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13-6

 階段を下りた先、開け放たれた扉から姿を現したのはヨアキムだった。息を切らしてエントランスへ駈け込んで来た師匠は、影に囚われたリアを見つけるや否や、怒りの形相でダグラスを睨む。

 対するダグラスはと言えば、未だ焦ることなく階段に腰掛けたまま動かない。しかし、その眼差しと唇には確かな高揚が宿っていた。


「やあ、ヨアキム。待っていたよ」

「待っていただと? なら俺が大陸中を捜しまわってるときに出てこいクソッタレ、余計な労力使わせやがって」

「相変わらず口が悪いな君は」


 愉快げに笑ったダグラスが、不意にモーセルの杖を動かす。それを視界の端に捉えたリアは、咄嗟に体をねじって師匠に注意を促した。


「お師匠様!! 日向から離れないで! こいつ、影の精霊を使役するわよ!」


 刹那、あらゆる物陰から漆黒の手が伸び、一斉にヨアキムへと襲い掛かる。

 忌々しげに舌を打った師匠は、すぐさま陽光の射し込む窓辺へと飛び退きナイフを引き抜いた。そして長い黒髪を手早く切り落とした後、再び迫り来る影を見据えながら召喚の呪文を口にする。


「──凪に燃ゆる裁きの紅炎よ、侵蝕する闇を祓いたまえ……!?」


 しかしヨアキムは途中でぎょっと目を剥いた。召喚に応じて姿を現した火の精霊は良しとして、寄ってきた影が勝手に髪の毛の一部を喰らってしまったのだ。

 対価を貰えなかった火の精霊がすごすごと帰っていく姿を見上げ、ヨアキムは思わずと言った具合に「コラァ!」と怒鳴る。


「ちゃんと躾けておけド三流精霊術師!!」

「厳しいねぇ。影の精霊の躾け方なんて私も知らないよ。ほらほら、もう少し楽しませてくれ」


 モーセルの杖が再び床を打てば、火の精霊を飲み込む勢いで影が膨張した。屋内では分が悪いと判断したヨアキムは逡巡し──やがて思考を放棄した顔でリアへ叫ぶ。


「オーレリア、適当に伏せろ!」

「え?」

「──全てを還す宥恕(ゆうじょ)(いわお)よ、我が導きの下に蒼天を穿て!」

「ちょっと待ったぁ!!」


 師匠のとんでもない呪文を耳にしたリアは、護衛騎士に頭を守るよう促した。自らも出来る限り体を縮めたなら、間を空けずにヨアキムの足元から黄金の光が湧き出す。

 土の精霊──リアには未だ使い勝手がよく分からない属性の子らが、ヨアキムの髪を勢いよく喰らった。

 すると皇宮の傷一つなかった床が、一瞬にしてひび割れる。程なくして巨大な亀裂の下、嶮山(けんざん)のごとき巌が轟音と共に床を突き破った。これにはダグラスも驚いたのか、槍の穂先が天井や壁を豪快に破壊する光景に目を丸くする。

 一方、がらがらと落下してくる瓦礫やら高価そうな集合灯やらを見ながら、リアは絶望的な悲鳴を上げていた。


「お師匠様の馬鹿ぁー! 皇宮を壊すなんて信じられない! 私たち処刑だわーっ!」

「皇宮がバザロフみてぇになるよりマシだろうが!!」


 弟子の泣き言を一蹴したヨアキムは、崩壊した壁から燦々と注ぐ陽光の下、力を増幅させた火の精霊を更に近くへ呼び集める。

 強い光に照らされた影は引き潮のように後退し、モーセルの杖へと逃げ帰っていく。バザロフの遺跡にいたものと同様、やはり火や光が嫌いなのだろう。リアを戒めていた影も、陽光を浴びたおかげで殆どが溶けかかっていた。


「ごめんなさい! ふんっ」

「う!?」


 手足が動くようになった瞬間、リアは傍らにいた護衛騎士を階段の下へと押し転がす。影獣になってしまった方の騎士も抱え上げ、黒い奔流に逆らって階段を駆け下りた。


「お師匠様っ──」

「──()()()は感心しないな」


 しかし、リアは数歩も進めば届くであろう師匠の手を掴むことなく、べしゃりと床に倒れ込む。その際、抱えていた狼の影獣は日向へと放り投げて。


「オーレリア!? なに転んで……」


 ヨアキムが動くよりも先に、階段下に転がされた護衛騎士が咄嗟に駆け出す。リアを助け起こそうとした騎士は、ビクともしない彼女に動揺を露わにした。


「オーレリア様っ?」

「だ……」


 ──駄目だ。

 リアはかぶりを振り、騎士の腕を押し返す。

 既に彼女の脚には蛇のごとく影が巻き付いていた。それだけではない。胴から肩へ、首から頬へと影は侵蝕し、ついにはリアの意識さえも黒く染め始める。

 瞼の裏とは別の、明確な意思を持った闇によって視界が閉じられていく。全ての感覚が影に掌握される頃には──彼女自身が影そのものになってしまっていた。

 そしてそれはリアの腕を掴んでいた騎士にまで伝播し、あっという間に二人分の影が完成する。


「さて、崇高なる儀式の余興を始めよう」


 やがて、呼吸の音すら聞こえぬ静寂(しじま)の中、ダグラスの不穏な声だけが響いた。



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