していたエドウィンは、同行した騎士に待機を命じ、一人で中へ突入したのだった。

 嫌な予感を抱きはしたものの、ダグラスが単身で皇宮へ侵入した上に、よもやリアが影獣と化しているなどとは思わず。


 ──あの杖、嫌な気配がするな。


 ダグラスの動向に細心の注意をはらいつつ、エドウィンはちらりと後方を見遣る。


「ヨアキム殿、立てますか」

「……逃げろってか?」

「血を流しすぎです。そのままでは精霊が寄って来るのではありませんか」


 血まみれの首を押さえて起き上がったヨアキムは、苦々しく視線を逸らした。その顔色は青く、世辞にも万全の体調とは言えないものだ。リアを取り返した後、早めに治療を受けさせなければ。

 エドウィンは静かに剣を構え、いつでもダグラスを斬り伏せられるよう、僅かに踵を浮かせ──短く息を吐く。

 ぐっと姿勢を低くして床を蹴り、彼は階段を大股に駆け上がった。途中、飛び掛かってきた影獣を跳躍して避けては、腕ほどの太さもない手摺に乗り移る。器用に重心を保ちながら強く踏み切り、ダグラスの首めがけて剣を振りかぶった。

 エドウィンの身のこなしに目を瞠ったダグラスは、そこで舌打ちまじりの苦笑をこぼす。


「君には一応、感謝しているんだがね。誇り高き銀騎士殿……!」

「──!?」


 くん、と襟首を掴まれたような感覚に陥り、エドウィンの体が地に落ちた。あと少しのところで届きそうだった刃は彼の手を離れ、ダグラスの足元に深々と突き刺さる。

 覚えのある悪寒に襲われて自身を見下ろせば、首から掛けていた影の霊石がひとりでに靄を発していることに気付いた。ロケットは開いていないはずなのに何故──小さな動揺がエドウィンの隙を生み、すかさずダグラスがそこを突く。

 モーセルの杖で肩を叩かれれば、みるみるうちにエドウィンの体が影に包まれてしまった。それだけに留まらず、小さな影獣の体は自分の意思に反して床に這いつくばったまま。どれだけ抗おうとも、ちんまりとした前脚が銀のロケットに届くことはなかった。

 影獣を見下ろして笑ったダグラスは、杖と小鳥を持ったまま階段を上り、皇宮の外から聞こえてくる喧騒に耳を澄ます。


「……大巫女が来るな。潮時か」


 少々の疲れを表しながら、モーセルの杖で床を叩く。

 すると辺りに充満していた影が急速にダグラスの足元へ集まり、彼の姿を覆い隠してしまう。ちらりとエドウィンを一瞥した濃緑の瞳は、やはり冷たい光を宿して。

 体が動くようになったのは、半壊したエントランスからダグラスや精霊たちが忽然と消え去った後だった。



 エドウィンは重く錆びついた前脚を動かし、ようやっとロケットに触れる。白く暖かな光が全身を包み、五本の長い指がしっかりと床を突いた。

 しかし酷い眩暈に見舞われた彼は、視界の大きな揺れに吐き気を催して蹲る。


「くそっ……何だ、今のは」


 彼をよく知らぬ者が聞けば思わず引いてしまうであろう、忌々しげな低い唸り声。

 だが悪態も付きたくなる。モーセルの杖に肩を叩かれた瞬間、面白いほど体が動かなくなったのだ。まるで自身の肉体の制御を、他者に奪われてしまったかのような……とてつもなく不快な感覚だった。


「リアはどこに──」


 眩暈を無視して体を起こしたエドウィンは、そこに待ち受けていた真ん丸な瞳に言葉を失う。

 両膝を揃えてしゃがみ込む黒髪の少年は、エドウィンの顔をじっと見つめた後で小首をかしげた。


「だいじょうぶ?」

「え……? 君はエルヴァスティの……何故ここに」


 名は確か、リュリュだったか。

 エルヴァスティの光華の塔で、リアと一緒に連れ去られてしまった精霊術師の少年。彼がここにいる状況が全くもって飲み込めず、エドウィンはしばし呆けていたが。


「……おい、リュリュ。そいつより血みどろの俺を先に気に掛けろ」

「元気そう」

「クソガキ……っ」

「ヨアキム殿!」


 少年のおかげで少しばかり頭が冷えたエドウィンは、すぐにヨアキムの元へ駆け寄る。乗じて後を付いて来たリュリュと共に、ヨアキムの体をゆっくりと抱き起こした。

 腕の出血は既に止まっているため、そこまで深刻ではない。問題は、未だとくとくと鮮血が筋を成している首のほうだ。どうにか出血を止めなければと動こうとしたとき、エドウィンよりも先に小さな手が患部に翳される。


「遍く命を巡る癒しの清流よ。かの者の苦しみを取り除け」


 フッ、と淡い青色の光がリュリュの手に集まり、ヨアキムの傷口を包み込む。過去にリアから見せてもらった精霊術と同じ、穏やかな光だった。

 ヨアキムの上体を支えたまま不思議な術をしばらく見守っていると、やがて少年が手を離す。完全にとは行かないが首の傷口は塞がれ、出血も止められていた。医師も度肝を抜かれる奇跡を前にして、エドウィンは呆気に取られてしまう。


「水の精霊を傷口に詰めただけだから、はやくお医者さんにみせて」

「詰め……わ、分かりました」

「奥に逃げた影獣は……あとでぼくが戻すから」


 リュリュは事も無げに説明してから、一本だけ引き抜いた髪の毛を水の精霊に喰わせたのだった。



※ここまで読んでいただきありがとうございます※

ブクマや評価を下さった方々、ありがとうございます。励みになります…!

次章かその次辺りで本編が(多分)完結しそうなので、どうぞ最後までお付き合いいただければと思います。

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