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13-4

 もう何度となくエドウィンとのこっぱずかしいやり取りを護衛騎士に見せてしまっているリアは、改めて二人に謝りつつ大巫女の部屋へ向かう。

 ──いつも不思議なのだが、エドウィンは人目を気にしたりしないのだろうか。

 周りに人がいても普通にリアを抱き締めたり、横抱きにして廊下を闊歩したり、気にしていないどころか寧ろ見せつけているような。実を言うとそれは結構前から変わっていない態度なのだが、今日になってようやく気付いたリアは羞恥に唸る。

 耳打ちされたときの掠れた声や、額に口付けられたときのやわらかな感触が通り雨のごとく蘇り、リアがむずむずとする体を摩っていると。


「ん……?」


 カラン、と硬質な音が響く。

 余韻が廊下を伝い、次第に元の静寂を取り戻していく。

 リアは二人の騎士と顔を見合わせたのち、突き当たりの角をそっと覗き込んだ。そこには一階のエントランスから吹き抜けになった、広々とした贅沢な設計の階段が下に伸びている。

 上品な臙脂色の絨毯を目で辿っていくと、階段のちょうど中腹に細長い棒が落ちていた。


「何かしら……さっきの音、あれが落ちた音だったのかな」

「……オーレリア様、ここでお待ちを」

「え? はい」


 護衛の一人が先んじて動き、今もなお階段をゆっくりと転がり落ちる棒へ歩み寄る。

 リアはその様子を離れたところから見守っていたのだが──。



「──ああ、申し訳ない。()()落としてしまったようだ」



 背後から掛けられた低く落ち着いた声。磨かれた床を打つ、歪な足音。

 覚えのある気配に釣られて振り返ってみると、深い濃緑の瞳がリアを迎える。

 ちらりと視線を下ろせば、思った通りその紳士は右足を引きずっていた。


「久しぶりだね。豪快なお嬢さん」

「あ……れ? おじさん、エルヴァスティで会った……」


 ぽつりとリアが呟いたのを聞いてか、今にも剣を引き抜こうとしていた護衛騎士がすんでのところで動きを止める。しかしながら警戒は緩めておらず、すぐにリアを後ろへと下がらせた。


「オーレリア様、お知り合いですか」

「知り合いというか、一回お茶したぐらい……? おじさん、どうしてここに? もしかして帝国貴族だったんですか?」


 今までに何度も「黙っていたけど実は貴族でした」みたいな富裕層の遊びに付き合わされてきたリアは、今回もそれだろうかと苦い顔で身構える。

 しかし初老の紳士はそんなリアにくすりと微笑むと、鷹揚にかぶりを振った。片足だけで立つことが難しいのか、近くの手すりに凭れてはブロンドの髪を目許から払う。


「いや。そんな大層なものじゃないさ。……それよりお嬢さん」

「はい?」


「──私の落とし物、君が拾ってくれた方が良かったんだがね」


 薄い唇が弧を描く。それまで穏やかだったはずの濃緑の双眸には、冷酷な光が途端に滲みだす。

 豹変した紳士の笑顔にぞくりと背筋が冷たくなったリアは、弾かれるように後方──階段へ向かった護衛騎士の方を振り返った。


「駄目!! その()に触らないで!!」


 しかし張り上げた声も虚しく、既に護衛騎士は奇怪な形をした杖を拾い上げてしまっていた。

 リアが駆け出した瞬間、騎士が手にした杖から真っ黒な影が放射状に伸びる。おぞましい光景に絶句したのも束の間、エントランス全体に飛び回った影は燭台に灯る火を次々と飲み込んでは消していく。

 視界が薄闇に包まれれば、勢いを増した影が騎士に襲い掛かった。

 そこからはリアにとって見覚えのある流れだった。泥のように蠢く影は彼の皮膚を這い、やがて全身をあっという間に包んでしまう。辛うじて聞こえた呻き声は獣のそれへと移り変わり、リアが近くへ行く頃には既に──。


「そ、そんな……!?」


 ぐったりと倒れ込む黒い靄を前に、リアは真っ青な顔で崩れ落ちた。

 ──どうして影の精霊がここで人を襲うの!?

 かつてエドウィンを見初め、長らく彼を苦しめていた影の精霊。あれはバザロフの遺跡から遠く離れて活動することが出来ないはず。大公国北方にあるキーシンの戦場ならまだしも、ここはクルサード帝国の東寄りにある帝都だ。

 地理的に見て有り得ないと断じる一方で、既に起こってしまった事態にリアは混乱する。

 狼のような姿をした中型の影獣が苦しげに脚を動かすと、彼が手放した奇怪な杖がカラカラと転がった。


「……これ……」

「オーレリア様! 一体何が……」


 そこへもう一人の護衛騎士が血相を変えて駆け寄り、禍々しい影獣を凝視する。二人が沈黙した頃を見計らい、じっと様子を観察していた紳士がおもむろに声を掛けてきた。


「知っているかい、お嬢さん。この大陸とは別の、遥か遠い大地では……聖遺物と呼ばれる神々の遺産が語り継がれているそうだ」

「聖遺物?」


 何の話だと言外に問えば、リアの鋭い視線を受けた紳士が笑う。


「そのうちの一つが、モーセルの杖。暗黒を地の底へ封じ、制御すらしてしまう代物さ」

「制御ですって……!? あっ」


 翠色の閃光が視界を駆け抜ける。続けて突風が吹き荒れると、すぐそばにあったはずの杖──モーセルの杖が紳士の手に渡っていた。


「風の精霊っ……あなた、やっぱり」

「気付くのが少し遅かったね。オーレリア」


 エルヴァスティの大罪人は、紅茶を飲むときと変わらぬ紳士的な笑みを浮かべたのだった。



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