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魔女見習いと影の獣  作者: みなべゆうり
13.影鳥

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111/135

13-3

「──帝都でキーシンの残党らしき集団が目撃された?」


 大食堂の外へ出たリアは、エドウィンと見知らぬ兵士の会話が終わるや否や、告げられた知らせに目を剥いた。

 しかしエドウィンは彼女の不安を取り除くように、平素の穏やかな笑みを浮かべて頷く。


「念のため城下の警戒も強めるそうです。リアはユスティーナ様の元にいてくださいね」

「うん……分かったわ。エドウィンも城下に行くの?」

「ええ。目撃情報が確かであれば、僕もすみやかに兵を率いて出向きます」


 ちらりと隣を窺ってみると、彼の静かな横顔がそこにある。

 今までの付き合いの中で、エドウィンが剣を握る姿は何度か目にする機会があった。十代の頃から戦場に立っていただけあって、彼は如何なるときも冷静だ。己の為すべきことを見極め、迅速な決断と行動を選択することが出来る。

 ──だから心配は要らないと分かっていながらも、リアの胸中には漠然とした不安が付きまとう。

 きゅっと大きな手を握り締めて気を引けば、望み通りに菫色がこちらを振り返った。


「リア? ……どうしましたか?」


 歩廊の端、もうすぐ客室のある東塔へ到達するといったところで、二人は立ち止まる。

 そっと背を屈めてくれたエドウィンの、優しい声と眼差しに少しばかり申し訳ない気持ちになりながら、リアはおずおずと口を開いた。


「……もし戦うことになったら、気を付けてね。余計なお世話かもしれないけど……モーセルの杖に関する情報も少ないし、あんまり無茶はしないで」


 エドウィンが少しの間を置いてから、ふっと微苦笑をこぼす。そうして俯き気味だったリアの頬を掬い上げては、内緒話をするような声で囁いた。


「リア。香水、今も持ってますか」

「へ」

「僕のと似た香りの」

「み、皆まで言うな!」


 かあっと頬が赤らむ。おかしげに笑うエドウィンに、されど何も言い返せないリアは渋々と懐に手を突っ込んだ。

 ベルガモットの香りを閉じ込めた小瓶を差し出せば、エドウィンの手がそれをひょいと取り上げる。

 代わりにリアの手のひらに置かれたのは、彼が普段から愛用している香水だった。

 二つの小瓶が入れ替わる様をぼけっと眺めていたリアは、最後にエドウィンの顔を見上げて一連の動きを問う。

 彼はリアの香水瓶を上着の内側へ納めてしまうと、そこで悪戯に笑った。


「餞別に頂いておきますね」

「え!? それを!?」

「はい。あなたの髪を切って渡せとは言えないので」


 慈しみを込めて三つ編みに触れたエドウィンは、リアの手のひらに四角い香水瓶をしっかりと握らせる。


「余計なお世話などではありませんよ。これを持って、ずっと僕の心配をしていてください」

「な……何てこと言うのエドウィン。それじゃ私ずっと皇宮でソワソワしなきゃいけないんだけど」


 そこは「心配しないで」ではないのか──と首を捻った後で気付く、エドウィンの言葉の意図。こちらを困らせるような言葉はその実、密かに気後れしていたリアを見抜いた上で掛けられたものだった。

 モーセルの杖を手中に収めたダグラスが、次に狙っているのが精霊の愛し子──つまり自分であるということに、リアは漫然と居心地の悪さを感じていた。その一点だけで平民ながら皇宮に匿ってもらっていることも、わざわざ護衛騎士まで付けてくれていることも、また然り。

 もしかしたらユスティーナが仕事の手伝いをするよう言ったのも、リアの気を紛れさせるためだったのかもしれない。

 またもや一人で子どもっぽい不安を持て余し、それを周りの人たちに知られていたことを恥ずかしく思ったのも束の間、エドウィンが改めて穏やかな言葉を紡ぐ。


「僕はリアが安心して暮らせるようにしたいだけです。ヨアキム殿もユスティーナ様も、サディアス殿下だって同じでしょう。そのためにダグラスを早急に捕らえなければいけない。……少なくとも僕らは、面倒だなんて思っていないから」


 それでも皆を信じられないのならと、エドウィンは「ずっと心配していろ」などと如何にも()()なことを言ったのだろう。一見して意地悪な、しかし実際は全く意地悪でも何でもない言葉に、リアは自然と笑みをこぼしていた。

 応じるように笑顔を返したエドウィンが再び歩を再開し、屋内に続く扉を押し開く。中へ入るよう促されたリアは、そこで意を決して彼を見上げた。


「エドウィン!」

「は──い?」


 繋いだままの手をぐいと引き寄せ、彼の両脇に腕を滑り込ませる。そのまま正面から抱き付いてしまえば、エドウィンが少々裏返った声を上げた。

 硬直している彼の胸元にぐりぐりと頭を押し付けたリアは、大きく息を吸い込み。


「き、きき、昨日言いかけたことだけど、近いうちに言うからちょっと待ってて!!」


 とっても大きな声で捲し立てた。

 残響が消える頃になってようやく、がばっと体を離す。互いに目を見開いたまま固まること数秒、一足先に我に返ったエドウィンが小さく噴き出した。

 参ったと言わんばかりに目許を覆った彼は、リアの背中を抱き寄せて耳打ちをする。


「わかりました。リアが言ってくれるまで大人しく待っています」

「う……うん? 大人しくって?」

「昨日のように迫るのは程々にしておくということです」

「せまっ……!」


 狼狽えた隙を突いて前額に口付けられ、リアは声なき悲鳴を上げて後ずさった。そんな彼女をごく愉しげに眺めたエドウィンは、満足した様子で小首をかしげ。


「程々にって自分で今言ったじゃない!」

「さて、ユスティーナ様の元までお送りしましょうか」

「無視!? いや、ここまでで良いから! 護衛の人たちいるし──ってぎゃああああ! ごめんなさいずっと後ろにいたのね!?」


 大股に十歩ほど下がったところ、不自然に明後日の方向を見る護衛騎士の二人に気付き、リアは慌ただしくエドウィンを皇太子の元へ向かわせたのだった。



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